美しい人妻は渦中の夫に殺害されたのか?
観客の興味を掴んで離さない秀逸な心理スリラー『ゴーン・ガール』
2022/05/30 公開
マガジンライターとして成功していたニック・ダン(ベン・アフレック)は、不況と失業のせいで、多額の資金を有する知的な妻エミリー(ロザムンド・パイク)との結婚生活がギクシャクしたものになっていた。
そんなある日、エミリーが忽然と彼の前から姿を消してしまう。その日は5年目を迎えた結婚記念日だというのに、いったいなぜ?ニックは警察の執拗な取調べと、連日の容赦ないマスコミの追及によって、彼自身がエミリーに危害を加えたのではないかと嫌疑をかけられる。そして事件がメディアの注目を集めるにしたがい、国民は疑心暗鬼へと陥っていく。
デヴィッド・フィンチャーの視覚スタイルや演出が完璧なまでに冴えわたる
元エンターテインメント・ウィークリーの作家、ギリアン・フリンのベストセラー小説をアダプトしたこの『ゴーン・ガール』(2014年)は、ある夫婦の奥深い闇に迫った犯罪映画だ。サイコスリラーの輝かしいクラシックとなった『セブン』(1995年)や、以前に本コーナーで紹介した『パニック・ルーム』(2002年)など、サスペンスやスリラーを主軸に人間の醜い側面を描いてきた監督デヴィッド・フィンチャーが、自身の視覚スタイルや演出を完璧なまでに発揮し、原作の持つ素材を存分に活かした心理スリラーへと発展させた。
撮影監督ジェフ・クローネンウェスのエッジと陰影の利いたビジュアル。過去と現在を交差させた、カーク・バクスターによる巧技で観る者を煙に巻くマジカルな編集。そしてトレント・レズナーとアッティカス・ロスによる不気味で冷ややかなスコアなど、構成する要素すべてが高次元な完成を得て本作に貢献している。なにより脚本のひねりが秀逸で、フィンチャーはすべてのショットを秘密と疑惑で埋め尽くし、それらは有機的に物語ヘと作用。2時間半という長丁場でありながら、観客の興味を一瞬たりとも絶やすことはない。
洗練された映像と通俗的なゴシップをを組み合わせるアンバランスさ
キャストも映画に的確にフィットし、突然降り注がれた衆目に困惑するベン・アフレックは観客の感情を揺り動かし、同時にメディアが有名人に執着することの危険性を示唆する。また、彼は利己主義的な男性の象徴でもあり、対するロザムンド・パイクは清楚と狡猾さの二面性を演じ分けつつ、女性に対する理想像の押し付けや、結婚の価値を再考させるなど、そのステレオタイプでないキャラクターの存在が「女性映画」の可能性を押し広げている。ベストセラー小説らしい通俗性の中に、監督は出来うる限りの、現代社会についての鋭い言及を含めているのだ。
撮影から編集を経て完成まで、『ゾディアック』(2006年)でフィルムレスなワークフローを築いてきたフィンチャーは、この映画で当時RED社が開発の途上にあった6Kカメラを全面的に採用。それによって欺瞞に満ちた世界観とは対照的な、美麗な景観の背後に隠された醜悪な物事のコントラストを創出している。加えて登場人物の感情的な動きを映像で印象づけるなど、より高度に犯罪映画への説得力を増したものにした。限られたライティングのもとでの撮影でも、被写体の機微な変化やディテールを捉える感度の良さは、まさに高品質なデジタルカメラのなせる技といえるだろう。
同時にこうした取り組みが、本作に「洗練されたゴシップ映画」という奇妙でアンバランスな価値を付帯させる。原作者自身が脚本を手掛けることでクオリティの担保としているが、高度な映像技術が物語に貢献しているという点で、フィンチャー作品としての迷いが一切ない。
また本作は、妻の失踪を機に夫がゴシップメディアの標的となった実在の殺人事件「スコット・ピーターソン事件」をベースにしているとネットではまことしやかに伝えられているが、役を演じるにあたってアフレックが同事件にアクセスしたことが噂の呼水となっており、原作者のフリンはあくまで架空のものだと回答している。ただ犯罪ケースがこの映画と非常に酷似しており、その点は本作のサスペンスとしてのリアリティを補強するものとして興味深い。
文=尾崎一男
尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。
<放送情報>
ゴーン・ガール [R15+]
放送日時:2022年6月11日(土)21:00~、17日(金)21:00~
(吹)ゴーン・ガール [R15+]
放送日時:2022年6月17日(金)12:30~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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