スターオーラを消してユージンになりきったデップ。その姿や仕草は本人そっくりと好評を得た

『MINAMATA-ミナマタ-』から感じ取る
ジョニー・デップの思いと「写真の力」

2022/07/04 公開

人生を投げ出したカメラマンに訪れた転機

太平洋戦争の報道写真や「LIFE」誌などで活躍、数々のフォトグラフ・エッセイを発表し、「アメリカを代表するカメラマン」と称されたフォト・ジャーナリスト、ユージン・スミス。『MINAMATA-ミナマタ-』(2020年)は、ユージンと妻のアイリーン・美緒子・スミスによる1975年発表の写真集を題材に、ジョニー・デップ主演で映画化された、企業公害「水俣病」の悲惨さを訴えた作品だ。

1971年のニューヨーク。ユージンは心を疲弊させ、酒に溺れ自堕落な日々を送っていた。そんな彼のもとに、若き通訳者アイリーン(美波)が訪ねてくる。水俣病がもたらす悲劇を撮影し、「周囲の心ない差別とそれによる孤独感がどれだけ被害者を苦しめてきたかを知ってほしい」という彼女の訴えをきっかけに、人生を投げ出していたユージンに転機が訪れる。

アイリーンと共に熊本県水俣市を訪れたユージンは、化学工業メーカーのチッソの工場から海へ垂れ流された有毒物質の影響で、歩くことも、話すことも、食事さえも困難になった子どもたち、その子どもを懸命に支える家族の姿に大きな衝撃を受ける。さらに、チッソへの抗議活動を行う人々、抗議を力で抑え込むチッソの非情さを目の当たりにし、それらすべてに冷静な目を向けシャッターを切る。

ユージンと結婚(のちに離婚)したアイリーンは、現在も環境ジャーナリストとして活動している

強いデップの思い、光る日本人俳優の好演

「水俣での出来事を知った時、ショックを受けた」と話すデップは、本作に製作から携わり、その思い入れの強さがうかがえる。映画を通じて、多くの日本人が忘れかけている「ミナマタ」の悲劇を改めて世界へ訴え、第70回ベルリン国際映画祭に正式出品された際も大評判となった。デップも「自分が演じることで、この出来事に再び光が当たり、同じようなことが二度と世界で起きないようにすることが大切」と考えている。

現在の水俣の風景は当時から大きく変わり、セルビア、モンテネグロでのロケ撮影となったが、脇を固めるキャストはハリウッドでも活躍する面々をはじめ、日本人が名を連ねる。日本人とアメリカ人のハーフであるアイリーンを演じたのは、フランス人の父を持ち映画や舞台で活躍する美波。そして、抗議活動の先頭に立つ人物を真田広之が熊本弁を交えて熱演する。さらに浅野忠信は水俣病の子どもを懸命に育てる父親を、國村隼は写真買収を画策しユージンを相手に英語の長台詞で対峙するチッソの社長を演じるなど、日本人の目で見ても違和感のない演技を繰り広げ、リアルなドラマを生んでいる。

真田広之が演じたヤマザキも、当時ユージンと交流を重ねた実在の人物がモデル

音楽を『戦場のメリー・クリスマス』(1983年)、『ラストエンペラー』(1987年)の坂本龍一が担当。リアルに真実を追求するだけでなく美しい調べによって、被害者の苦しみがクローズアップされ、何があったのかを観る者に感じさせる楽曲も必聴だ。

改めて考え、驚かされるユージンの「写真の力」

「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズや、『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)などでハリウッドの人気スターの名声をほしいままにするデップが、スターのオーラを消して演じたユージンを見たアイリーン本人は、「撮影中、ユージンがいる、と思えたことが何度かありました」と振り返る。「有名な俳優が演じたことで水俣病を広く世界に知ってもらうことは大切」と考えている彼女は、デップの演技への真摯な姿勢を高く評価する。

写真集「MINAMATA」は、1978年に脳溢血で亡くなったユージンの遺作に

そんなアイリーンに付き添われ、ユージンが撮影した「胎児性水俣病患者の少女を母親が抱いて入浴させる図」という一枚は、本作でも描かれる通り、「LIFE」1972年6月2日号に掲載され、1974年にフォト・ジャーナリストにとって最高の名誉であるロバート・キャパ賞を受賞した。

この写真はのちに1975年発行の写真集「MINAMATA」にも掲載されたが、その世界的な反響の大きさを感じると同時に、愛娘の入浴写真が世界に広まったとことに苦悩した両親の要望で、1998年以降、アイリーンは新たな掲載依頼をすべて断り、非公開とされてきた。その写真が映画で再び公開されたことには、「ミナマタ」の悲劇を改めて伝えるうえで、アイリーンや両親の「写真の力」を巡る葛藤があったのではと思う。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでデップと共演したビル・ナイが「LIFE」の編集長を演じる。

監督のアンドリュー・レヴィタスは、被写体とまっすぐ向き合い、自らも心をすり減らしながら撮り続けたユージンの写真を、幼い頃に見たのを機に水俣への関心を持ち続けており、デップ直々のオファーでユージンと水俣の映画を撮るなんて夢にも思わなかったそう。これも「写真の力」がもたらした巡り合わせかもしれない。監督をはじめキャスト、スタッフ、そして当事者の気持ちは「ミナマタを忘れるな」という思いで結ばれているのだろう。映画からは、熱い思いがじわじわと胸に迫ってくる。

文=渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー。最近見た『THE BATMAN-ザ・バットマン-』が来年のアカデミー賞にノミネートされないかと今から期待。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月1回出演。

<放送情報>
MINAMATA-ミナマタ-
放送日時:2022年7月10日(日)21:00~、21日(木)15:15~
チャンネル:WOWOWシネマ

MINAMATA-ミナマタ-
放送日時:2022年7月14日(木)18:00~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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