仮想世界<U>を舞台に、歌うことが大好きな少女と謎の存在「竜」との交流を描く『竜とそばかすの姫』

細田守監督が新たに描くインターネット上の仮想空間
『竜とそばかすの姫』に感じる「リアル」に迫る

2022/05/30 公開

様々なアニメ作品に精通しているハライチの岩井勇気さんが「大人にこそ観てほしいアニメ作品」を紹介するこの企画。第5回は2021年に劇場公開された『竜とそばかすの姫』。細田守監督による長編オリジナルアニメーション6作品目にあたる今作は、インターネット仮想世界<U>と出会った田舎町に住む女子高校生・すず(声:中村佳穂)の成長物語だ。仮想世界の表現、特に印象に残っているキャラクターなど岩井さんならではの視点で本作の魅力を語ってもらう。

17歳の女子高校生・すずのAsで、歌姫として世界中で人気者になるベル

奥行きがあり、より身近に感じられる仮想空間の表現

『竜とそばかすの姫』は、細田守監督の得意なことをふんだんに使っていると感じます。なかでも仮想世界の表現は相変わらず素晴らしい。『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000年)や『サマーウォーズ』(2009年)でも仮想世界を描いていますが、どんどん奥行きが進化していて。今回はこれまで以上にネット世界の広さを感じました。

例えば、<U>の世界の象徴である「クジラ」の存在が奥行きを感じる要素の一つになっていると思います。大きなイメージで描かれているクジラが、画面の手前に来たり奥に行ったりすることにより、どれほど大きな規模の空間なのかがすごくイメージしやすかったです。

そういった迫力ある仮想世界に憧れを抱く一方で、「ネット世界と地続きに自分たちの生きている世界がある」という細田監督のメッセージを感じました。今のネット社会や世の中に思うことがあるのではないかと。『デジモン』や『サマーウォーズ』の時のネットは、特定の人たちがその世界でしか得られないノリを楽しむような使い方をしていたと思います。そのイメージがあったから、『サマーウォーズ』は仮想世界と現実世界が平行だったと感じていて。結果的に世界を救ったのは陣内家だったけど、陣内家の出来事が仮想世界に反映されていなかった。

ベルになったすずは、圧倒的な歌唱力とパフォーマンスで人々を魅了していく

ところが、『竜とそばかすの姫』は現実世界で起こったことが仮想世界にも反映されているんですよ。「竜」探しのシーンは現実世界と仮想世界がごちゃ混ぜになっています。そうやってネットに対する表現が変化したのには、誰もが当たり前のようにネットを利用し、誰もが自分の意見を世界に発信できてしまう時代になり、その中でリテラシーが試されるようになったからではないかと。本当に大事なものが現実世界と仮想世界、どちらにあるのかを問われているようでした。

そして、ネットと現実が地続きに描かれているからこそ、とても没入できる感覚にもなります。すずを見守る「合唱隊」のお母さんたちが、ベルの正体をすずだと知りつつ仮想世界のAs(アズ)と呼ばれるアバターで見守っていたり、仮想世界ですずとして歌う時に、吹奏楽部でアルトサックスを吹く同級生のルカちゃん(声:玉城ティナ)が、Asとしてもアルトサックスを吹いて応援していたり。近未来の世界観にアナログな要素を入れ込むのが細田監督の十八番であると感じるとともに、僕はグッと来てしまいます。

匿名での誹謗中傷など、ネットリテラシーを問う場面も

物語を通じて成長する登場人物たちの心の機微

細田監督の作品は世界観の作り込みはもちろん好きですが、それ以上にキャラクターの感情の機微の描き方が好きなんです。『竜とそばかすの姫』は映画館で2回、配信されて2回観ていて。そのたびにすずの幼なじみであるしのぶくん(声:成田凌)への理解を深めています。

最初は「しのぶくんってどんなキャラクターなのだろう?」と気になって見るようになったのですが、徐々に見る目が変わっていきました。幼なじみに対して「見守らないといけない」とそこまで責任を感じる必要はないはずなのに、ずっとすずを見守っていた。すごく正義感が強くて好印象のキャラクターです。

無口で無愛想だからあまり感情がないように見えるけど、発言の一つ一つに母親みたいな包容力があります。すずが迷った時には道を示すような一言を言ったり、すずが<U>で顔を晒した時には背中を押すような一言を言ったり。最後にすずの成長が見えた時は、肩の荷が下りていたようにも思えて。子どもが成人した、一人暮らしを始めたかのようなリアクションだったなと。僕はマザコンなので、しのぶくんの包容力はすごく温かく感じました(笑)。たぶんここまでしのぶくんに興味を持ったのは、母の存在を思い浮かべやすかったからかもしれません。

すずは自然豊かな高知の田舎町で生まれ育った内気で自分に自信のない女子高校生

逆にすずのようなキャラクターは僕の近くにいない存在。現実世界では歌えないけど、正体を隠した仮想世界でだけは歌うことができるというキャラクター性は、顔出ししないネット発のアーティストと同じような存在だと思います。でも僕は、顔も素性も晒してステージの上に立つという真逆のことをしているわけです。職業柄、自分の素性を晒すことで説得力が生まれると思っているから、素性を隠す=説得力がない、責任を負っていないと感じてしまう。だから、最初はすずに対してもどこかでそんなイメージを持っていました。

もともとすずは、ネットの世界に飛び込んで発言したり行動したりするメンタルを持ち合わせていなかった。それは今ネットを使っている多くの人が同じだと思います。だからこそ、素性を晒すというのはそれだけ勇気が必要な行為なわけです。けれども、すずは顔や素性を晒して、竜の心を開くわけです。自分のネット上の行動や発言が様々な責任を伴うと理解した上で覚悟したすずに対して、「根性があるな」と思いました。

結局、人と人との繋がりってアナログでしか得られないところに大事なものがある。『竜とそばかすの姫』だけではなく、細田監督が一貫して描き続けているテーマだと感じています。

取材・文=阿部裕華

岩井勇気●1986年生まれ。幼稚園からの幼なじみである澤部佑とのお笑いコンビ「ハライチ」として活躍。初のエッセイ集「僕の人生には事件が起きない」が17刷り重版中。放送されるアニメ作品はすべてチェックし、テレビ朝日で放送中の「まんが未知」など、漫画やアニメに関する番組でもMCを務める。

<放送情報>
竜とそばかすの姫
放送日時:2022年6月5日(日)18:45~
チャンネル:WOWOWシネマ

放送日時:2022年6月23日(木)14:45~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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