懐かしい青春時代へもう一度…『建築学概論』が描く初恋への郷愁感

懐かしい青春時代へもう一度…『建築学概論』が描く初恋への郷愁感

韓国で大ヒットした初恋がテーマのラブストーリー『建築学概論』

  • 恋愛映画のススメ

懐かしい青春時代へもう一度…
『建築学概論』が描く初恋への郷愁感

2022/06/27 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第16回に登場するのは、『建築学概論』(2012年)。韓国では観客動員数400万人超えを記録した大ヒット作だ。

ソウルの建築事務所で忙しく働くスンミン(オム・テウン)の前に、一人の女性(ハン・ガイン)が現れ、家を建ててほしいと依頼される。実は彼女は、スンミン(ダブルキャスト=イ・ジェフン)が15年前の大学1年生の時に「建築学概論」の授業で出会った初恋の相手、ソヨン(ダブルキャスト=ペ・スジ)だった。婚約者がいるスンミンだったが、ソヨンの家を設計していく過程で、2人で過ごした日々の淡い思い出が甦っていく。人気K-POPグループ「Miss A」のペ・スジが、大学時代のソヨンを瑞々しく演じたことも大きな話題に。

大学時代のある出来事をきっかけに会うことのなかった男女が15年後に再会

2人1役で初恋の瑞々しさとせつなさを描く

松崎「今回取り上げる『建築学概論』なのですが、個人的にもすごく好きな作品で強い思い入れがあります。今までにトークイベントやコラム記事などで取り上げたことも多くて、1年に1回くらいは観返していますね」

小川「初恋は叶わないという現実を描いていて、どちらかというと男性が好みそうな恋愛映画なのかなと感じました」

松崎「監督のイ・ソンジュ自身も実際に大学の建築科で学び、10年ほど建築士として働いた後に、映画業界に入ったそうです。ポン・ジュノ作品で助監督の経験もあります。本作の企画はずっと温めてきたそうなのですが、制作会社に持ち込んでも結末やタイトルなどで折り合いがつかず、なかなか製作に結びつかなかった。そのまま10年ぐらいが経過し、イ監督の思う通りに撮っていいという製作会社が現れたことで、映画化が実現したという経緯があります」

小川「建築士時代が反映されてはいるものの、自分はもっと恋愛上手だったとお話しされていたような」

松崎「そうですね(笑)」

スンミンが建築士という設定はイ・ソンジュ監督の経験も反映されている

小川「『建築学概論』が秀逸だと思うのは、まずキャスティング。ペ・スジとハン・ガインは特別顔が似ているわけではないのに、大学時代のソヨンが成長するとこんな感じになるんだろうな、と説得力を持たせています」

松崎「15年後の2人を環境の違いも含めて表現するうえで、2人1役がこんなにハマっている映画も珍しいと思いました。普段なら『全然似てないじゃん』とツッコんでしまうのですが、この映画ではそういう気持ちにまったくならないです」

小川「韓国ドラマ『二十五、二十一』でも、2人1役を用いることで、時間の経過や人生の出来事によって、ある意味、青春時代の自分が現代の自分の内面がすごく変化している感覚をうまく表現しているような気がして、本作と少しだけ似た感覚がありました」

松崎「僕も『二十五、二十一』を観たのですが、本作の影響をかなり受けているように感じました」

小川「確かに。ところで、韓国で初恋というと、初めて本気で人を好きになったことを意味するらしいですよね」

松崎「日本とはニュアンスが少し違いますよね。日本公開時には、韓国の大ヒットほどの爆発力はなかったけれど、一定数の熱烈なファンがいた記憶があります。僕もその一人ですけれど(笑)。自分の大学1年生の頃とちょうど重なる思い出がいっぱいあって、あの感覚がある人はグッと来る気がします。韓国の大学1年生というとその後に徴兵制が控えていることなどもあって、特別な時期らしいです。友だちを含めて、いろいろな人と付き合うようになってある種の自由を感じられる時期なんです」

小川「未来に向かって夢を大きく抱くことができた時代ですよね」

松崎「描かれている学生時代が、韓国民主化後の1990年代前半ということもあって、時代と世代が一致している頃合いというのかな、そんなことを感じたりもします」

大学の建築学概論の授業で出会ったスンミンとソヨン

無敵感にあふれる青春期と現在との答え合わせ

小川「松崎さんは本作がすごく好きだとおっしゃっていましたが、一番惹かれるのはどんなところですか?」

松崎「繰り返しになりますが、一番大きいのは自分の思い出と重なったところです。僕は二浪しているので、大学に入学した時の自由感がハンパじゃなかった。一方、恋愛関係の方はあまりうまくいかなくて…。チョ・ジョンソクが演じていたスンミンの親友ナプトゥクのように、恋愛を知っている風に余計な助言をする友だちもいましたね。とにかく僕の経験と被るところが多いので、恋愛も含めてつい自分の大学時代を思い出して、グッとくるものがあるんです。どこが好きなのかなといろいろと考えたのですが、結局全部好きということにも気づきました(笑)」

小川「15年前にわからないまま終わった相手の感情に対して、答え合わせをしたいという気持ちがまだあるって、すごく強い思いですよね。この15年で社会状況も学生たちの恋愛観も変わってきているでしょうし、当時をリアルタイムで生きた大人たちが『あの時代はこうだった……』と回想しやすいのかもしれません」

松崎「確かに。誰かをすごく好きだった瞬間や、永遠を信じた瞬間があることが素晴らしい。永遠に続くものなんかないけれど、そう思えた経験があることが後の人生の支えになったりもするんだろうなと感じさせてくれます。そんなところが僕にはたまらなく響いたんですね。答え合わせをしたくなるような気持ち、すごくわかりました(笑)」

ソヨンの家の建築が進むなかで彼女の秘められた想いもひも解かれていく

小川「ちなみに、松崎さんは初恋の人に会いたいと思います?」

松崎「そこは難しいんですよね。映画と現実はやっぱり違うし、ある種の憧れはあるけれど、実際に会ったらそんなに綺麗な話にならないよと思っています」

小川「10代の頃は自信なんてなくて、『自分なんて、ダメだ』と思っていたはずなのに、写真を見返すとなんだか無敵な表情に見えるんですよね。思い込んだままに見たい世界を見ているところが、振り返るとキラキラして見えることもありますよね」

松崎「ありますね。万能感はないにしてもまだこの先何にでもなれる、みたいな」

小川「ちょっと生意気ですしね」

松崎「バカとか無知の無敵感だと思っています。多分、この主人公は奥手だったと思うけれど、振り返るとどこか無敵感を持っていたところもあるのかなと思いました」

小川「CDを貸し借りするシーンみたいなものもあり、失われた恋の始まりの風習を思い出しました」

松崎「ウォークマンでイヤホンを片方ずつして同じ曲を聴くなんて、今どきもうないんだろうな…」

小川「お気に入りのプレイリストをシェアし合うんですかね。大学時代のソヨンに『将来家を建ててね』とお願いされて、未来がどうなるかもわからないのに約束しちゃうところも眩しいですよね」

松崎「僕も大学1年の頃は映画監督を夢見ていました。俳優を目指している友だちもいて、『松崎が監督するなら、こいつに出てもらいなよ』『いいよ』みたいな会話もしていましたね。夢のような話を平気でしているあの感覚を思い出して、余計に惹かれ続けているのかもしれません」

CDの貸し借りや指切りげんまんなど初々しい仕草に思わずグッとくる

小川「スンミンとソヨンが親しくなったきっかけが、それぞれの自宅へ帰る方向が同じだからという理由もリアリティがありますよね」

松崎「偶然でしかないのに、どこか運命のようだと思ってしまうんです。頭に血が上るというか、恋に夢中な時にはそんなものですよね。40歳ぐらいを過ぎて若い頃を振り返ると、そのような痛々しさが無性に恥ずかしくなったり」

小川「青春期から離れて初めて、当時を俯瞰して見られるみたいな感覚でしょうか」

松崎「まさに!冷静な分析、ありがとうございます」

小川「最近、青春期を懐かしんでそこから元気をもらうような、振り返り系映画が増えている気がします」

松崎「その表現をするうえで、大学時代から一気に15年後まで進めて2人1役にしたところは、この映画がヒットした理由の一つかもしれません」

構成・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
建築学概論
放送日時:2022年7月5日(火)3:15~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります