田代親世の韓流ダイアリー

「妻の愛人に会う」パク・クァンジョン&キム・テシク監督インタビュー

「妻の愛人に会う」は、タイトルどおり、地道に生きている小心者の判子職人の男が、自分の妻の浮気現場を押さえようと、その浮気相手のタクシー運転手のタクシーに密かに乗り込み、遠出をして奇妙な2人旅を繰り広げていく物語です。そして、その旅が終わったあともまた面白い展開が続いていくのですが、それは映画を見てのお楽しみ! この映画の主人公は、妻に浮気された小心者の夫と、その妻の浮気相手である、少々あつかましいタクシー運転手。主役の二人は、最初は監督からどの役だといわれずに、とにかく読んで欲しいといわれてシナリオを受け取ったそう。そのために、最初、パク・クァンジョンさんは、浮気相手のタクシー運転手の役だと思ったそうだ。


パク・クァンジョン氏 インタビュー

パク・クァンジョン
1961年生まれ。劇団「PARK(パーク)」代表。ちなみにこれは苗字のパクではなく、公園、駐車場の意味だそう。92年「ミョンジャ・明子・ソーニャ」で映画デビュー。93年「魔術の店」で演劇演出家デビュー。ドラマ出演は94年の「愛はあなたの胸に」から。2005年には日韓合同公演「ソウルノート」を平田オリザ氏と共同演出している。

──どうして浮気相手のタクシー運転手の役だと思ったんですか?
パク・クァンジョン(以下、パク):韓国でテレビや映画でやってきた役とちょっと似ているのでそう思ったんです。何と言うか、よくしゃべるし。そう思いながら読んだんですが、強烈なベッドシーンがあるので、これはちょっと違うなと思いました(笑)。私は身体が弱いので…。韓国で一番やせている俳優なんです。

──脱ぐとは思いませんでしたか?
パク:ちょっと怖れてはいましたが、何年前にも脱ぐシーンはありましたから。必要ないシーンであれば拒否感があったかもしれませんが、タクシーの運転手と私の役を対比させるために必要な場面なので、覚悟して…。私のやせた身体はどうでしたか。韓国の多くの男性が自信を持ってくれると思います(笑)。

──キャリア15年目で初主演ということで、これまでと違ったことはありましたか?
パク:初主演だからといって「一族の名誉(家門の栄光)です」というようなことはありませんが、撮影の分量が多いので、25日間の撮影のうち、最初から最後の撮影まで毎回出番があったので、全体的な感情の流れを維持するのが、ほかの映画やドラマに比べて、難しかったです。でも、監督がとてもよくしてくれたので、ものすごく大変ということはありませんでした。

──出番が少なくてインパクトを与える役と主演とどちらがいいですか?
パク:両方いいですね。誘ってさえもらえれば(笑)。主演の時は、少し、興行成績とか、観客との対話といった部分についての責任が大きいですね。助演の時は他にそういうことをしてくれる人がたくさんいるので、あまり気にしなかったんですが…。この映画に主演したので、韓国で封切られてから終わるまで「もっとたくさんの人が見てくれるといいな」という気持ちがありました。この映画は全世界の31の映画祭に出品されました。でも私は演劇やドラマの撮影があって一度も映画祭に行けませんでした。今回はじめて(外国に)来たのでドキドキします。プサン映画祭には行きましたが、韓国ですからね。

──この作品の中で共感したこと。出たいなと思ったところは?
パク:そうですね。どの場面というよりも、全体的にすべてのシーンを、力を合わせて戦いながら撮った映画なので、全体的にいいと思っています。この映画を見る時、男性の視点から見ると、男性だけがもっている俗物的な根性が出ているので、全体的におもしろいと思います。ただ、特別にこの場面というのはありません。

──成均館大学の金属工学部から漢陽大の演劇映画科に変わっていますがどんな経緯があったんですか?
パク:話すと長いですが。日本には演劇映画学科というのがないでしょう? 韓国の演劇映画学科には、高校卒業の学生よりも兵役の軍隊から帰ってきた人たちがすごく多かったんです。その理由を一言で言うと、私が軍を除隊する前に、今まで生きていて、一番、楽しくて、一生懸命生きていたのがいつかと考えたら、成均館大学の演劇部にいた時だったと思ったんです。それなら、専攻にしてみようと思って、(除隊後に)漢陽大に行ったんですが、演技がしたくて行ったのではなく、演出の勉強をしたくて行ったら、機会ができて演技もするようになり、演劇をしながら、周りの人の勧めで映画やドラマに出演するようになりました。最初に出演した映画は北海道の夕張で撮りました。ええ、イ・チャンホ監督の「ミョンジャ 明子 ソーニャ」。監督は「君は演技はできないから、演出はうまいんだろうな」と言ってました(笑)。

──最初はそうだったんですか?
パク:当時、日本に来て、セリフを日本語で言わないといけなかったんです。日本語がまったくわからなかったので、どういう感じで話せばいいのかわからず、ただ、しゃべっただけでしたからね。

──「ミョンジャ 明子 ソーニャ」はオーディションで?
パク:イ・チャンホ監督は韓国で演劇俳優を映画で使い始めた最初の監督なんですね。その当時、演劇俳優が映画に出るのを認めないような状態でした。演技のトーンが違うので。その映画がロシアのサハリンでロケをして、夕張にも来て、主演の俳優が4人、その他の俳優は演劇俳優でした。その中に、キャスティングディレクターのような立場だった演劇俳優の先輩が後輩を選んだんですが、私と同じ劇団の先輩だったので、その人の推薦で私が出ることになりました。サハリンに45日間いたのですが、出番は2日だけだったので、残りの時間は遊んでいました(笑)。昔の話ですね。

──たくさんのドラマに出ていますね。なかでも印象に残っているエピソードなどあれば教えてください。
パク:ミニシリーズには30本くらい出ました。一番最近に出演して日本で放送されているのが「魔王」と「ニューハート」でしょう。「ニューハート」は先週、撮影が終わりました。印象に残っているドラマはたくさんありますが、デビュー作が一番印象に残っていますね。94年度の「愛はあなたの胸に」です。その作品と、一番、最近撮った「ニューハート」ですね。初めてのドラマでは経験がなかったので、うまくいかなかったことを思い出します。その後は、そうですね。すごく大変だったとか、「演技はもうやめる」とか、そういうことはなくなんとかやってきました。一番愛着をもっているのは「学校」というドラマです。「学校2」と「学校3」に出演しました。韓国の高校を舞台にしたドラマですが、このドラマの内容は高校の教科書にものっていて、私の写真も一緒に載っているんですよ。ストーリーもいいし、現場の雰囲気もよかったので一番記憶に残っています。そのドラマに出演した時は、高校を卒業してから20年くらいたっていましたが、当時の高校生を理解する助けにもなりました。こわい先生を演じました。
「愛はあなたの胸に」はもともと1回だけ出る予定だったんですが、監督が「おもしろい」と言ってくれて最後まで出ることができました。そのときの監督が、現在「ニューハート」の制作社の社長です。イ・ジンソク監督。

──ご自分の中では俳優ですか? それとも演出家ですか?
パク:俳優としては、やればやるほどテクニックでやっているんじゃないかなとずいぶん反省しています。演出の方もずっとやりながら、段々発展しているというようにもあまり思いませんが。個人的には、年をとっても今のような状態だったらいいなと思っています。万が一、どちらかを選べと言われたら、そうですね、たぶん、初心に戻って演劇の演出をしたい。でもできれば最後まで両方できたらいいなと思います。

──日本のリメイクの「蒲田行進曲」の映画を監督されると聞いたことがありますが?
パク:準備をしていてだめになった企画が3本くらいあります。でも、久しぶりに会った(事情を知らない)人から「ごめんなさい」と言われるんです。「映画を見なくて」と。どういうことかというと、映画を撮って封切られて、見逃したと思っているんですね。「蒲田行進曲」は時代劇なので、韓国映画の状態がよくないので、今は保留されている状態です。

──演劇の演出にこだわる理由は?
パク:映画の演出も機会があればしたいです。映画はシステム上、自分の意志よりも、周りの人の事情や雰囲気などに合わせていかないといけないので「やりたい」といってすぐに「撮りなさい」とはならないんです。その代わり演劇の演出は、劇団を持っていて自分で制作するので、いつでもできます。何年か前から準備している「陳述」という映画がありまして、それはやりたいですね。韓国のハ・イルチという、「競馬場に行く」という映画の原作を書いた作家の作品で、日本でも翻訳本が出ていると思います。この記事を読んで興味を持ってくださって製作してくださるなら、日本で撮ってもいいと思うので、ご連絡ください! 今回、「妻の愛人に会う」を撮りながら、キム・テシク監督を見て、なぜ自分が映画を撮ることができないかがわかりました。映画監督は渾身の力を注いで映画を作っています。私の場合はこれまで俳優をやったり、劇団をやったりしてきたので、できなかったんじゃないかと思います。次に機会がきたら、渾身の力を注いで映画を撮りたいです。

──役を選ぶ基準は?
パク:最初にシナリオを読んで、「この映画」「このドラマ」「この芝居」を作る必要があるかどうかを考えます。作るべきであると考えたら出演を決める。半分冗談ですが、作品によってはお金が必要だから出る時もあります。作らなくていいかなという作品は断ることもあります。その時にはギャラを高く要求して断る方に持っていくんです。

──正面切っては断れないタイプですか?
パク:そうですね。最近はインターネットでシナリオをもらって依頼を受けるということが多いですが、数年前までは直接会って、シナリオをもらって話を聞いてということが多かったので断るのが難しかったです。一緒に生きていかないといけないので、相当悪くなければ、だいたい出ます。私は演出をしながらキャスティングをすることもあり、監督の立場もよく知っているのでね。


キム・テシク監督 インタビュー

キム・テシク監督
日本映画学校に留学していた経験もあり日本語が堪能。長編第一作となった「妻の愛人に会う」は海外の映画祭でも好評を博し、次回作のシノプシスにも、「マトリックス」を作った会社のプロデューサーが興味を示してくれているそうだ。これからの大きな活躍が期待される注目の監督。

──映画のアイディアはどんなところから出てきたんですか?
キム・テシク監督(以下、監督):最初は短編映画を作ろうと思って企画を始めました。アスファルトにアレルギーのあるタクシー運転手の一日を描く話を考えていたんですが、作家といろいろ苦労しながら、もともとは一組のカップルだったんですが、もう一組のカップルを加えて4人にして。そこにテーマとしてラブストーリーを加えてみたら、短編には収まらなさそうだったので、長編にしてみました。

──キャスティングの経緯は?
監督:主役はパクさんがやってくれたらいいなと思っていて、シナリオを見せたらすぐにオーケーしてくれました。チョン・ボソクさんは、逆に自分の役は違うと、タクシー運転手じゃない、主人公だと思っていた。でも、運転手役もやってみたいなということで受けてくれました。そういうエピソードがあります。

──パクさんはどんな作品を見て?
監督:雰囲気そのまんまじゃないですか。だから「この人しかいないかな」と。今、韓国映画ではほとんど、芝居が浮いているので、そういうところじゃないところで演じてもらいたいと思いました。すごく、あまりしゃべらないで、そのままで、ほとんどお任せでした。よかったです。

──パクさんは自分で演出もされる人だけにやりにくいことはなかったですか?
監督:そういうことはなかったですね。なんでも聞いてやってくれて。ただ、一つ、水が怖いといってなかなか入ってくれなかったんですよ。水の中にもぐったり、出て来たりというシーンがあるんですが、体が軽いので浮いてしまってなかなかできない。だから、水の中で石を持って、スタッフが足をひっぱったりしたんですよ。でも、あまりうまくいかなかったので、その場面は使いませんでした。海に入っているシーンは、真ん中までいかないといけないからひもをつけて、スタッフを配してやりました。
※パクさんの注「その撮影の時は、海岸ががらんとしていて怖かったんですが、5分くらいたったら楽になって、このまま南太平洋まで行ってもいいやという気持ちになりました。もっといてもいいなと思いました」

──面白くてちょっとずっこけた感じの音楽がとてもよかったんですが、どんなイメージで作ったんですか?
監督:音楽監督はホン・サンス監督作品の音楽を作った人にお願いしたのですが、それを最初に聞いたとき、「ホン監督の作品に映画音楽ってあったっけ?」と思いました。よく聞いたら、隠れてちゃんと音楽が流れてましたが。この映画では音楽がもっと表面に出てほしいということと、ジプシー音楽とか、そんな感じを伝えました。それから40曲くらい音楽を聴いたんですね。選んだのは10曲くらいで、メインテーマももう1回、変わった楽器で録音してほしいと伝えてやったんですが、音楽はこの映画の中でとてもうまくいったので彼に感謝しています。すごく、優秀な人ですよ。韓国の人は誰も音楽のことを聞いてくれなかったのでさびしかったです。

──この映画の反響はどうでしたか?
監督:この映画が公開された後、ネット上などで、いろんな人からの書き込みがありました。「愛とはなんだ?」「不倫とは?」「スイカは何だ?」「鶏は?」とか、本当にいろんな形で出てきて、それがすごくおもしろくて、いろんな人たちの変わった考えで観客に楽しんでもらえたのはうれしかったです。

──監督自身は愛は何だと思っていますか?
監督:愛を壊すのは愛しかないから、だから不倫と言う言葉はどこから出ているのかなと思っています。ほんとうに不倫はあるのかな。そのまま結論は出していない映画です。(男性は)2人出てきますが、実際の1人の男を半分にしたようなタイプを作りましたから、両方共考えは同じなんですよ。

──海外では高い評価を得ましたね。
監督:思ったよりも海外ではよく見ていただいて、よかったなと思います。日本で勉強してから今年で20年になっていますが、今回自分の映画が日本で公開されることになって感激です。

田代親世プロフィール

バックナンバー