ルイーザ・メイ・オルコットによる名文学「若草物語」を新たに映画化した『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』

グレタ・ガーウィグの想いが結実した『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』に込められた女性の生き方と強さ

2022/02/28 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第12回に登場するのは、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019年)。原作のルイーザ・メイ・オルコットによる小説「若草物語」は、これまでに何度も映画化されてきた不朽の名作だ。

舞台は19世紀後半、南北戦争下にあるアメリカのマサチューセッツ州。北軍に従軍する父の帰りを待ちながらつつましく暮らしているマーチ家の四姉妹を描く。『レディ・バード』(2017年)で監督&脚本を務めたグレタ・ガーウィグと、主演のシアーシャ・ローナンが再タッグを組んだ本作は、第92回アカデミー賞で作品賞をはじめ計6部門にノミネートされ、衣装デザイン賞を受賞した。

主人公は小説家志望で勝気な性格を持つ四姉妹の次女ジョー(ローナン)で、美人で優しく堅実タイプの長女メグ(エマ・ワトソン)、ピアノが得意で心優しい、病弱な三女のベス(エリザ・スカンレン)、画家志望の野心家で甘えん坊でもある末っ子のエイミー(フローレンス・ピュー)らと過ごした日々が綴られていく。ぶつかり合いながらも楽しく暮らす少女時代と、別々の道を歩み始め様々な人生の困難に直面する7年後という、2つの時代が交互に描かれる。

小説家志望の女性、ジョーの物語を中心に、四姉妹の人生をみずみずしく描く

より強くなったジョーとエイミーの関係性

松崎「『若草物語』は女の子が一度は読む小説というイメージがあるのですが、小川さんはいつ頃読みましたか?」

小川「児童文学が好きな子どもだったので、小学生の頃よく読んでいました。姉と少し年上の女の子のいとこが3人いたので、親戚が集まるとよく若草物語ごっこをして遊んでいたんです。みんながジョー役をやりたがるので、一番人気がなかった年下でわがままなエイミー役をいつも年下の私がやる羽目になるという…。実はこの思い出もあって、本作を観るまでエイミーの印象はあまりよくなかったんです(笑)」

松崎「映画やドラマ、アニメと過去に何度も映像化されてきて、大勢が慣れ親しんだ作品でもあるので、新たに映画化するとなるとかなりハードルは高くなりますよね。今度はどんな仕上がりになるのかな?と注目していました」

小川「本作で監督のグレタ・ガーウィグに電話取材することが叶ったのですが、もともと『若草物語』がすごく好きで、新たに映画化するなら自分が監督する以外考えられないというほど強い思いがあったそうです。企画自体は『レディ・バード』よりも前から進んでいたようですし」

松崎「5年くらいかけて準備していたらしいですね。脚本が半端なく良いと思いました。有名な1949年版やウィノナ・ライダーがジョーを演じた1994年版は時系列で描いているのに対し、本作ではうまく原作を解体して再構築していますよね。しかも、ジョーとエイミーのキャラがいい意味で強くなっている印象です」

小川「そうなんですよ!この映画でエイミーの印象がすごく変わって。どちらかというとイライラさせるイメージだったのに、賢くて強い、現代の女性に一番近い存在じゃないか、と気づきました」

松崎「エイミーを演じたのがフローレンス・ピューだったことも大きいですね。『ブラック・ウィドウ』など、いまのハリウッドで強い妹キャラを演じさせたらNo.1ではないでしょうか?」

小川「エイミー役は、シアーシャ・ローナンと対等に立ち回れる役者であることが重要だとガーウィグも考えていたみたいです。当時22歳だったピュー本人は、自分が12歳の子どもにちゃんと見えるかどうかを心配していたようですが」

松崎「過去作でのエイミーは子どもっぽく描かれていましたよね。実際、1994版では子ども時代をキルスティン・ダンスト、少女時代をサマンサ・マシスが演じています。(ジョーに想いを寄せながら、エイミーと結ばれる)ローリー役がクリスチャン・ベイルだったので、2人が恋に落ちても不自然にならないための演出だったと思います。そこを一人で演じ切ったピューは素晴らしいです」

小川「ガーウィグが言うには、『小説を読み直してエイミーの聡明さに面食らった』そうなんです。子どもの頃に読んだ作品を大人になって読み直すと、印象が変わるというのはよくありますよね。だからこそ、映画版はジョーと似ているのに、彼女にはなれないことがわかっている聡明なエイミー像が反映されているなと」

ジョーに惹かれていたローリーと結ばれる四女エイミー

ジョーを自立した女性として描きたかったオルコットの精神性も反映

松崎「ジョーの恋愛模様で、キーになってくる男性はティモシー・シャラメ演じるローリーとルイ・ガレル扮するベア教授です。そこに、女性の自立の話が絡んでくるところがおもしろくて。出版社に原稿を持ち込んだジョーが、編集者に毅然と意見を述べるシーンは過去作にはなかったし、原作者オルコットの精神性を強く反映していていいなと思いました」

小川「そこが本当に素晴らしいですよね」

松崎「著作権を巡る交渉も行われていましたね。本作の時代で、権利を主張する女性作家はあまり見られなかったと思うので、とても意味のあるシーンに感じました」

小川「ガーウィグは、著書以外にも手紙などオルコットに関する資料を読み漁ったそうです。ジョーというキャラクターにオルコットの視点を投影することで、編集長を代表する当時の男性中心の視点に求められた展開を、やむなく原稿に盛り込んだこともあるのだろうと想像させる。ジョーが旅立とうとするベア教授を引き止める、という古典的なハッピーエンドに向かう場面で、あえて本の印税と著作権について交渉するシーンをぶつけてくる構成にはかなり興奮しました」

松崎「オルコットは生涯結婚しませんでしたし、セクシャリティに関しても様々な説があるみたいですね」

小川「原作でジョーは結婚、出産しますけど、本作ではその部分の解釈は観る側に委ねられていますよね。ガーウィグは、女性が自分で選択し、自活し、家族を支えることができるのだというオルコットの意思を、ローナン演じるジョーに託したんだなと思いました」

結婚を申し込もうとするローリーに対し、「それはできない」と涙ながらに断るジョー

松崎「ローリーと結ばれなかったのもなんだか自然な成り行きかもしれません。彼はどこかジョーに依存しているようにも見えました」

小川「彼はジョーを尊敬しているし、お互いの愛も偉大だけど、外の世界に連れ出してくれるジョーに惹かれている感じがします。子ども時代に共に遊ぶのに最適な関係であっても、自分の手で家庭を支えたいと思っているジョーが、厳しい人生を共に生き抜くような相手ではないような」

松崎「過去作でのベア教授はどこか示唆的立場、男として上にいる感じがありました。ジョーよりもひと回りくらい歳上のイメージがありましたが、今回は見た目の印象もあり歳の差をあまり感じなかったです」

小川「確かに。でも、イタリアとのミックスで御曹司のローリーではなく、フランスからやってきた教養もあって自立したベア教授にジョーが惹かれるのはわかります」

松崎「(ジョーが自身の信念を曲げて書いた)小説を読んで、あそこまで忌憚なく否定的な意見をぶつけるってすごいですよね」

小川「『好きじゃない』って、はっきりと言ってましたもんね(笑)。あのシーンは、お互いの脚本を一番に見せ合うというガーウィグとパートナーのノア・バームバック監督との関係に近いのかなと勝手に思ったりもしました。同等にリスペクトし合っている感じが」

作家として活動するにあたって、時に信念を曲げなくてはならなかったであろうオルコットの精神性をジョーに盛り込む

松崎「原作にあるセリフとないセリフ、旧作と共通するセリフが巧妙にミックスされているのも本作の見どころだし、いきなり小説の売り込みシーンから始まるのも新鮮ですよね。大人になったいまが大変だからこそ、四姉妹が揃い、近所には素敵な男の子が暮らしている子ども時代の思い出が無敵に見える。見せ方や構成の巧さに唸らずにはいられません」

小川「かつての輝きがいま目の前にはないという現実を突き付けられるけれど、無敵感に満ちあふれていた頃を思い出させてくれる。寂しさだけで終わらないところがいいなって思います」

松崎「2019年の物語にしっかりアップデートされた『若草物語』になっていますよね」

小川「本当に。メグ役のエマ・ワトソンは、ジェンダーの平等を訴えてきたフェミニストのアイコン的存在でもあります。そんな彼女が演じるからこそ、いわゆる良妻賢母型の枠に収まっていない。ただ好きになった人が貧しかっただけ。生活の苦しさと夫への愛の葛藤が際立っていました。何より、四姉妹それぞれの人生があり、女性の多様な選択がすべて否定されていないところがよくて。ガーウィグは『いまの時代の視点で当時の選択をジャッジできない』と言っていて。すごく素敵な考え方だなと思いました」

松崎「アップデートしつつ、フラットさも落としていない。無理にいまの考え方に合わせなかったということですね。名作文学の映画で、間違いなくマスターピースです」

小川「舞台は19世紀後半だけれど、ものすごく普遍的な物語で、夢は叶うものだと当たり前に思えていた子どもの頃の気持ちを蘇らせてくれる。グレタ・ガーウィグ監督にハグしに行きたくなるくらい、大好きな作品です」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語
放送日時:2022年3月26日(土)20:56~、27日(日)15:45~

チャンネル:ムービープラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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