第50回ベルリン国際映画祭で銀熊賞に輝いた『初恋のきた道』

チャン・ツィイーが恋を知らない少女を体現
『初恋のきた道』に見る、ピュアさは幻想なのか?

2021/04/05 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。記念すべき第1回に登場するのは、『紅いコーリャン』(1987年)、『HERO』(2002年)などで知られる中国の巨匠、チャン・イーモウの『初恋のきた道』(2000年)。のちにハリウッドにも進出するチャン・ツィイーの映画デビュー作であり、純粋無垢な彼女の可憐さも話題となった、せつなさに胸がふるえる清冽なラブストーリーだ。

父の訃報を聞き、遠く離れた都会から母がいる小さな農村へと帰郷してきたユーシュン(スン・ホンレイ)。彼はそこで、若き日の父と母の出会いの日々を追想する。かつて、父のチャンユー(チョン・ハオ)は、母のディ(ツィイー)が暮らす村に赴任してきた教師だった。洗練された彼の姿に一目惚れした18歳のディ。まだ、自由恋愛が珍しかった1958年の中国、少女はひたむきに、言葉にできない想いを届けようとする。

都会出身の青年に恋するヒロインをチャン・ツィイーが演じる

泣ける?泣けない?恋愛の美しい思い出を描く『初恋のきた道』

小川知子(以下、小川)「『泣ける映画』として知られていますが、実際泣きましたか?私は結構泣く方なのですが、この作品では泣かなかったです」

松崎まこと(以下、松崎)「どこで泣くのかな?泣くために観た人が泣いているんじゃないかと思います。たまに、映画ってそういう見方をしますよね。最後、モノクロのシーンからチャン・ツィイーのカットに変わってカラーで終わるところは映画的瞬間だと思いました」

小川「ジーンとなりますね。恋愛映画として観る人もいれば、親子の映画として観る人もいる映画というか」

松崎「日本では特に、『初恋のきた道』というタイトルゆえに恋愛映画だと思って観るんじゃないかな」

小川「原題だと『我的父親母親』だから、父親と母親の物語という印象です」

松崎「チャン・ツィイーのカラーで終わるなど、最高に『(彼女を)立てる』終わり方をしているのもすごいし、『過去こそ美しい』という作り手の気持ちが出ていると感じました」

小川「過去こそ美しいと思いますか?」

松崎「映画ではそう思いますね」

小川「現実ではない?」

松崎「ないこともないかな(笑)」

小川「恋愛だから美しく描かれているのか、過去だから美しく描かれているのか。たとえ恋愛がうまくいかなくても結果的に美しい思い出として残るから、あの描かれ方だったのかなとも思います」

松崎「今回はうまくいった恋愛だけど、成就するかどうかではなく、その時に心をふるわしたことが美しい、すばらしいと思える。たとえ成就しなくても、昔の恋があったからこそ、今の自分があるんじゃないかと思えるものですからね」

小川「結局、二人とも『泣ける映画』と評された本作で泣けなかったという…(笑)」

遠くから見つめたり、道でわざとすれ違ったりすることしかできないディ

駆け引きも何もない…真っ直ぐすぎる『おぼこい』ラブストーリー

松崎「公開当時は、あざといと思いました」

小川「チャン・ツィイーがですか?」

松崎「監督が、です。初見を含めて3回観ているのですが、一昨日観直した時は、なるほどと思う部分が多くて、20年くらい前の自分の汚れ具合が気になりましたね」

小川「父親と母親が元気な頃と、年をとってから観るのとでは、親の恋愛を振り返る時の距離感も違ってきますしね。当たり前ですけど、受け取るものは観る時期で変わってくると思います」

松崎「最初に観た時は、チャン・イーモウっていやらしいなって思いました」

小川「『おじさん目線で見すぎじゃないの?』みたいなところですよね。『幻想なのでは?』と感じるほど、女性がピュアに描かれている。(私は)公開当時は学生で、あそこまでピュアではいられないのでは?という見方もあった気がしますが、大人になって時代背景も含めていろいろなことを見渡せるようになると、あの時代に学ぶ機会が与えられなかった女の子が、子どもたちに知恵を教えているような人に出会ったら、それは好きになるだろうなとしっくりくるようになりました」

奇跡的とも言えるチャン・ツィイーの素朴な佇まい

松崎「村で初めての自由恋愛として描かれていますよね。これくらいで恋愛になってしまうのか?とも思うけれど(笑)。ほかに情報が入らなければ、好きになることも、好きでいられることも不思議じゃないと思います。たまたま好きになった相手=先生がいい人だったこともあり、ずっと40年間愛し合えたのも納得かな」

小川「もしかしたら、40年の中にいろいろ大変な時期はあったのかもしれないけれど、一番よかった出会いの部分が、カラフルな思い出として残ったということなんでしょうね」

松崎「現代パートが白黒で、過去がカラー。そのあたりに、30代の僕はいやらしさを感じたのだと思います。まあ、巧いということなんですけどね。(監督が)新しいヒロインを見つけ、それを見せびらかしたい風に見えちゃったんです」

小川「なかなかねじ曲がった見方ですね(笑)」

松崎「歪んでいるんです(笑)」

小川「たしかに、監督がチャン・ツィイーにただならぬ思い入れがあったという情報もありましたけど、私は松崎さんのようにあざとさは感じなかったです。でも、チャン・イーモウは恋をしてしまったんだなというのはすごく感じました。そうじゃないと、あんなにかわいく背中を撮れないですから。走る、待つ後ろ姿だけで感情が見えてくるのは本当にすごいと思いました」

松崎「背景に何もない、モノトーンの平原にチャン・ツィイーという一輪の花として立たせる時点で、『これはもう』という感じでした」

小川「狙いすぎだろうって?」

松崎「チャン・ツィイーがかわいいからそう思っちゃうんですよね。撮影当時18歳くらいのはずだけど、こんなピュアがありえるのか?と思いました。女性から見て、どうですか?」

小川「ものすごくかわいいです。あんなにピュアな人はこの世になかなかいないと思いますね。幻想だと思ってしまうほどでしたから」

松崎「まあ、幻想ですよね(笑)」

先生の好物である『きのこ餃子』を食べさせることもできず…

小川「かわいいうえに恋のハウツーを全然知らないから、駆け引きもできない。何をしていいのかわからないから、とにかくそばで見つめる、ご飯を食べさせる。子どもが親を喜ばせようとするのと同じように、自分のできることで相手を喜ばせようと純粋に思う感じは、ひたむきでかわいいと思いました。当時、学生だったとはいえ、すでに洗練された演劇エリートだったはずのチャン・ツィイーを、本物の田舎の女の子にしちゃうのは、この映画のすごさだと思いました」

松崎「あの時のチャン・ツィイーにしかできないですよね」

小川「デビュー作ですもんね」

松崎「好きになった先生もピュアでよかった」

小川「ちゃんと距離がある感じもいいですよね。いやらしい目線ではなく、『君のことを想っている』という表現として、初めて村に来た時に彼女が着ていた服の色、赤が入った髪飾りを渡すところに、恥ずかしがり屋な中にも熱い想いを感じました」

松崎「ふたりともおぼこい!」

小川「本当に、おぼこいという言葉がぴったりです。今の時代に観ると、奇跡的な空間にすら思えますね。そもそも2年も彼のことを待てないじゃないですか。インターネットの出現で、待つことに対しての免疫力が衰えてしまった」

松崎「待つしか方法がなかったから」

小川「自分にはあんな忍耐力はないと思いました。3か月くらい連絡がなかったら、『もう、いいか』となっちゃうと思います。少ない会話しか交わしていないのに、待っている彼女もすごいし、帰ってくる先生もすごい。シティボーイが田舎の女の子の元へ、『餃子も食べていない』のに戻ってくるわけですから」

松崎「餃子を食べていないから、『戻って食べなくちゃ!』となったのかもしれないですね。情報もないし、連絡もとれない。ひたすら待ち続ける。おじさんの乙女心がうずく映画でした。年を重ねると男もピュアな少女のような感情が芽生えてくるんですよ(笑)」

小川「男性性に囚われない見方ができるなら、年を重ねるのもいいことですね。この映画を純粋に観られたと聞いて、安心しました(笑)」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
初恋のきた道
放送日時:2021年4月9日(金)15:40~、20日(火)23:10~
チャンネル:スターチャンネル2
(吹)初恋のきた道
放送日時:2021年4月12日(月)3:15~、15日(木)7:30~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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