彼らはなぜテレビを選んだのか?映画人が注目するドラマ業界の現在

前にもこのコラムで述べたように、近年のハリウッドでは映画界とテレビ界の垣根というものが取り払われつつあり、多くの映画人がドラマの世界で活躍するようになっています。ダスティン・ホフマンキャシー・ベイツのような大物オスカー俳優が次々とドラマ・シリーズに主演を果たしていますし、スティーブン・スピルバーグマーティン・スコセッシといった映画界の巨匠も積極的にドラマ制作へ乗り出している。そこで、今回はなぜ彼らが映画界からテレビ界へと進出しているのかということの理由や裏事情を検証しながら、ハリウッドの"今"を独自の視点で紐解いてみたいと思います。

ず、知名度の高い映画スターがテレビドラマへ出演するようになったのは、恐らく「スピン・シティ」のシーズン5〜6に主演したチャーリー・シーン、もしくは「24-TWENTY FOUR-」('01〜'10)のキーファー・サザーランド辺りが先駆けかと思われます。もちろん、それ以前にも映画からテレビへ活動の場を移行する俳優は数えきれないほどいましたが、ほとんどの場合が映画では仕事のなくなってしまったベテランばかり。確かに当時のキーファーも若干スランプ気味ではあったものの、決して仕事にあぶれていたわけではありません。また、チャーリーに関しては、度重なる問題行動で映画界から半ば干されてしまっただけで、スターとしてのネームバリューは健在でした。そして、彼らの後を追うようにして「CSI: NY」('04〜)のゲイリー・シニーズ、「ミディアム 霊能者アリソン・デュボア」('05〜'11)のパトリシア・アークエット、「ブラザーズ&シスターズ」('06〜'11)のサリー・フィールド、「ライ・トゥ・ミー」('09〜'11)のティム・ロスなど、大物俳優がドラマシリーズに主演するケースが増えていきました。

れでは、なぜ彼らがテレビへと活動の拠点を移すのか。大きく分けて3つの理由があります。1つは、ハリウッドにおけるメジャー映画の著しいアトラクション化。アクションやCG主体の映画が増えてしまい、特に演技派と呼ばれる俳優の活躍する場が少なくなってしまいました。その点、長期に渡って放送されるテレビドラマはキャラクターに重点が置かれるため、優れた役者が求められます。しかも、近年はケーブル局のドラマを中心に革新的で質の高い作品が増えていることもあり、多くの映画俳優がテレビに魅力を感じるようになったわけです。それはなにもレギュラーキャストばかりではなく、「LAW & ORDER: 性犯罪特捜班」('99〜)にロビン・ウィリアムスシャロン・ストーンが顔を出したように、大物映画スターがゲスト出演するケースも少なくありません。それどころか、多くのテレビドラマで毎回1人か2人は映画でお馴染みの俳優がゲストで出ている、と言っても過言ではない状況なのです。

つ目の理由はギャラ。ハリウッドの映画俳優はギャラが高いというイメージがあるかもしれませんが、それはほんの一握りのトップスターの場合だけ。しかも、俳優の層が厚くて競争が激しいため収入は安定しません。その点、テレビドラマは長期的な安定収入につながる。しかも、何年も続くような人気シリーズとなれば、シーズン毎にギャラのアップも期待できるんですね。「CSI: 科学捜査班」や「デスパレートな妻たち」といったヒット作のスターたちは、1エピソードにつき日本円で2〜3000万のギャラを貰っています。1シーズンだと軽く億単位になる。場合によっては映画よりも美味しいわけです。

して、3つ目の理由が自宅から職場へ通えること。映画の撮影だとロケで各地を回らなくてはならないし、そのために長期に渡って自宅を留守にしなければならない場合が多い。でも、テレビドラマはロサンゼルスならロサンゼルスだけ、ニューヨークならニューヨークだけといった具合に、1カ所で撮影されるのが基本。しかも組合の規定で就業時間が決められているので、残業も少ないし定休日もある。俳優にとってテレビは定職に就くようなもの、とゲイリー・シニーズが言っていましたが、ギャラの件を含めてまさに会社勤めと同じような感覚なわけです。なので、「NCIS: LA〜極秘潜入捜査班」('09〜)のクリス・オドネルや「クリミナル・マインド 特命捜査班レッドセル」('11)のフォレスト・ウィテカーのように、育ち盛りの子どもを持つスターにとって、テレビの仕事というのは家族と一緒に過ごす時間を作れる、規則正しく安定した生活が送れるという利点があります。

に、テレビドラマ制作へ意欲を燃やすハリウッドの巨匠たちに目を向けてみましょう。「Terra Nova 〜未来創世記」や"Falling Skies"、"The River"と今年だけで3本の新作ドラマを制作しているスピルバーグ、禁酒法時代のアメリカを舞台にした「ボードウォーク・エンパイア」('10〜)でゴールデン・グローブ賞を制覇したマーティン・スコセッシ、いまだ人気の衰えることのない「CSI」シリーズのジェリー・ブラッカイマー、「NUMBERS 天才数学者の事件簿」('05〜10)に続いて「グッド・ワイフ」('09〜)が大成功しているリドリー・スコットトニー・スコットなどなど、ドラマの制作や演出に乗り出すハリウッドの大物監督や制作者が後を絶たない。こちらも大きく分けて2つの理由が考えられます。

ずはビジネス面。先にも述べたようにハリウッドのメジャー映画はアトラクション化が著しく、製作費も膨大なものになっています。当然のことながら、それだけ失敗した時のダメージやリスクも高い。その一方、キャラクター描写を主体にするテレビドラマは映画ほどコストがかからないし、衛星放送の発達による多チャンネル化のおかげで世界中に販路がある。つまり、映画に比べると安全なビジネスなわけです。なので、テレビドラマで効率よく稼いで、映画でリスクを取るということも可能なんですね。

して、もうひとつ重要なのがテレビドラマ全体のクオリティーが飛躍的に高くなったこと。恐らく、'60年代のアメリカを忠実に再現した「マッドメン」('07〜)の成功がなければ、「ボードウォーク・エンパイア」も作られることはなかったはずです。ケーブル局がドラマ制作に参入したことで、アメリカのテレビドラマは大人向けの上質な作品が増え、視聴者の見る目も肥えてきた。以前なら難解でテレビ向きではないと一蹴されたような企画も、今では十分に実現可能となったのです。そのことも、巨匠たちのドラマ制作を後押ししていると見ていいでしょう。

年は「羊たちの沈黙」や「フィラデルフィア」のジョナサン・デミ監督が「A Gifted Man」で初めてドラマシリーズの制作と監督を手掛け、クレア・デインズが新作ドラマ「Homeland」に主演、クリスティーナ・リッチも「PANAM」でドラマ初主演を果たし、年明けにはダスティン・ホフマンニック・ノルティが主演する新作「Luck」も全米放送が始まります。これからも、映画界のビッグネームがどんどんテレビドラマへと進出してくることでしょう。

文:なかざわひでゆき

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PROFILE

なかざわひでゆきHideyuki Nakazawa

映画/ポップ・ミュージック研究執筆家

1968年6月26日生まれ。旧ソ連のモスクワにて育つ。日大芸術学部映画学科および大学院卒業。'91年よりフリーライターとして映画や海外ドラマを中心に活動。『デジタルTVガイド』や『スカパー!TVガイド』、『TVガイド』など毎月多数の雑誌で執筆するほか、『スカパー!e2TVガイド』では9年近くに及ぶコラム「映画女優LOVE」を連載中。また、人気海外ドラマの公式ホームページなどでも数多く活躍中。

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