アルフレッド・ヒッチコックが1960年に発表した傑作スリラー『サイコ』

現在のサスペンス、スリラーの基礎となった『サイコ』
巨匠、アルフレッド・ヒッチコックの創意に満ちた演出に迫る!

2021/12/06 公開

ミステリー/サスペンスの帝王、アルフレッド・ヒッチコックが1960年に発表したアメリカ映画『サイコ』は、氏の監督作の中でも知名度の高い一つであり、スラッシャー(スプラッター)映画の原型として数えられる映画史上の重要作だ。観る者の緊張を高める演出アプローチと創意に満ちた視覚スタイルはたくさんの模倣を生み、作品の舞台となった異様な外観のベイツ・モーテルは、今もユニバーサル・スタジオ・ハリウッドにおけるツアーの名所として数多くの客を呼び込んでいる。

実在の猟奇殺人事件にインスパイアされた原作小説

物語は不動産秘書のマリオン・クレインにフォーカスを定めて始まる。彼女は恋人のサムと逢瀬の関係にあり、彼は慰謝料に縛られていて結婚もままならない。そんなある日、マリオンは顧客から4万ドルの銀行預金を任され、その大金を出来心から着服し、街を出てサムの元に向かおうとする。しかし嵐の中、マリオンは傍道にぽつんと佇んでいたモーテルで足止めを食らう。そこはノーマン・ベイツという、厳格な母と暮らす内気な青年が営んでいた。彼女は経営者として孤独に戦うノーマンと接したことで思いを改め、金を戻すことを決意してシャワー室へと足を運んだのだが…。

不動産屋で働くマリオンは、金銭的な理由で結婚に踏み切ろうとしないサムとの関係に悩んでいた

本作は1959年にロバート・ブロックが執筆した同名小説の映画化だが、その原典となったのは実際にあった事件だ。1957年、米ヴィスコンシン州プレイン・フィールドで、雑貨屋の女主人バーニス・ウォーデンの殺人が発覚した。犯人として逮捕されたのは、地元の雑役夫エド・ゲイン。彼の母親が遺した自宅で、行方不明になっていたウォーデンの遺体が発見されたのだ。だが見つかったのはそれだけではなかった。そこには墓暴きや食人を示唆する人皮で作った日用品や装具、そして解剖遺体の数々が、ゲインの部屋で確認されたのである。

この異常を極めた猟奇事件にインスパイアされたブロックは、ゲインと母親との愛憎交わる絆をマザー・コンプレックスに、そして人間の革細工を鳥の剥製づくりへと置換し、それらを備えたノーマン・ベイツという多重人格者のサイコキラーを誕生させたのだ。

映画『サイコ』はこうした不穏でまがまがしい血を受け継ぐことにより、公開当時としては衝撃度のひときわ高いショッキングスリラーとして観客に迎え入れられたのである。

金持ちの顧客から札束を見せつけられるマリオン

新しいスタイルに挑戦したヒッチコックの先鋭的な演出が際立つ映画『サイコ』

とはいえ、そこは巨匠ヒッチコック。先述した原作を基に、映画固有の価値を持つ『サイコ』を生み出している。例えば物語は開巻からマリオンの動向を追う展開になっていたのが、彼女が泊まったモーテルで包丁を持った女に惨殺され、急変してドラマはノーマン・ベイツの話になるという、予期せぬ転調が本作を他の作品とは一線を画すものにしている。

この大胆な脚色は脚本を手がけたジョセフ・ステファーノの進言によるもので、このサプライズを死守するために、マリオン役にはスター俳優であるジャネット・リーを配し、ヒロインが映画の途中で消えはしないという固定観念を見事に裏切った。そして原作ではずんぐりとした大柄の中年男に描かれているノーマンを、ハンサムで理知的なアンソニー・パーキンスが演じることで、悲劇のキャラクターとして観客を惹きつける要素を付加させている。そもそも本作が持つ驚きを保つために、製作側が原作を書店という書店から買い占めたという逸話もあるほどだ。

そのマリオンが殺されるシャワーシーンのグラフィカルな試みも、この映画の名を不動のものにしている一つだろう。ヒッチコックが演出プランをグラフィック・デザイナーのソウル・バスに説明し、バスが緻密なストーリーボードを作成。マリオンを演じたジャネット・リーの全撮影日程の3分の1を費やし、入念な撮影が行われた。結果、78ショットで構成された45秒のこのシーンは、巧妙な場面の切り返しや積み重ねによって、直接的に殺傷を見せずとも凄惨な殺人を眼にしたかのような効果を生み出し、当時の観客に驚きを与えたのだ。

顧客が支払った大金を持ち逃げしてしまうマリオン。その道中で立ち寄ったモーテルで悲劇が起きてしまう

こうした数々の撮影エピソードを持つ『サイコ』だが、なによりもエキサイティングなのは、ヒッチコックが60歳にして本作を生み出したことにあるだろう。

『裏窓』(1954年)、そして『めまい』(1958年)など様々な傑作ミステリーを生み出し名声を得ていたヒッチコックは、集大成といえるサスペンス映画『北北西に進路を取れ』(1959年)を完成させ、キャリアの最盛期にあった。しかし映画界では『或る殺人』(1959年)のオットー・プレミンジャーや『悪魔のような女』(1955年)のアンリ・ジュルジュ・クルーゾーといったサスペンスの新勢力が台頭し、その座を脅かされていたのだ。そこで、上品で華麗なミステリーを常としていた氏はその作風を一転させ、低予算のモノクロに挑んで革新ともいうべき本作を生み出したのである。

加齢とともに保守化の傾向にある創造の世界において、過去の栄光に囚われることなく、新しいスタイルに挑んだヒッチコック。その成果は製作から60年以上を経ても、何ら古びるところのない作品そのものが証明している。そして『サイコ』は、すべてのヒッチコック作品の中で最大の収益をあげた映画となり、恒久的にファンを増やし続けている。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
サイコ(1960)
放送日時:2021年12月20日(月)12:30~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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