ソン・ガンホらの迫真の演技が光る『殺人の追憶』

舞台環境を追求するポン・ジュノ
『殺人の追憶』に見る類まれな映像センス

2021/04/26 公開

韓国犯罪史上類を見ない未解決連続殺人事件を題材にした『殺人の追憶』

1986年から5年の間に10人の女性が殺害され、犯人未逮捕のまま控訴時効が成立した、韓国犯罪史上類を見ない未解決事件「華城(ファソン)連続殺人事件」。2003年製作の韓国映画『殺人の追憶』は、この実際の出来事と、同事件を戯曲化した舞台に触発されて生まれたミステリーサスペンスの傑作だ。

作品は多分に史実を反映し、実録的な要素を含んでいるが、自身の経験と勘だけを頼りに事件を追う地元刑事パク(ソン・ガンホ)と、科学捜査を重んじ、あくまでも証拠から犯人を割り出そうとするソウル市警のソ刑事(キム・サンギョン)。映画はこの対極にある2人が反目しながらも、殺人者に一歩でも近づこうと協力体制を築いていく「バディムービー(相棒映画)」としてのおもしろさを追求しており、日本初公開時には『シュリ』(1999年)を嚆矢とする韓流映画ブームを盛り上げた。

そして同時に本作は、ポン・ジュノという韓国映画の新たな才能を我々に知らしめることとなった。1969年生まれの彼は延世大学校社会学科を卒業後、映画の専門教育機関である韓国映画アカデミーを経て、『ほえる犬は噛まない』(2000年)で長編商業監督デビューを果たした。

同作はマンション内での連続小犬失踪事件をめぐる住民たちのドタバタを描いた作品で、笑いと緊張をミックスさせた独自の作風、観る者を圧倒する大胆な画面構成力、そして時代考証や細部にこだわる「リアリズム作家」の筆頭として、ポン・ジュノは韓国映画の未来を嘱望される存在だったのだ。

地元の刑事パクとソウル市警の若手ソが心理的に追い詰められていく

街全体を一つの主役として描く徹底されたリアリティ

『殺人の追憶』には、そんなポン・ジュノのこだわりとスタイルが遺憾なく発揮されている。陰惨な事件を主体とする性質上、華々しいスター俳優の起用をできるだけ避け、あまり顔の知られていない舞台役者などをオーディションで選んだ。そこには事件の遺族に対する配慮もあるが、こうしたアプローチがリアリティの一助となり、作品に強固な迫真性をもたらしている。

リアリティという点では、事件当時の京畿道華城郡(現在の華城市)を再現すべく、近代都市に変貌しつつある郊外の街を徹底したロケで探し出した。同時にそれは「<のどかな>農村地帯で起こる<凶悪>犯罪」という対極性やコントラストを強調するもので、こうした要素はポン監督が初の怪獣映画『グエムル-漢江の怪物-』(2006年)における平穏な昼間の怪獣パニックや、後述する『パラサイト 半地下の家族』(2019年)などに適応されている。

またこのように舞台環境そのものを顕在化させ、街全体を一つの主役として描くのも『殺人の追憶』の特徴といえる。ポン・ジュノはこの方法に対し、かつて黒澤明を回想するドキュメンタリー中編『黒澤 その道』(2011年/カトリーヌ・カドゥー監督)の中で、誘拐サスペンス『天国と地獄』(1963年)に触れ、「あの作品は黒澤の非凡な空間構成力を示し、街全体がキャラクターになっている」と語っており、自身の犯罪映画への方法論を裏付ける重要証言となっている。

「被害者遺族に配慮」したはずの『殺人の追憶』は製作者たちの意向に反し、公開年度の国内最大観客動員数を記録するヒット作となった。この興行的成功は様々な要素をもたらし、後の『チェイサー』(2008年)や『悪魔を見た』(2010年)などへと連なる「韓国犯罪映画」というジャンルを確立させ、前者の監督であるナ・ホンジンや後者の監督、キム・ジウンらの国際進出への道を切り拓いた。

そしてなによりこの映画は、ポン・ジュノ自身を世界的な映画監督へフェーズを移行させた。彼もまた本作の国際的評価を経て海外進出を果たし、2020年に『パラサイト 半地下の家族』で、アジア圏の映画初となる米アカデミー賞作品賞を受賞。同作も登場人物それぞれの生活模様を居住空間から徹底して描き、貧富の差が生む笑いとサスペンスを巧みに可視化させ、その手腕が世界に認められるところとなったのだ。

あと忘れてはならないのは、『殺人の追憶』は「華城連続殺人事件」に対する風化を防ぎ、同時件への関心が絶えることのない状況を生んだといっていい。

それが功を奏したのか、このおぞましい事件は発覚から30年後、警察と国立科学捜査研究院が過去の事件現場で採取した証拠のDNAを分析し、犯罪者DNAデータベースと照合した結果、1994年に妻の妹を殺して収監中の身にあった男を割り出した。経年によって発展した科学捜査技術が、犯人の輪郭すら浮かぶことのなかった連続殺人事件に解決をもたらしたのだ。

『殺人の追憶』は最後、パク刑事が第四の壁を突き破るかのように、スクリーンのこちらを睨みつけて終わる。ポン・ジュノはこの場面を「誇示的な性格の犯人だけに、この映画を観に劇場に来るに違いない」とし、犯人がソン・ガンホの目に怖れの感情を抱くことを望んでいたと述懐する。男はこの場面を見たのかという警察の質問に対し、「よく覚えている」と答えて沈黙したという。

犯人のものと思われるDNAが見つかり、鑑定結果に期待を懸けるが…

「華城連続殺人事件」では、延べ205万人の警察が動員され、捜査対象者は2万1280人、容疑者は3000人に達した。しかし男が犯したすべての犯行は公訴時効を終え、もはや誰も処罰することはできない。だが、映画の同犯罪への強い憎悪の眼差しは、真犯人のわずかばかりの良心を射抜いたのかもしれない。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
殺人の追憶
放送日時:2021年5月3日(月・祝)15:45~、13日(木)6:00~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)殺人の追憶
放送日時:2021年5月8日(土)8:15~、18日(火)19:30~
チャンネル:スターチャンネル3

殺人の追憶
放送日時:2021年5月8日(土)5:40~
チャンネル:WOWOWプライム

殺人の追憶
放送日時:2021年5月13日(木)10:45~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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