「北欧の至宝」と称されるデンマークの名優、マッツ・ミケルセンの魅力に迫る!(『アナザーラウンド』)

なぜ、マッツ・ミケルセンの虜になってしまうのか?
一度ハマったら抜け出せない「北欧の至宝」の魅力を解き明かす!

2022/08/01 公開

『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(2022年)で闇の魔法使い、グリンデルバルドを演じたことも記憶に新しいデンマーク出身の国際的な俳優、マッツ・ミケルセン。出演作のプロモーションやイベントで何度も来日し、映画誌やファッション誌の表紙も飾るなど、日本でも絶大な人気を誇るミケルセンだが、人々はどうして、彼に惹きつけられてしまうのか?その理由を解き明かすため、一度ハマったら抜け出せない(?)「マッツ沼」の深みについて確認していきたい。

『007』から「ハンニバル」、『ファンタビ』へとつながる悪役としての魅力

ミケルセンを語るうえで外せないのが、グリンデルバルド役をはじめとする「悪役」としての活躍だろう。その代表格と言えるのが、2013~15年にかけて3シーズンが製作されたドラマ「HANNIBAL/ハンニバル」。『羊たちの沈黙』(1991年)などでアンソニー・ホプキンスが演じた、高名な精神科医にして人喰い殺人鬼のハンニバル・レクター博士をミケルセンが新たに体現した。

インテリで思慮深いという点はホプキンスとも共通するところだが、ミケルセン版レクター博士の最大の魅力と言えるのが、気品あふれる佇まいと所作一つ一つの美しさ。美食家なだけあって劇中にはハンニバルが料理を作るシーンが何度も登場するが、その流れるような手さばきは、アート作品と言って差し支えがないレベルにまで研ぎ澄まされている。

また、レクター博士を追うFBIの特別捜査官、ウィル・グレアム(ヒュー・ダンシー)との敵対関係を超えたブロマンスも大きな話題に。直接的な恋愛描写があるわけではないが、互いを意識し合う言動を繰り返し、熱い抱擁も交わすなど、大勢のファンの想像力をかき立てた。グリンデルバルド役にも通じる、性別や人間という種さえも超越した妖艶さや内面から醸し出すエロティックさに、人々は魅了されてしまったのだ。

そもそもミケルセンが、初めて悪役としての存在感を見せつけたのが、ダニエル・クレイグ版ジェームズ・ボンドの第1作『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)だった。本作のヴィランで、犯罪組織の資金を運用する会計士にしてポーカーの達人であるル・シッフル役に抜擢された彼は、大金を賭けたボンドとの緊迫感あふれるポーカーの心理戦を展開。激戦の末に敗北すると、拉致したボンドを座面が空いた椅子に座らせ、先を丸く結んだロープで執拗に彼の股間を攻め立てるという陰湿な拷問を行った。額に脂ぎった汗をギラギラと光らせた必死な形相も手伝って、観客に強烈な印象を残し、作品も高評価を獲得するなど新シリーズの好スタートに貢献した。

ちなみに、このル・シッフル。メインのヴィランではあるが、顧客である組織の金を失ったことで命を狙われたりと、どこか情けない悲哀感が漂うキャラクターであるのもおもしろいところ。「悪だけど、どこか共感できる」という人物像は、ミケルセン演じる悪役の特徴とも言える。

例えば、マーベル・シネマティック・ユニバースの『ドクター・ストレンジ』(2016年)で演じた悪の魔術師カエシリウスは、大切な人を亡くした過去があり、その悲しみを受け入れられず、禁忌を犯して失った命を取り戻そうとしていた。また、新天地の惑星、ニュー・ワールドを舞台にしたSF『カオス・ウォーキング』(2021年)では、主人公の少年(トム・ホランド)の前に立ちはだかるプレンティス首長を体現。当地に暮らす住民を高圧的に支配し、自身の権力に固執していた。レベルの程度はあるにせよ、これらの感情は誰にでも覚えがあるはず。そういった人間くささが見え隠れするところも、美しさだけに終わらない、ミケルセン流の悪役の美学なのかもしれない。

トム・ホランド&デイジー・リドリー共演の『カオス・ウォーキング』で、ミケルセンは主人公の前に立ちはだかる町の権力者を演じている

母国デンマークの盟友たちとの作品で見せるポテンシャルの高さ

上記で触れた作品に加え、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977年)に続く物語『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)に、帝国軍の超兵器、デス・スターの開発および破壊にも貢献した科学者のゲイレン・アーソ役で登場しているミケルセン。

帝国軍の究極の兵器、デス・スターの誕生を阻もうとする名もなき戦士たちの戦いを描く『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』

2023年には『インディ・ジョーンズ5』の公開が控えるなど、ビッグバジェット作品へのオファーが絶えない。一方で、演技派としても映画ファンの確かな信頼を獲得している。その理由として挙げられるのが、母国デンマークをはじめヨーロッパの良質なインディーズ作品へのコンスタントな出演だ。

主人公ジン(フェリシティ・ジョーンズ)の父親である科学者を演じたミケルセン(『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』)

もともと、プロのダンサーとして活動していたミケルセンは、30歳でデンマークの国立演劇学校に入学して俳優に転身。のちに『ドライヴ』(2011年)を手掛けることになるニコラス・ウィンディング・レフン監督の『プッシャー』(1996年)で長編映画デビューを果たした。その後も、レフン監督の『ブリーダー』(1999年)や『プッシャー2』(2004年)、『ヴァルハラ・ライジング』(2009年)などに出演。名匠スサンネ・ビアの『しあわせな孤独』(2002年)や『アフター・ウェディング』(2006年)でも主演を務め、後者では第79回アカデミー賞外国語映画賞(現国際長編映画賞)にノミネートされており、世代が近い監督や俳優たちとデンマーク映画を盛り上げてきた。

そんなデンマーク出身の監督たちとのタッグで外せない監督が2人いる。トマス・ヴィンターベアとアナス・トマス・イェンセンだ。

『セレブレーション』(1998年)などで知られるヴィンターベアとミケルセンが初めてタッグを組んだのが、2012年公開の『偽りなき者』。本作でのミケルセンは、少女の些細な嘘がきっかけで性犯罪者のレッテルを貼られ、町中から村八分に遭うという難役に挑んでいる。どれだけ傷ついても己の信念を貫こうとする、真に迫る演技が絶賛され、第65回カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した。

実はミケルセンとヴィンターベアは、共に1990年代半ばからそれぞれ俳優、監督としての活動を始めたこともあり、どういうわけか互いをライバルとして意識し、どこか距離を置いていたそう。それが今では、本作をきっかけにすっかり意気投合し、一緒にジムに行ったりするなど家族ぐるみの付き合いがあるという。

そんな大親友の2人が再びタッグを組んだのが、昨年日本でも公開された『アナザーラウンド』(2020年)だ。「血中アルコール濃度を常に0.05%に保つと仕事もプライベートもうまくいく」というノルウェーの哲学者が提唱した理論を実践することにした高校教師4人を描いた人生賛歌で、ミケルセンは仕事にも家庭にも生き甲斐が見出せずにいる歴史教師のマーティンを演じている。

それぞれに悩みを抱える4人の高校教師がとある理論を実践する『アナザーラウンド』

デンマークの映画アカデミーが開催するロバート賞で5冠に輝いた本作は、第93回アカデミー賞でも国際長編映画賞を受賞。ヴィンターベアが登壇したその受賞スピーチでは、マーティンの娘を演じるはずだった彼の実の娘、アイダが撮影4日目に交通事故で亡くなっていたことも語られている。本編のクライマックスでは、マーティンが卒業式を終えた生徒たちに囲まれて躍動感あふれるダンスを披露するシーンがあるのだが、そのような悲劇を乗り越えて映画を完成させたことを考えると、より胸に迫ってくるものがある。俳優に転身して以来、封印してきたと言われるダンスを全力で解放したことからも、ヴィンターベアや彼の娘への想いを表現しているのでは?と解釈したくなってしまうのだ。

一方のイェンセンは、『しあわせな孤独』や『アフター・ウェディング』といったミケルセン主演作のほか、スティーヴン・キング原作のアクション『ダークタワー』(2017年)の脚本を手掛けていることで知られている。監督としても、『ブレイカウェイ』(2000年)に『フレッシュ・デリ』(2003年)、『アダムズ・アップル』(2005年)、『メン&チキン』(2014年)、『ライダーズ・オズ・ジャスティス』(2021年)を発表し、そのすべてにミケルセンは出演してきた。

奇想天外なストーリーと予測不能な展開、ブラックなユーモアもちりばめられたイェンセン作品は、一言では言い表せない個性的なものが多く、その中にいるミケルセンもかなり風変わり。『フレッシュ・デリ』での人肉マリネを販売する精肉店の店員、『アダムズ・アップル』の妙にポジティブシンキングな教会の牧師、『メン&チキン』ではうさんくさいもじゃもじゃのくせっ毛と無精ひげが目につく、マスターベーションをしたい衝動を抑えられない男を怪演してきた。

純正たるファンでも顔をしかめてしまいそうな、これらのミケルセン×イェンセン作品の系譜に新たな1ページを加えたのが『ライダーズ・オズ・ジャスティス』。ある列車事故の裏に犯罪組織「ライダーズ・オズ・ジャスティス」が関わっているのでは?と考えた1人の軍人と3人の数学のスペシャリストが、「正義」を執行するため、組織への報復活動を実行していく。

1人の軍人と3人の数学のスペシャリストが犯罪組織に「正義」の鉄槌を下す『ライダーズ・オズ・ジャスティス』

ミケルセン扮する軍人のマークスは、くだんの事故で最愛の妻を亡くしたことから、卓越した戦闘能力で組織のメンバーを粛清していく。その姿は深い悲しみを暴力によって打ち消しているようにも映り、事故から生還した一人娘にも向き合おうとしない。ところが、事故にまつわる衝撃の事実に直面したことで、ひた隠しにしてきたマークスの心の脆さが露呈。それまで抑えてきた感情をミケルセンはここで一気に爆発させ、その痛々しさに胸が張り裂けそうになってしまう。

イェンセン作品はなじみのスタッフやキャストで構成されることが多く、いわば「ファミリー」と呼ぶこともできる。そんな気心知れた現場だからこそ、ミケルセンも全力で様々な役に身を投じていけるのではないだろうか。

最愛の妻を失った悲しみを犯罪組織への報復活動で隠そうとするマークスだったが…(『ライダーズ・オズ・ジャスティス』)

このように、デンマークのみならず世界的な名優として独自の地位を築いてきたミケルセン。すっかり定着した「北欧の至宝」という唯一無二の呼称にも納得だが、作品選びの多彩さ、フットワークの軽さも特徴で、主にYouTubeでミュージックビデオや短編映画を配信してきたジョー・ペナ監督の長編デビュー作『残された者-北の極地-』(2018年)にも主演している。

飛行機事故に遭い、北極圏での孤独なサバイバルを強いられるパイロットを演じたのだが、マイナス25~30℃の極寒のアイスランドで撮影が行われたこともあり、強烈な雨氷や吹雪に見舞われるなど、肉体的、精神的にもかつてない過酷さだったとか。一方で、全編にわたってミケルセンの一人芝居が拝めるため、未見のファンにはぜひ押さえてもらいたい作品でもある。

飛行機事故に遭い、北極圏での孤独なサバイバルを行う男の姿を追った『残された者-北の極地-』

映画やドラマの中でのミケルセンはもちろん魅力的なのだが、スポーツが好きでカンヌ国際映画祭にお気に入りのアディダスのジャージを着て現れたり、来日時に京都の町を自転車で散策したりするなど、素顔が親しみやすいキャラクターであるのも人気の秘訣。

また、最近のインタビューでは、メソッド演技法に懐疑的なコメントをしていたことも話題に。これは演技法そのものやそれを実践する俳優を指摘したわけではなく、劇中の演技よりも、どのような役作りを行ったかに注目する批評家やメディアへの言葉だったよう。「役は役」と完全に割り切りたいミケルセンらしいエピソードであり、シリアスな役柄とのギャップを感じさせるところも、彼の活躍を追い続けたくなる要因なのだ。

文=平尾嘉浩

<放送情報>
アナザーラウンド
放送日時:2022年8月22日(月)21:00~

ライダーズ・オブ・ジャスティス
放送日時:2022年8月23日(火)21:00~

カオス・ウォーキング
放送日時:2022年8月24日(水)21:00~
チャンネル:WOWOWシネマ

残された者-北の極地-
放送日時:2022年8月10日(水)17:45~、19日(金)7:30~

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー
放送日時:2022年8月21日(日)9:15~、26日(金)23:00~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー
放送日時:2022年8月24日(水)15:30~、29日(月)13:10~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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