<90年代>M・スコセッシを代表する『グッドフェローズ』
マフィア映画のマスターピースはいかにして誕生したのか?
2021/06/28 公開
そのタイトルは「絶対に口を割らないヤツ」を指す隠語からきたものだ。どんなに窮地に立たされても、捜査官から追及されても、決して仲間を売らない。それが一流のギャングたる「証」なのだから――。
1990年に公開された『グッドフェローズ』は、この証を死守してマフィアの親分に認められ、ギャングの道を歩むヘンリー・ヒル(レイ・リオッタ)の半生を俯瞰した、同ジャンルにおける傑出した作品の一つだ。悪に堕ちた主人公の栄枯盛衰を通し、美化されたマフィア像の払拭と、残虐で滑稽な犯罪組織の実態を暴き出していく。
1970年代には『タクシードライバー』(1976年)そして1980年代には『レイジング・ブル』(1980年)と、時代ごとに代表作を生み出してきた監督マーティン・スコセッシの、1990年代を象徴する珠玉の名作であり、その後のキャリアにおいても飛び抜けた光彩を放っている。
ロマンや美学が微塵もないリアルなマフィアの世界
『グッドフェローズ』以前の組織シンジケート映画は、ある種のピカレスクロマンに充ち満ちており、様式化された悪の美学や気の利いたセリフ、そして派手な銃撃戦が盛り込まれ、主人公はたいてい社会の反逆児としてダークサイドな魅力を輝かせていた。それは同ジャンルのトップクラスと誉れの高い『ゴッドファーザー』(1972年)においても例外ではなく、格調高い表皮に爪を立てれば、先述したギャングもの特有の血が滲んでくる。
『グッドフェローズ』は彼らの生態や生活を誇張なく描き出し、そのリアリティを最大の持ち味として、ギャング映画の世界に革新をもたらしたのだ。そもそも原作であるニコラス・ピレッジの「Wiseguy」からして、取材と執筆に5年近くもかけた実録性の高いものだが、それを作者自身とスコセッシが映画脚本へとアダプトし、さらにはロバート・デ・ニーロやジョー・ペシといった俳優たちにアドリブで加工するよう指示。生々しい会話の応酬をものにしている。
結果、劇中では醜悪なスラングが飛び交い、見栄と派手さの背後には常に金に対する執着が張り付き、やがてそれが殺人へと発展していく。殺しも包丁で場当たり的に行うなど日常の延長で、反社会的組織の実像にとことんまで迫っている。そもそもグッドフェローとして認められたはずのヘンリーからして、親分ポーリー(ポール・ソルビノ)を裏切ってコカインの売買に奔るのだから、そこにロマンや美学など微塵もないのだ。
過去作へのオマージュをちりばめ、後世のお手本となる作品に
もちろん、リアルが作品の質感であっても、それが面白さに直結するワケではない。2時間25分という長めの上映時間でありながらも、全編を一気呵成に駆け抜ける、疾走感に満ちたハイテンポな編集がこの映画の価値を高めているのだ。まるで観客がヘンリーの狂騒的人生に伴走しているかのような体験は、本作ならではのものだろう。
また緊張をみなぎらせるシーンに甘い曲を引用するなど、コントラストが際立つ演出の数々にも舌を巻く。特に現金強奪を共謀した仲間を口封じのために殺し、彼らの死体が次々と発見されていくバックにエリック・クラプトンの名曲「いとしのレイラ」のピアノ伴奏部がかかるシーンは、強い戦慄を覚えると同時に、えもいわれぬ高揚感が身を包む。スコセッシならではの至高の演出だ。
加えて優れた映画史家でもあるスコセッシは、自作において過去作の印象的なショットを反復することで、歴史的名作への啓蒙をうながしていく。全編が予告編のような見せ場の連続は、仏ヌーヴェルヴァーグを代表するフランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』(1961年)を模範としたものだし、ジョー・ペシ演じるトミーが銃を観客側に向けて発砲するショットはサイレント期の名作『大列車強盗』(1903年)からの引用で、この第四の壁を破る描写が、観る者の知的感性を大胆に射抜いていく。
なによりスコセッシ自身がこの『グッドフェローズ』によって、後の作り手たちの教本となるような映画を成立させたのだ。水棲クリーチャーと人間の女性とのラブストーリーを描いた『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)で、第90回アカデミー賞作品賞と監督賞を受賞したギレルモ・デル・トロは「観るたびに新鮮な驚きを与えてくれる」と同作を激賞。また、ポール・トーマス・アンダーソンはポルノ映画役者の一代記『ブギーナイツ』(1997年)を撮影している間、週末になると『グッドフェローズ』を鑑賞し、ペースの速い語り口で壮大な物語を描くスタイルを会得するよう努めたという。
最後に、この『グッドフェローズ』にまつわるエピソードで、親近感を覚えるものを一つ。スコセッシは同作を手がけている時、画家ゴッホの役で『夢』(1990年)への出演が待機していた。そのため監督の黒澤明に迷惑はかけられないと、編集作業をフル回転させて映画を完成させ、急いで日本へ飛んだという。『グッドフェローズ』が極めて熱量の高い作品に仕上がったのは、間接的に黒澤明、ひいては日本のおかげといえるかもしれない。
文=尾崎一男
尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。
<放送情報>
グッドフェローズ
放送日時:2021年7月11日(日)9:15~、30日(金)16:00~
チャンネル:ムービープラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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