観る者を犯罪の渦中に引きずり込む『殺しのドレス』の映像テクニック
2021/04/12 公開
“映像表現史上、もっとも恐ろしい描写”を見逃すな
行きずりの男と情交に及んだ主婦ケイト(アンジー・ディキンソン)は、その帰りのエレベーターの中でサングラス姿のブロンド女性に剃刀で惨殺される。現場を目撃していた高級コールガールのリズ(ナンシー・アレン)は口封じのため犯人に狙われるが、被害者の息子ピーター(キース・ゴードン)に助けられ、2人は独力で犯人を追うことに。そして浮上してきたのは、ケイトの主治医である精神科医エリオット(マイケル・ケイン)の存在だった――。
1980年に製作された『殺しのドレス』は、サスペンス映画史に燦然と輝くエロティック・スリラーだ。初公開時には猥褻だと取り沙汰され、Xレイティング(成人)指定を避けるために再編集を余儀なくされた。しかし、観る者を犯罪の渦中に引きずり込む凝った演出は枚挙に暇がなく、現在では監督ブライアン・デ・パルマの映画の中でも最も有名な作品の一つとして、惜しみない賞賛を得ている。
デ・パルマは『めまい』(1958年)、そして『鳥』(1963年)などで知られるサスペンス映画の巨匠、アルフレッド・ヒッチコックの嫡流とも言える映像技巧派で、そのスタイルはヒッチコックよりも洗練され、しかもド派手だ。画面を2つに割り、別々の場所で起こっていることを同時進行で見せるスプリット・スクリーン(画面分割)や、画面の手前から奥まで被写体にピントを合わせたディープ・フォーカス、あるいはスローモーション(高速度撮影)などといった、華麗でケレン味あふれる視覚的テクニックを自作にて駆使してきた。
もちろん、本作でもその手腕は遺憾なく発揮されている。特にエレベーター内で血まみれになって倒れているケイトにリズが手を差しのべようとした際、エレベーターの防犯ミラーに彼女を待ち受けている殺人者の姿がゆっくりと超スローで映り込んでいくショットは、“映像表現史上、もっとも恐ろしい描写”として肝が縮むこと請け合いだ。
名優マイケル・ケインのエキセントリックな若き姿に注目!
元を辿ると、デ・パルマの映像テクニックの起源には、フランスの映画革命である「ヌーヴェルヴァーグ」の存在を挙げることができる。このムーブメントは1959年を起点に、『大人は判ってくれない』(1959年)のフランソワ・トリュフォーや『勝手にしやがれ』(1960年)のジャン=リュック・ゴダールといった新鋭作家が、スタジオ主導ではない監督の個性に基づく作品を量産していった潮流のことだ。
彼らの作品群は後にアメリカにも輸入され、その作家性から発揮される即興的な演出や、自在なカメラワークを伴う大胆な表現に、若き映画青年だったデ・パルマも激しく感化されたのだ。したがって、氏のキャリア初期を飾る実験的な短編群から『悪魔のシスター』(1973年)、『ファントム・オブ・パラダイス』(1974年)などの初期長編作に至るまで、どれも作中、創意に富んだ映像テクニックを目の当たりにすることができる。
こうしたオタク的気質はキャラクターの人物像にも反映され、『殺しのドレス』のピーターはまさに若き日のデ・パルマ自身といっていい。加えてそんなオタク青年と“姉萌え”に類する年上の美女とのバディ(相棒)設定も異色だが、そこには警察や医師という職種に対する不信感や警戒心といったものが色濃く表れている。余談だが、リズを演じるナンシー・アレンはデ・パルマと1979年に結婚している(1983年に離婚)。オタクの夢、ここに極まれりだ。
あとこれを忘れてはいけない。多重人格という複雑な犯人像も、ヒッチコックに心酔するデ・パルマらしく名作『サイコ』(1960年)を踏襲したもので、エリオットを演じるマイケル・ケインの怪演がすばらしい。近年、「ダークナイト」3部作(2005〜2012年)などで圧倒的な存在感を見せつけ、今や英国役者の重鎮であるケインだが、そんな氏のエキセントリックな若き姿にも注目してほしい。
文=尾崎一男
尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオンRED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。
<放送情報>
殺しのドレス
放送日時:2021年4月23日(金)1:15~
(吹)殺しのドレス【日曜洋画劇場版】
放送日時:2021年4月22日(金)12:30~
(吹)殺しのドレス【月曜ロードショー版】
放送日時:2021年4月29日(金)6:30~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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