『トレインスポッティング』など時代のカルチャーを彩ったダニー・ボイル監督の魅力を紹介

クールなファッションや音楽で時代のカルチャーを牽引!
斬新な映像センスが光るダニー・ボイルの意欲作たち

2022/02/21 公開

時代を鮮やかに彩るカルチャーがある。ファッションやライフスタイルと結びついて、人々を強烈に魅了する映画がある。わたしが高校生の頃、その一つが『トレインスポッティング』(1996年)だった。ピチピチのTシャツを着た坊主頭の兄ちゃんが腕組みして肩をすぼめている。そのビジュアルがファッション誌や洋服屋にあふれた。

世界中で大ヒットしたこのイギリス映画は、私の世代でポスタービジュアルを見たことがない人はいないくらいヒットした。ピチピチのTシャツを着た兄ちゃんは、映画の主演俳優ユアン・マクレガー。監督はダニー・ボイルで、彼らは2人ともこの映画で時代の寵児となり、スターダムにのし上がっていく。

ヘロイン中毒の青年たちの日常を、ダニー・ボイルらしい革新的な映像センスで映し出す『トレインスポッティング』

アンダー・ワールドにプライマル・スクリーム!音楽カルチャーとしても興味深い『トレインスポッティング』

『トレインスポッティング』はスコットランドに住むヘロイン中毒の青年たちの映画だ。坊主頭の主人公レントン(マクレガー)、映画オタクのシック・ボーイ(ジョニー・リー・ミラー)、気の弱いスパッド(ユエン・ブレムナー)、喧嘩っ早いベグビー(ロバート・カーライル)。物語は彼ら4人を中心に進んでいく。といっても、なにか大きな出来事が起こるわけじゃない。スコットランドの片田舎で、薬物中毒でフラフラになりながら、「俺の人生ってこれでいいんだっけ?」と思い、薬をやめようとして失敗し、カネ稼ぎに悪戦苦闘する話だ。

ボイル監督の演出は軽妙だ。『トレインスポッティング』は、物語やキャラクターだけを抽出すると、ヘロイン中毒でどうしようもない若者たちのダラダラした日常だけど、カメラはどこか憎めない男たちを鮮やかに切り取っていく。音楽もロックからテクノまで幅広く使い、ラリった彼らの脳内を再現したかと思うと、次の瞬間には街中を疾走する彼らの背中を追いかけていく。イギー・ポップ、ブライアン・イーノ、プライマル・スクリーム、そしてアンダー・ワールド。音楽カルチャーにこの映画からハマった観客も多いはずだ。日本最大級のロックフェス、フジロックフェスティバルが始まったのが1997年で、当時は映画と音楽とファッションが幸せに結ばれていた。

便器に落としたヘロインをレントンが拾う現実と幻覚が入り混じったシーンは強烈(『トレインスポッティング』)

優しい視点で不遇な登場人物たちに未来への希望を提示するダニー・ボイル

ボイルの軽妙さは、ハリウッドへ進出した後も続く。その最大の成功が『スラムドッグ$ミリオネア』(2008年)だろう。この映画が公開される以前に、日本のテレビ番組でも「クイズ$ミリオネア」というバラエティが放送されていた。「ファイナルアンサー?」と司会者が訊く決まり文句をまだ覚えている人も多いはずだ。クイズに正解していくと大金が手に入る番組。

あるクイズ番組で史上最高額まであと1問と迫ったスラム育ちの青年が語る壮絶な過去を描く『スラムドッグ$ミリオネア』

時代はすでに、『トレインスポッティング』の頃より格差社会が広がり、貧富の差が拡大していた。ダニー・ボイルはインドのムンバイを舞台に、そのテレビ番組に挑む少年ジャマールの姿を描く。無学で貧しいジャマールはなぜクイズに次々の正解できるのか? 不正の疑惑がかかり、警察に連行されてしまうが、やがて彼の生い立ちが明かされていく。

孤児だったジャマールとサリームの兄弟はたくましく成長していく(『スラムドッグ$ミリオネア』)

『トレインスポッティング』も、『スラムドッグ$ミリオネア』も、主人公は貧しい環境にある青年や少年だ。その貧しさには社会の構造的な原因もあり、簡単には出口が見えない。前者では目を覆いたくなるような無残な死が描かれるし、後者のインドにおける格差はイギリスの比ではない。でも、ボイルは軽妙な演出と音楽で未来を向いてみせる。希望はまだあると言ってみせる。それはファンタジーかもしれないけど、娯楽としての映画の一つの姿でもあるだろう。個人的にも、出口が見えない若者たちを描いた方が、そうじゃない映画よりも、ボイル監督の力量が発揮されていると思う。

ザ・ビートルズの存在が消えた世界で、唯一、伝説のバンドを知る主人公が彼らの名曲を演奏する『イエスタデイ(2019年)』

『イエスタデイ』(2019年)もそんな映画だ。ただ、この映画の主人公ジャックが置かれているのは、経済的な貧しさではなく、売れないシンガーソングライターという立場だ。自分にはもう才能がなさそうだから、音楽をやめようかなと思っている。そんなある日、ジャックは交通事故に遭い、目が覚めると世界は一変している。そこは、ザ・ビートルズも、彼らの音楽も存在しないパラレルワールドだった。ジャックがザ・ビートルズの曲を歌うと、あっという間に才能を認められて…という物語。

エド・シーランも本人役で登場!(『イエスタデイ(2019年)』)

すごい大ネタだけど、全編を彩るビートルズの楽曲に圧倒される。たった一つの曲、たった一つのバンドが世界を変えるってこういうことか、という発見もある。どうやってオチをつけるんだろうとハラハラしていると、最後は主人公たちを優しく着地させてみせる。

個人的には、ボイルの映画の中で3本の指に入るくらい好きな映画になった。版権管理が厳しくてなかなか映画で使えないザ・ビートルズの曲が、こんなにたくさん聴けちゃうの?といううれしさもあります。必見、必聴です。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)など。

<放送情報>
トレインスポッティング [R15+]
放送日時:2022年3月10日(木)1:30~、21日(月・祝)6:00~

スラムドッグ$ミリオネア [PG-12]
放送日時:2022年3月26日(土)18:45~、29日(火)12:30~
チャンネル:ザ・シネマ

イエスタデイ(2019年)
放送日時:2022年3月1日(火)21:00~
チャンネル:ムービープラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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