キノコ人間の恐怖を描く傑作『マタンゴ』 ※本編はカラーです

謎の孤島で、人間が次々とキノコ化する…
『ゴジラ』の生みの親・本多猪四郎によるストレンジな怪奇譚『マタンゴ』

2022/01/31 公開

あの人気監督もキノコ恐怖症になった、トラウマ級の恐ろしさ

オリジナル版『ゴジラ』(1954年)を世に送り出した本多猪四郎は、その後も『モスラ』(1961年)、『キングコング対ゴジラ』(1962年)など数多くの怪獣映画を手がけた名匠だ。メロドラマや喜劇でも確かな手腕を発揮したこの職人監督のフィルモグラフィーには、とびきり異彩を放つ1本の奇妙なホラー映画がまぎれ込んでいる。それが『マタンゴ』(1963年)である。

題名の語感からしてストレンジな『マタンゴ』は、海洋ものを得意とした英国人作家ウィリアム・H・ホジスンの恐怖小説「夜の声」が原案の作品だ。アメリカでは『ゴジラ』のように劇場公開は実現せず、『Attack of the Mushroom People(キノコ人間の襲撃)』というタイトルでテレビ放映された。「史上最低の映画監督」として名高いエド・ウッドのZ級SF&ホラーを連想させる冗談のような題名だが、その中身はトラウマ級の恐ろしさに満ちている。『エリン・ブロコビッチ』(2000年)、『オーシャンズ11』(2001年)などで知られる人気監督スティーヴン・ソダーバーグが、幼少期に『マタンゴ』を観てキノコ恐怖症になったというのは有名な話。本作のリメイクを構想したソダーバーグは、惜しくも実現しなかったが、実際に権利元の東宝と再映画化の交渉を行ったという。

物語は豪華ヨットでクルーズに繰り出した享楽的な若い男女7人が、大嵐に遭遇するところから始まる。航行不能となって南へ流された彼らは、濃霧が立ちこめる不気味な孤島に漂着する。ひとまず7人はさびついた難破船に身を寄せるが、その船には「マタンゴ」と名付けられた新種のキノコへの警戒を促す航海日誌が残されていた。やがて彼らの前に、正体不明の化け物が現れ…。

特技監督で参加した円谷英二が、マタンゴの毒々しさを表現

ひと言で要約すると、英語題のとおり「キノコの怪物に変貌した人間が襲ってくる」という怪奇譚なのだが、決して単純なモンスター・ホラーではない。学者(久保明)、実業家(土屋嘉男)、歌手(水野久美)、推理作家(太刀川寛)らを含む登場人物たちが流れ着いた無人島には、動物がまったく棲息しておらず、海鳥さえ近づこうとしない。さらに、いくつもの船の残骸が散乱しているこの島は「船の墓場」らしいことが判明するが、なぜかそれらの船に乗っていた人々の遺体や白骨はどこにもない。そんなおどろおどろしい世界観を構築した脚本に加え、ロケーションとセット、ミニチュアによる特殊効果(特技監督は円谷英二)を融合した映像にはただならぬ不吉なムードがこびりついており、登場人物たちがこの世のものとは思えない異界にさまよい込んでしまった絶望感がひしひしと伝わってくる。

悪魔のようなキノコが狙うのは、欲望に目がくらむ人間の弱さや愚かさ

そして中盤、キノコの怪物が初めて登場人物たちに忍び寄ってくるシークエンスが凄い。怪物の姿をあえて直接見せることなく、難破船の「窓」や「扉」、怪物の「影」と「足音」を活用して観る者の想像力をかき立て、得体の知れない脅威がひたひたと迫ってくる濃密なサスペンスを創出。本多監督の入念にして繊細な演出に引き込まれずにいられない。

若者たちは飢えて死ぬか、キノコ人間になるか、の究極の選択を迫られる

この異色のホラー映画には、鋭い文明批評も盛り込まれている。本作が製作されたのは、最初の東京オリンピックの前年にあたる1963年。同年の夏休み映画として、加山雄三主演の若大将シリーズ第4作『ハワイの若大将』と2本立てで公開された。当時は昭和の高度経済成長期のまっただ中であり、無人島で孤立したブルジョワの若者たちが醜く対立し、エゴ剥き出しで暴走する人間模様からは、快楽主義や利己主義への痛烈な批判が読み取れる。

また、本多監督の代表作『ゴジラ』との共通点として、マタンゴが核実験による放射能の影響で変異した毒キノコだという設定も見逃せない。物語が進むにつれ、極度の飢えに追い詰められた登場人物たちは、一人また一人と麻薬のような幻覚作用と陶酔感をもたらすマタンゴの誘惑にのみ込まれていく。まさしくマタンゴは、欲望に目がくらむ人間という生き物のどうしようもない弱さ、愚かさにつけ込む悪魔のようなキノコなのである。

極限状況下のサバイバル劇、心理スリラーとしても一級品の本作には、ところどころに時代を感じさせるサイケデリックな悪夢的イメージがちりばめられている。とりわけ、いつの間にか無数に増殖したグロテスクなキノコの怪物が、ジャングルのあちこちからうようよと出現するクライマックスの光景は一度観たら忘れられない。いっそのこと「すべては幻覚、妄想だった」という夢オチがつけばほっとさせられるのだが、実に巧妙な回想形式を取り入れた本作はそれすらも許してくれない。かくして『マタンゴ』は「人間がキノコに屈服する」という信じがたいストーリーを、とてつもないインパクトと説得力をこめて成立させた唯一無二のホラー映画となったのだ。

文=高橋諭治

高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。

<放送情報>
マタンゴ
放送日時:2022年2月12日(土)6:45~、23日(水)3:15~

チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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