麻薬取引の現場から大金を持ち出した男と金を追う殺し屋、ベテラン保安官による三つ巴の戦いを描く『ノーカントリー』

異常な殺し合いのシチュエーションで人間の本質をあぶり出す…
コーエン兄弟が作り上げた血と暴力の国『ノーカントリー』

2021/12/27 公開

『ミラーズ・クロッシング』(1990年)、『バートン・フィンク』(1991年)のジョエル&イーサン・コーエンが脚本と監督を手掛けた2007年製作の『ノーカントリー』は、以前この連載で触れた『悪の法則』(2013年)で脚本を書いた、作家コーマック・マッカーシーの同名小説に基づく犯罪スリラーだ。商業デビュー作『ブラッド・シンプル』(1984年)から兄弟コンビという変則的なスタイルで映画作りを続け、『マトリックス』シリーズのウォシャウスキーズや『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)のルッソ兄弟など、身内を創造の伴走者とする監督がスタンダードとなった現況、今も抜きん出た存在を示している。

殺し屋に追われるベトナム帰還兵の男をジョシュ・ブローリンが演じる

ターミネーターのように標的を追い詰める殺し屋シガーの不気味さ

物語は開巻から異様な雰囲気をただよわせる。メキシコ国境付近の砂漠で鹿狩りをしていたハンターのモス(ジョシュ・ブローリン)が、撃ち合いの果てに全滅したとおぼしきギャングたちの死体を発見。そこには大量のヘロインと、取引のための現金200万ドル(約2億円)が残されたままになっていた。モスは苦労をかけている家族に楽な暮らしをさせてやろうと、その大金を持ち去ってしまう。

だが、そんな彼の背後に不気味な影がチラつく。金の行方を捜すために、組織が凄腕のヒットマンを送り込んできたのだ。シガー(ハヴィエル・バルデム)という名のそいつは、目的のためならば無関係な者をも殺す冷徹さと、そして明晰な頭脳で徐々にモスとの距離を詰めていく。だが、モスもベトナム戦争を経験してきた帰還兵だけに、鋭い追跡の手を戦士の勘で交わしていくが、ついにシガーにしっぽをつかまれる…。

映画はこの二人を軸に、さらには事件を追うベテラン保安官のベル(トミー・リー・ジョーンズ)を交え、三つ巴の凄絶な戦いのアンサンブルを奏でていく。この作品の風変わりなタイトル『ノーカントリー(フォー・オールドメン)』は、悪の性質が時代と共に変化し、古い体系がもはや通用しないことを言い表し、ベル保安官の存在をほのめかしたものだ。

トミー・リー・ジョーンズ演じるベテラン保安官のベル

そして、そんな現代の犯罪者を示すのが、ハヴィエル・バルデム扮する殺し屋シガーのキャラクター造形だろう。長めの髪はちょっとオタク風で、片手にガスボンベを手にした姿はまるで作業員のよう。だが、そのガスボンベは圧縮空気を送り出すエアガンになっており、屠殺場の牛のように瞬時に人を殺すのである。撃たれて怪我を負っても自分で傷を縫い、何事もなかったかのように再び襲ってくる。その姿はまるで生身のターミネーターで、恐ろしさは極めつきといっていい。

オタク風の長髪と手にするガスボンベが特徴のハヴィエル・バルデム演じるシガー

コーエン兄弟が己の創造性をアップデートして作り上げた驚異的なまでの迫真性

この映画のプロデューサーであるスコット・ルーディンは製作にあたり、最も適任といえる監督を指名。コーエン兄弟に白羽の矢を立てたのだが、「自分たちは何かに固執して同じ題材に取り組む気持ちはないし、過去の作品を意図的に真似ようとは考えていない」と、二人は作品を発表するごとに引き合いに出されるスタイルやテーマの一貫性をやんわりと否定。しかし原作のおもしろさに惹かれ、オファーを引き受けたという。

そして自身が持ち味とするスリリングでスタイリッシュなバイオレンスの演出を存分に駆使し、まさしく原作の邦題どおり「血と暴力の国」を象徴する作品に仕上がった。加えて、『ファーゴ』(1996年)以降に顕著となったロングショットやドキュメンタリーのような画を多用し、それまでの動的なカメラワークから、定点的に景観を捉えた映像スタイルを採用。それぞれの不計画性が共鳴して産声をあげる奇観な殺しの現場を、従来の自分たちの犯罪映画とは一線を画す、驚異的なまでの迫真性でもって捉えたのだ。

ハヴィエル・バルデムが第80回アカデミー賞で助演男優賞に輝いた

もちろんコーエン兄弟だけに、普通のサスペンスには決して終わらない。ボタンの掛け違いから生まれる悲劇と喜劇を巧みに織り交ぜながら、異常な殺し合いのシチュエーションで人間の本質を浮き彫りにしていき、観た後にずっしり重みの残るものにしている。結果、本作は批評家からの絶賛を受け、その年の対象となるゴールデングローブ賞や第80回米アカデミー賞に至るまで、109にわたるノミネートのうち76もの賞を受賞。また世界中で2500万ドルの製作費に対し1億7100万ドルの収益を得るなど、商業的にも大きな成功を果たしたのだ。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
ノーカントリー[R-15]
放送日時:2022年1月6日(木)10:15~、22日(土)23:45~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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