サスペンスの巨匠、アルフレッド・ヒッチコック
あらゆる映画の礎を築いた実験的なおもしろさに迫る
2022/04/25 公開
史上最も言及された映画監督は誰だろう。
映画というメディアを生み出したリュミエール兄弟だろうか。または発明王エジソンだろうか(映画監督なのかという議論はさておき)。調べてみるのは途方もない労力が必要そうだけど、なんとなくこの人じゃないか、と思う一人がいる。それが、今回取り上げるアルフレッド・ヒッチコック監督。太った体型に下唇が突き出てムスッとした表情。見たら誰もがわかるその姿も、監督として世界一有名にちがいない。
完璧に計算され尽くされたディテールの細かさ
ヒッチコックはイギリス時代からアメリカ移住後まで、生涯たくさんの映画を作り、そのどれもが歴史に残る名作となっている。なので今回は、3本だけに絞ってご紹介したい。
まずはじめは、1960年公開の『サイコ』。「サイコキラー」や「サイコパス」などのワードは今では普通に使われているけれど、そもそもサイコという言葉を世界中に広めたのが、本作と言われている。同時に、本作がヒッチコック史上最も有名な作品ともいえるかもしれない。
いきなり個人的な話になってしまい恐縮だけれど、かつて小中学生だった頃の私は、ヒッチコック監督作を観て、「うわ!面白い!」とはそれほど思わなかった。たしかに、『鳥』(1963年)の描写の圧倒的な物量や、『サイコ』のナイフ、『北北西に進路を取れ』(1959年)の逃走などは、子どもながらにワクワクした。けれど、映画全体として新しさやスリルを感じたかというとそうでもない。
でも映画を作る側になってみて、恥ずかしながらやっとわかった。ヒッチコック映画は20世紀の早い段階でもはやクラシックとなり、誰もが参考にし、模倣する存在となっていたのだ。現代のすべての映画の礎といっても過言ではない。そして大人になればなるほど、ヒッチコック映画の面白さは加速度的にわかるようになってきた。
その最高の一本が『サイコ』だ。サスペンス映画のマスターピースでありながら、同時に、今なお誰も真似できない実験精神のこもった一作。なぜ実験精神かというと、前半と後半で主人公が替わってしまうのだ。スター俳優が主演する映画で、こんなのはありえない。さらに、ディテールも噛めば噛むほどおいしくなる料理みたいに、とにかく細かいところまで完璧に設計され尽くされている。
一つだけ挙げるとすると、一番有名なシャワーシーン。シャワー中のヒロインへナイフを持った手が襲いかかり、何度も繰り返し執拗にナイフが上下運動をする。これは冒頭、ヒロインが雨の中で車を運転している時、フロントガラスを上下するワイパーで前フリされている。ヒロインの目の前で無機物が執拗に上下運動し、来るべき死が暗示されているのだ。
観客さえも翻弄する無数の仕掛け
無数の仕掛けは、観客に対する挑戦状ともいえる。「あなたは、本当に私の映画を観ていましたか?」。そんなヒッチコックの声が聞こえてくるようだ。その最たる例が、有名な『裏窓』(1954年)。
主人公の男は骨折して、自宅アパートから一歩も動けない。唯一の楽しみは、自宅の裏窓から向かいのアパートの住人たちを観察すること。そんななか、一組の夫婦を観察中にある事件を目撃してしまう。夫が妻を殺害し、スーツケースで死体を運び出し、凶器となったノコギリを処分しているのを見るのだ。
だけど実は、夫が妻を殺す瞬間だけは、目撃していない。見たのは、夫婦喧嘩をする2人と、その後1人になった夫がいろいろな物を片付ける様子だけ。でも、かなり怪しい。彼は殺したに違いない。そう主人公は結論づけて、恋人や友人(刑事)の力を借りて捜査を開始する。
殺害の瞬間を、目撃していないのは、主人公と同じく観客も一緒だ。それなのに映画を観ているうちに、夫が殺害したのは確かなような気持ちになってくる。
だが、待てよ。何度も『裏窓』を見返すと、ヒッチコックは周到に、目撃は絶対にありえないように描いているのだ。それでも「殺害はあった」と確信させられてしまう不気味さ。「窓」を見る主人公と、「スクリーン」を見る観客は、いつのまにかヒッチコックの手中で仕掛けの中に突き落とされている。
『めまい』(1958年)が最も好き、という人も多い。ヒッチコックの映画では、主人公がトラブルに巻き込まれるものが多いが、この作品は観客と主人公が一緒に倒錯した世界へ引きずり込まれる。物語的にもサスペンスやミステリーの醍醐味ともいえるどんでん返し(あるいはツイスト)が効いている。
本作でヒッチコックが仕掛けてくるのは、「あなたは、この人を最初からちゃんと観ていましたか?」という謎かけだ。誰もがその問いの前で、自分の目を疑わざるを得ないだろう。ぜひ、画面に釘づけになって、一瞬たりとも見逃さないという覚悟でご覧ください。そして、観ていないものを観た気になってしまうのにも、ご用心を。
文=入江悠
入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)など。
<放送情報>
引き裂かれたカーテン
放送日時:2022年5月2日(月)13:50~、28日(土)18:40~
サイコ(1960)
放送日時:2022年5月7日(土)10:00~、28日(土)21:00~
三十九夜
放送日時:2022年5月9日(月)13:50~、28日(土)17:00~
フレンジー
放送日時:2022年5月14日(土)10:00~、29日(日)21:00~
サボタージュ(1936)
放送日時:2022年5月14日(土)3:00~、29日(日)17:40~
I AM アルフレッド・ヒッチコック
放送日時:2022年5月21日(土)4:50~、28日(土)15:15~
バルカン超特急
放送日時:2022年5月21日(土)10:00~、29日(日)19:10~
めまい
放送日時:2022年5月29日(日)15:20~
裏窓(1954)
放送日時:2022年5月29日(日)13:15~
チャンネル:スターチャンネル2
サイコ(1960)[吹]ゴールデン洋画劇場版
放送日時:2022年5月9日(月)23:20~、21日(土)11:20~
めまい[吹]日曜洋画劇場版
放送日時:2022年5月10日(火)23:10~、21日(土)9:10~
サイコ(1960)[吹]名作洋画ノーカット10週版
放送日時:2022年5月12日(木)23:10~、22日(日)13:50~
裏窓(1954)[吹]
放送日時:2022年5月31日(火)6:00~
チャンネル:スターチャンネル3
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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