流されるままに生きる自身を変えるべく心機一転しながらも、恋人のいる男に恋をする女性の姿を描く』

女性が恋に悶える姿をリアルに表現…
「たやすくない」恋愛を描く『ピース オブ ケイク』

2022/01/24 公開

楽しいばかりじゃない恋愛のあれこれに共感の嵐

もしかすると、恋愛はおいしい部分が1割で、めんどうくさい部分が9割なのではないだろうか。キレイごとだけではすまされない、20代女性のリアルで生々しい恋愛を描いたジョージ朝倉の原作コミックを、田口トモロヲが実写映画化した『ピース オブ ケイク』(2015年)は、その切実さゆえに、多くの大人たちに支持されたラブストーリーである。

原作は2003年から2008年に「FEEL YOUNG」で連載され、単行本5巻で完結。そして、2015年には実写映画化を記念し、連載終了から6年の時を経て、新たに描き下ろされた番外編1巻が刊行された。この番外編では、本編ではわからなかった登場人物たちのドラマの空白部分が余すところなく描かれ、原作ファンも大満足。映画化のおかげで、この番外編が生まれたかと思うと、感謝の気持ちが湧いてくる (おそらく田口トモロヲ監督も、先に番外編を読んでいたら、これらのエピソードを映画に入れたかったに違いない)。

主人公は、自身の浮気がきっかけで、恋人の正樹と破局した24歳の梅宮志乃(多部未華子)。職場も住まいも変えて、すべてを仕切り直そうと思った彼女は、引っ越し先のアパートの隣に住む30歳の男・菅原京志郎(綾野剛)に一目惚れする。偶然にも京志郎は、志乃の新しいバイト先となるレンタルビデオ屋の店長でもあった。京志郎は恋人の成田あかりと同棲していたのだが、ある日、あかりが何も言わず、家を出て行ってしまい、寂しさを感じていた…。

恋人がいる人を好きになってしまうつらさ。恋人と別れたばかりの人とつきあうことの危険性。相手に対して疑心暗鬼になる負のループ。20代半ばになり、すでにいくつかの出会いや別れを経験してきたからこその恋愛のグチャグチャ感を、取り繕うことなく、きちんと描いているのが本作のいいところ。志乃や京志郎の喜怒哀楽の姿に、イタタタタ…と思わず胸を押さえたり、過去の黒歴史がよみがえって恥ずかしくなったり。お酒を飲んで、酔っ払いながら、友達と恋愛トークを繰り広げているような感覚が味わえる。

互いの演技力が炸裂する、熱海旅行エピソードは必見!

完璧な座組によって仕上げられた、男女とその周囲の物語

映画『ピース オブ ケイク』は、『アイデン&ティティ』(2004年)と『色即ぜねれいしょん』(2009年)に続く、田口トモロヲの3作目の監督作品。実は原作者のジョージ朝倉は、もともと田口の大ファンで、高校生の時にミニシアター系の映画にハマったきっかけは、田口の主演映画『鉄男』(1989年)だったとか。田口にとって、純粋な恋愛ものは本作が初めてだが、監督としての個性と作品テーマとの相性は抜群。若い男子が主人公だった前2作で、青春の輝きと同時に、青春期ならではの焦りや葛藤、純情とズルさといったカッコ悪い部分も鮮やかに描いてきた田口は、まさに本作を撮るにふさわしい人物だったといえる。

原作の志乃は、小柄で巨乳、目が大きく、隙だらけで、愛嬌のあるモテ女子。スキンシップにやたらと弱くて、相手やその場の雰囲気に流されて恋愛が始まるケースが多いという設定だ。一方、志乃が恋する京志郎は、背が高くて、ややガッチリした体型に、短髪とヒゲがトレードマーク。裏表がなくて、情にもろく、明るくて気のいい男である。この2人を演じるのが、多部未華子と綾野剛だとわかった当初の原作ファンは、正直、少々戸惑いを感じたものだった。ビジュアル的にも、キャラクター的にも、イメージと違う…というより、むしろ対極にあるキャスティングではなかろうか、と。

だが、やはり役者は演技力がものをいう。本作で初共演を果たした多部と綾野は、絶妙な化学反応を見せ、人間味あふれる愛おしいカップルを体現してくれた。特に志乃は、原作者のジョージや田口監督ですら「最初はなかなか好きになれなかった」と言うほどのキャラ。実際に身近にいたら、鼻について、イライラするようなタイプの女を多部が演じたことで、嫌味がなくて、同性が見ても素直にかわいいと思える、共感できるキャラクターになった。

また、綾野演じる京志郎が初登場シーンで見せる、屈託のない天真爛漫な笑顔は、原作のイメージそのもの!恋も仕事も失い、ボロボロになっていた志乃が一目惚れしてしまうのも、もっともだと思わせる説得力があった。志乃とつきあい始めた京志郎が、年下の彼女にメロメロになって、無邪気に甘えまくる姿もかわいらしくて笑ってしまう。

志乃と京志郎が温泉に行くという原作のエピソードをふくらませ、熱海旅行のシーンをじっくり描いているのは映画版ならではの演出。2人が観光で秘宝館を訪れたり、原作の1コマと同じ、露天風呂での綾野の全裸バックショットがあったりと、見どころ(?)の多い温泉旅行の中でも、最大のハイライトといえば、京志郎の嘘がバレた後の志乃のブチ切れシーンである。原作での志乃の激怒の表情もすごかったが、そのテンションを体現した多部の演技はさすが。当人が真剣であればあるほど、傍目には滑稽に映ってしまうという、愛すべき修羅場は必見だ。

多部演じる志乃の周囲の人々も実力派キャストばかり

原作の大恋愛叙事詩を2時間の作品にまとめるため、映画版では志乃と京志郎2人の物語を中心に描いているが、彼らを取り巻くキャラクターたちも魅力的だ。京志郎の元カノ・成田あかり役に光宗薫。志乃の友達のオカマの天ちゃん役に松坂桃李。志乃に迫るイケメンなバイト仲間・川谷役に菅田将暉。志乃の元カレ・正樹役に柄本佑。志乃の親友ナナコ役に木村文乃。志乃のバイト仲間で映画監督志望の多田役に中村倫也。「劇団めばち娘」の団長・千葉役に峯田和伸。7年前の作品であり、監督が田口トモロヲであることを加味しても、今ではちょっと考えられないほどの贅沢すぎるキャストが集結している。

清純派のイメージが強い多部が、本作で綾野剛、菅田将暉、柄本佑と、それぞれタイプの異なる相手と体当たりでラブシーンを演じているのも新鮮。恋人役の綾野との親密なラブシーンはもちろんのこと、本作で恋愛映画のキスシーンに初挑戦した(とは信じがたいほど上手な)菅田とのキスシーンのセクシーさも大いに話題を集めた。

タイトルの「ピース オブ ケイク(a piece of cake)」は、「たやすいこと」という意味。本作で描かれる恋愛は、たやすいどころか、田口監督が「恋愛版・仁義なき戦い」と称するほどのハードさだ(ちなみにジョージ朝倉は『仁義なき戦い』ファンで、本作の登場人物たちの名字は『仁義なき戦い』の出演者と同じ)。にもかかわらず、恋するって、やっぱりいいなぁと思ってしまうこの矛盾はなんなのか。ルール無用の熾烈な戦いに身を投じる、不器用で情熱的な彼らの暴走にハラハラ感情移入した後は、恋愛するエネルギーが湧いてくるはず!

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、さまざまな世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

<放送情報>
ピース オブ ケイク
放送日時:2022年2月14日(月)10:30~

チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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