レズビアンに目覚めていく女性の恋を描き、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールに輝いた『アデル、ブルーは熱い色』

同性同士の恋を普遍的に描いた『アデル、ブルーは熱い色』
共感性の高さと物議を醸した性描写にも熟考してみた

2022/04/25 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第14回に登場するのは、『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)。第66回カンヌ国際映画祭のパルム・ドール受賞作だ。審査員長を務めたスティーヴン・スピルバーグの計らいにより、アブデラティフ・ケシシュ監督とともに、エマ役のレア・セドゥとアデル役のアデル・エグザルコプロスにも賞が授与され、カンヌ史上初の俳優がパルム・ドールを手にする快挙を成し遂げた。

文学を愛する高校生アデルは上級生の男子とのデートに向かう途中、道ですれ違った青い髪の美大生エマに目と心を奪われる。後日、アデルは偶然入ったバーでエマに再会。知的で洗練されたエマにすっかり魅せられたアデルの感情は、憧れと友情から性愛を伴った情熱的な愛情へと発展していく。やがて激しく愛し合うようになる2人だが、時の流れとともに気持ちがすれ違い始めてしまう。10分を超える女性同士の赤裸々な性愛描写も議論を呼んだ。

LGBTQをテーマにしたマスターピースである一方で、赤裸々な性愛描写が様々な議論を呼んだ

情熱的な恋を表現するうえで過激な性描写は必要なのか?

松崎「スピルバーグが『偉大な愛の映画』と驚嘆し、パルム・ドールを主演の2人にも授与したという極めて異例な作品です。公開当時、今よりも同性愛が衝撃的に捉えられるようなところもあったと思いますが、すごく普遍的な愛の物語という印象を受けました。今回、見返してもその印象はほとんど変わらなかったです」

小川「すごく普遍的な初恋の物語ですよね。子どもの頃の淡い恋ではなく、いわゆる、初めて本気で心が惹かれてぶつかり合うという」

松崎「初恋であり、身を焦がすような恋ですね」

小川「ある意味、全く違う家庭で生まれ育った2人が恋をすると、その違いが溝になっていく。こういうことってあるなと思います」

松崎「エマは社会的に言えば食べるのに困らないような家に育ち、アデルは労働者階級のような家に育っていて。付き合って同棲してから育った環境の違いを実感していくわけですよね」

小川「生きていくために幼稚園の先生になることを選ぶアデルと、芸術家として生きていくことを許されているエマ。すでにその環境に差があるわけで、食べてきたものから違うというディテールも描かれていましたね」

松崎「アデルの家庭はボロネーゼと安い赤ワイン。一方、エマの家庭は生牡蠣と白ワインですから」

小川「甘くはない現実ですけど、自分とは全く違うタイプだからこそ惹かれたり、憧れたりすることもあって。結果、一緒に生きられるかは別として、一度はそんな思いを抱いたことがある人は多いのではないでしょうか。そういう生々しい葛藤を追体験させられるので、つらく、苦しい側面もあります」

松崎「だからこそ、最後はアデルの気持ちに同化して、ものすごく切なくなりました」

小川「やり直しても同じことを繰り返すと頭ではわかっていても、気持ちはそう簡単に片付けられない。一緒にいた時に抱いた気持ちを何年も引きずってしまう。失恋みたいに、心に引っかかってしまう作品だと思います」

文学少女のアデルは、年上の美大生で哲学的なエマに一目惚れしてしまう

松崎「その切なさにリアルを感じさせたのはケシシュ監督の演出ですが、撮影はかなり過酷だったと話題になりましたよね」

小川「初めて観た時は、すごく揺さぶられた記憶があります。でも、主演の2人が過酷な状況で追い詰められて撮影していたことをあとから知って、それを自分の感動として消費してしまっていいのだろうか、と考えさせられました」

松崎「まだ、#MeTooムーブメントが起こる以前でしたね」

小川「制作陣が意図してはいなくても、『セックスシーンがすごい映画』みたいに片付けられてしまっている意見と出合うと、嫌な気持ちにはなりますね。当時、同性愛当事者の友人も交えて感想を話していた時に、彼女が『女性同士のラブシーンはこういうものだと決めつけられたようで、正直居心地が悪かった』と言っていて、確かにそうだなとも思いましたね」

松崎「あのラブシーンの撮影に10日くらいかけたと聞くと…ちょっと複雑ですね」

小川「ほとばしるような始まりの情熱を、肉体的な接触で表現したかったとしても、スクリーンを前にして居心地が悪くなるくらい長いな…とは感じました。そこまで長く、激しく描写する理由が私には見出せなかったというか」

松崎「映画はそこが肝ですよね。激しく、そして長い描写であっても、意味があるなら問題ないはず。過剰な描写なのに、そこまでの意味は見出せなかったかも」

小川「主演の2人は一度会っただけで、特にお互いを知ることもなくセックスシーンを延々と演じさせられていた、というのはあとで知りましたが、その緊張感が、観ていた時の居心地の悪さにつながっているのではと思ってしまいました」

松崎「セドゥとエグザルコプロスは、2人とも二度とケシシュ監督の作品には出たくないって言っていると耳にしました」

小川「監督が役名を本名にしたがったことも、いろいろと議論があったようですよね」

松崎「セドゥは自分の名前を使うことは断ったらしいですね。役作りでも、セドゥとエグザルコプロスには違いがあって、そこはある種のおもしろさを感じる部分ではあります」

髪を青く染めるなど目立つ存在のエマ

直感的な恋から始まる燃え上がる気持ちとすれ違い、そして、別れへ…

小川「アデルとエマの関係を見ていると、異性愛のそれと何も変わらないことが描かれていますよね。偏見や差別が、観る側にフィルターをかけているだけということが浮き彫りになる。異性を好きになることが当たり前だと思っていた幼いアデルが、自分がわかっている年上で青い髪のエマに恋に落ちるわけですが、確かに、こんなに魅力的な人が目の前に現れたら惹かれますよね。アデルには、哲学的な会話ができる同世代の友人がほぼいないわけですし」

松崎「哲学者のサルトルの言葉を引用したりとか。年齢も4、5歳違う設定だから、憧れる気持ちもわかります」

小川「エマが画家仲間と、好きなのはグスタフ・クリムトかエゴン・シーレかみたいな会話をし、アデルがそれについていけないというシーンは、アデルをわかりやすく馬鹿にしすぎている描写なのでは…と感じて若干モヤモヤしましたけど」

松崎「アデルの愚かしさもわかりやすく描かれていて共感しやすいと思いました」

小川「エマは才能があって、ありのままで家族や仲間から愛されているようにアデルの目には映るでしょうし、彼女といることで寂しさが募る気持ちはよくわかるので、その孤独をほかで埋めようとする行為を批判できないんですよね。現実においてはどんな別れのシーンも美しいものとはかけ離れているとわかっていても、エマとの別れは、今までありがとう感がゼロですごくつらかった。あれは引きずるわ、と思いました」

松崎「過酷でつらい別れでしたね」

作家になる夢を抱きながらも、生きるために教師として働くアデル

小川「結果的にですけど、アデルが本当にやりたいことを追求するなり、挑戦しなかったことが、大きな溝になったのだろうなという気がしました」

松崎「そうですよね。繰り返しになるけれど、生まれや育ちの違いから生じる考え方の違いというか、規制というか…」

小川「相手が好きすぎて、自分のことを大事にすることを疎かにすると関係は終わる、ということについて改めて考えさせられました。でも、それって相手を失ってからじゃないと気づけないんですよね」

松崎「僕は、ファーストシーンの描かれ方もすごくいい作品だと思いました。この作品が何を描きたいのかが明確に提示されていて。冒頭の授業のシーンで、『一目惚れをすることは後悔と運命』みたいなやり取りが出てきます。この映画は一目惚れの話だから、これを最初にパーンと打ち出したところが、何とも優れた構成だなと感じました」

小川「そのフレーズを聞いていても、実際、体験してみないとわからないですよね。アデルは、活字で触れた知識と、実際に起こることが違うということを知る。彼女の表情の変化が、それを物語っています」

松崎「普遍的な愛の物語という軸がしっかりしていて、考えるところがいろいろあるから、やっぱりスピルバーグを驚嘆させて、パルム・ドールを獲得するだけの作品ではあるなと改めて思います」

小川「恋の始まりと別れ、そして孤独についての成長の記録ですよね」

松崎「そして、一目惚れの物語です。これからデートする男の子に目がいかなくなるくらい惹かれちゃうわけですから」

小川「わりと冷静な部類の人間なので、一目惚れの経験がないんです(笑)。残念ながら」

松崎「僕はありますよ。恋焦がれるまではなくても、『あ、この人』と目が離せなくなったことは。『後悔と運命』を伴ってね(笑)」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
アデル、ブルーは熱い色 [R15+]
放送日時:2022年5月3日(火・祝)2:45~、27日(金)23:00~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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