我先にと逃走を図った寺岡は、宇宙生物ゴケミドロに侵食される

タランティーノにも多大な影響を与えた和製SFホラーの金字塔
世界中にコアなファンを持つ伝説のカルトムービー『吸血鬼ゴケミドロ』

2022/01/24 公開

極限状態における人間のエゴをありありと描き出す

「こんな空は今までに見たことがない。まるで血の海を飛んでいるようだ」――。

羽田空港を飛び立ったジェット機のパイロット2人は、真っ赤に染まった不気味な空模様に直面してこう呟く。クエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビルVol.1』(2003年)で、ユマ・サーマン扮するザ・ブライドが乗った成田空港行きの飛行機が夕焼け空を飛ぶ――この場面の元ネタとしても有名なオープニングシーンから強烈なインパクトだ。

1968年の松竹映画『吸血鬼ゴケミドロ』は、日本の特撮を代表するスタジオ、ピー・プロダクションの企画から立ち上がった和製SFホラーの伝説的な人気作。海外でも『GOKE』『Body-Snatcher GOKE』『Body-Snatcher from Hell』といったタイトルで公開され、世界中にコアなファンを持つカルトムービーである。2020年11月、マニアックな映画やプロレス、ロックなどのファッションアイテムで知られる日本のブランド「ハードコアチョコレート」は、松竹映画100周年を記念して本作と『八つ墓村』(1977年/監督:野村芳太郎)のTシャツを発売した。

監督は佐藤肇(1929年生~1995年没)。脚本は高久進と、ミステリー作家としても有名な小林久三がクレジットされている。だが、のちに高久は「映画芸術」誌のインタビューにて小林は実際には執筆参加しなかったと語っている。とはいえ、航空パニック調から始まり、極限状況で人間のエゴが剥き出しになるサバイバルスリラーへと展開していくストーリーのスリリングな構成はやはり秀逸だ。

副操縦士の杉坂、スチュワーデスの朝倉、そしてハイジャックを行った寺岡を含む10人が不時着から生き延びた

内容的には、ジャック・フィニイのSF小説「盗まれた街」を映画化した『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956年/監督:ドン・シーゲル)の系譜――「宇宙人に人間の肉体が乗っ取られる地球侵略もの」の優れた一形態でもある。『遊星よりの物体X』(1951年/監督:クリスチャン・ネイビー)並びに『遊星からの物体X』(1982年/監督:ジョン・カーペンター)にも近い世界像。また、あの『エイリアン』(1979年/監督:リドリー・スコット)も、『吸血鬼ゴケミドロ』や円谷プロの東宝映画『マタンゴ』(1963年/監督:本多猪四郎)などの影響を強く受けているという説があるのだ。

物語は冒頭の真っ赤な空を飛んでいるジェット機がテロリストにハイジャックされ、謎の山中に不時着するところから始まる。生存者は、正義感あふれる副操縦士・杉坂(吉田輝雄)、美女キャラのキャビンアテンダント(当時はスチュワーデスと呼んだ)の朝倉(佐藤友美)、総理の座を狙う悪徳政治家の真野(北村英三)、兵器を海外に輸出している会社重役の徳安(金子信雄)と妻の法子(楠侑子)、精神科医の百武(加藤和夫)、宇宙生物学者の佐賀(高橋昌也)、アメリカ人女性のニール(キャシー・ホーラン)、ヤケクソで時限爆弾を持ち込んでいる自殺志願者の青年・松宮(山本紀彦)、そしてテロリストの寺岡(高英男)。以上の個性豊かすぎる10名である。

『トータル・リコール』の有名シーンを思わせる、額が縦に割れた寺岡のビジュアル

印象的なビジュアルで、観る者に強烈な記憶を刻みつける

1968年当時は「政治の季節」と呼ばれる変革や動乱の時代であり、世界を覆う政情不安などの空気も色濃く反映されている。例えば寺岡は和平会議中のブリタニア大使を暗殺した犯人。ニールは泥沼化しつつあったベトナム戦争で夫を亡くした未亡人という設定だ。

さて、ひとり銃を所持している寺岡は生き残りを図り、朝倉を人質にして逃走するが、まもなく岩陰に着陸したUFOに遭遇。すると寺岡の額がタテに割れ、彼の体内にアメーバ状の宇宙生物ゴケミドロが侵入する!

こうして寄生された寺岡は吸血鬼に変貌。やがて血を吸われた法子の肉体を借りて、早くも日本語を習得している高度な知能を持ったゴケミドロはこうしゃべる。

「ワレワレは以前から地球を狙っていた……ワレワレの目的は人類の皆殺しだ……」

そこからお先真っ暗な終末への道行きに突き進んでいくわけだが、本作の卓越はお話の風刺性もさることながら、デザインやアートワークなど全体の作品設計の素晴らしさである。例えば『鳥』(1963年/監督:アルフレッド・ヒッチコック)を連想させる、飛行機のガラスに鳥が激突して血まみれになる序盤の恐怖。そしてなんと言っても、「額がタテにぱっくり割れた寺岡」のアイコニックなビジュアル! どこか『トータル・リコール』(1990年/監督:ポール・ヴァーホーヴェン)の有名なシーン――女性の顔が割れて、その中からアーノルド・シュワルツェネッガーが登場する画に近いイメージを感じるのは筆者だけだろうか? 寺岡役を独特の存在感で怪演する高英男(こうひでお/1918年生~2009年没)は日本最初のシャンソン歌手として知られる人で、プロ専業の俳優ではないのだが、他に『ギャング対ギャング』(1962年)や『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(1969年)など石井輝男監督の諸作にも出演している。

副操縦士の杉坂と、スチュワーデスの朝倉は冷静に事態へと対応するが…。

もちろん本作のミニチュア撮影などは、現在のハイパーリアルなVFXに慣れた我々の目からすると相当チープに映る。だがコンセプトが明確に組まれているせいで世界観の強度は落ちない。限られた技術や予算の中で禍々しいムードを演出する工夫など、むしろ新鮮な面白さとして迫ってくるように思う。膨大な数の特撮シリーズやアニソンを手掛けた名作曲家、菊池俊輔(1931年生~2021年没)の音楽も印象的だ。

ちなみに本作はいわゆる二本立て興行のプログラムピクチャーとして公開されたのだが、当時の同時上映作はこちらもカルトムービーの金字塔である深作欣二監督、丸山(現・美輪)明宏主演の『黒蜥蜴』(1968年8月14日封切)。江戸川乱歩の小説を基に原作戯曲を手掛けた三島由紀夫も特別出演している。いま思えば、なんて豪華なワンセット!

文=森直人

森直人●1971年生まれ。映画評論家、ライター。著書に「シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~」(フィルムアート社)、編著に「21世紀/シネマX」「シネ・アーティスト伝説」「日本発 映画ゼロ世代」(フィルムアート社)、「ゼロ年代+の映画」(河出書房新社)など。YouTubeチャンネル「活弁シネマ倶楽部」でMC担当中。映画の好みは雑食性ですが、日本映画は特に青春映画が面白いと思っています。

<放送情報>
吸血鬼ゴケミドロ
放送日時:2022年2月3日(木)8:30~、9日(水)8:30~

チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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