田島列島×沖田修一が描くみずみずしい物語
『子供はわかってあげない』は大人のための青春映画!
2022/08/08 公開
しみじみと余韻が続く味わい深いストーリー
まぶしい太陽の日差しが照りつけるプールの鮮やかな青さ。どこか懐かしさを覚える日本の夏の海。縁側で爽やかに鳴る風鈴の音色。アイスとかき氷。誰もが胸に抱く、愛おしい夏の思い出を背景に、高校生たちのちょっぴり風変わりなひと夏の冒険を描いた『子供はわかってあげない』(2021年)は、まさに夏が来ると観返したくなる「夏休みムービー」だ。
原作は青年マンガ誌「モーニング」にて、全20話で連載された田島列島の同名コミックで、単行本は上下巻刊行。田島にとって連載デビュー作だったが、連載中から話題を呼び、初の単行本にして、「このマンガがすごい!2015」のオトコ編第3位、「マンガ大賞2015」第2位、「♯俺マン2014」第1位など、様々なマンガ賞を席巻した。デジタルツールを使わない手描きの素朴でゆるやかな絵と、クスッとさせるギャグの数々、しみじみと余韻が続く味わい深いストーリーで、いまなおマンガファンから熱烈な支持を集めている。
高校2年、水泳部女子の朔田美波(上白石萌歌)と書道部男子のもじくんこと門司昭平(細田佳央太)は、ある日、同じアニメの大ファンだとわかって意気投合。物心つく前に生き別れた実の父に会いたいと密かに思っていた美波は、もじくんの兄で、性別適合手術を受けて現在は女性の明ちゃん(千葉雄大)が探偵だと聞き、父の捜索を依頼する。そして、明ちゃんの調査の結果、父・藁谷友充(豊川悦司)は、なんと新興宗教の教祖だったという事実が判明!美波は水泳部の合宿期間を利用して、家族に内緒で、海辺の町に住む父に会いに行く。
母親が再婚したあと、絵に描いたような幸せな家庭で育ちながらも、実の父の存在が忘れられないヒロイン。性転換したことで家を勘当されてしまった兄の代わりに、代々書道家という家業をおそらく継ぐことになるであろう少年。主人公たちが置かれた少々複雑な家庭環境に、カルト宗教や超能力の要素も加わったストーリーは、設定だけ聞くと、ダークでシリアスなニュアンスが漂う。が、この物語を深刻ぶらずに、あくまでも明るく軽やかなボーイミーツガールの青春ものとして描いたところが、田島列島という作家の魅力だ。
上下2冊という程よい長さもあって、原作の読後感は、まるで1本の映画を観たような気分。この映画っぽい感じは、多摩美術大学の映像演劇学科を卒業した田島が、入学当時は映画を作りたいと思っていたことと関係しているのかもしれない。
本作の映画化にあたって、監督を務めたのは、長く広く愛され続ける『南極料理人』(2009年)や『横道世之介』(2013年)、『モリのいる場所』(2017年)、『おらおらでひとりいぐも』(2020年)、『さかなのこ』(9月1日公開)など、コンスタントに脚本・監督作を発表している沖田修一。田島作品の特徴といえる、ひとクセある飄々としたキャラクター、食事シーンを含む淡々とした日常生活の描写、絶妙なセリフ回し、とぼけたユーモア、オフビートなテンション、温かい世界観…は、そのまま沖田監督の作家性とも重なっている。
映画化のオファーを受ける前に、すでに沖田監督が個人的に原作を買って読んでいたこと、田島がもともと『南極料理人』が大好きだったこと。田島の原作を沖田監督が映画化することになったのは、幸運な偶然というより、むしろ必然だったといえるだろう。
様々なテーマを秘めた、大人のための青春映画
沖田監督にとっては、本作が初のマンガ原作の映画化。原作のおもしろさを映像化し、映画としてよりよいものにするために、彼は原作にはないセリフとシーンで全編を埋め尽くすという大胆な方法を選んだ。映画がマンガに似てさえいれば、それでいいという風潮には流されまいとする反骨精神(?)や、原作ファンにも新鮮な気持ちで映画を楽しんでもらいたい!という心意気が感じられる。美波の実の父が新興宗教の教祖だったという話を聞いた親友の「それって、もう映画じゃん、マンガの映画化じゃん」という発言に、「なんでもかんでもマンガを映画にするなという話ですよ」と美波が冷静に返すセリフがおかしい(もちろん原作にはない)。それでいて、エッセンスは疑いようもなく田島作品なのだから、さすがだ。
本作で美波ともじくんが仲良くなるきっかけとなったアニメ「魔法左官少女 バッファローKOTEKO」の劇中アニメ制作にも、沖田監督のこだわりが詰まっている。原作では小ネタとして登場するアニメに説得力を持たせるため、完全オリジナルのストーリーを作り、クライマックスシーンからエンディングまで、長尺でしっかりと見せるのだ。映画の冒頭からしばらくの間、アニメのシーンがずっと続くので、劇場公開時には「スクリーンを間違えたか!?」と多くの観客をドキドキさせた。また、エンディングのダンスは監督自らが振付を担当。浪川大輔、富田美憂、櫻井孝宏といった超豪華声優陣のサプライズ出演にも注目だ。
最初はただ楽しい演出として観る劇中アニメだが、本作鑑賞後は、そこに深い意味が隠されていたことがよくわかる。セメント伯爵と、成長した生き別れの子どもたち、モルタルとコンクリ太郎との再会を描くストーリー。「生みの親」や「育ての親」というワード。朔田家のにぎやかなリビングで、このアニメに真剣に見入っているのが、美波と清という血のつながらない父娘であり、感動の涙を流す美波に、清がティッシュの箱をそっと差し出すという描写には、本作が子どもの成長と、その成長を見守る大人の物語であることが暗示されている。
オリジナルのシーンが多いだけに、数少ない原作どおりのシーンもまた大きな意味を持つ。たとえば、終盤の美波と母が2人きりで話をするシーンや、原作ファンが愛してやまない、美波ともじくんのクライマックスの屋上シーンなど、登場人物の感情が高まる、ここぞ!という大切なシーンは、原作に忠実に描いているところが誠実だ。特に、それまでの沖田監督なら、照れくさくて描かなかったような屋上シーンの甘酸っぱさは胸に響く。10代の少年少女のキラキラした純粋さに、心が洗われる気持ちになる大人も多いに違いない。
真っすぐな少女・美波役の上白石萌歌と、不器用な少年・もじくん役の細田佳央太は、撮影時はともに10代で、子どもと大人の中間のギリギリのところにいる思春期の心の揺れをみずみずしくも繊細に表現。もじくんの兄・明ちゃん役の千葉雄大は、わかりやすい女装的なメイクやファッションをしないのに、仕草と佇まいでちゃんと女性に見せるという難役を見事に具現化した。美波の実の父・友充役は豊川悦司。原作よりも子どもっぽい父親を茶目っ気たっぷりに演じ、父と娘のぎこちない関係にユーモアと温かみを与えている。
「人は教わったことなら、教えられるから」というもじくんの何気ないセリフは、原作でも映画でも、本作を貫く重要なテーマ。美波ともじくんがそれぞれ熱心に取り組んでいる水泳や書道が、どちらも1人でおこなうものであるように、所詮、人はみんな孤独だ。それでも、自分が教えてもらったことを、誰かに教えて、伝えていくことで、人と人はつながって、世界が広がっていく。家族や初恋といったありふれた日常の描写が、目指すべき美しい世界へと昇華されるという点において、本作はまさしく大人のための青春映画でもあるのだ。
文=石塚圭子
石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、さまざまな世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。
<放送情報>
子供はわかってあげない
放送日時:2022年8月21日(日)21:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
子供はわかってあげない
放送日時:2022年8月26日(金)16:30~
チャンネル:WOWOWプライム
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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