悪魔をテーマにしながら超常現象を映像化しない
異例の恐怖映画『ローズマリーの赤ちゃん』
2021/12/27 公開
異常心理を扱ったサイコ・スリラーとしても一級品
神父対悪魔の対決を描いたウィリアム・フリードキン監督作品『エクソシスト』(1973年)の大ヒットをきっかけに、1970年代の映画界で空前のオカルト・ブームが巻き起こったことは周知の通り。それらの多くは悪魔憑きや悪魔崇拝を題材にしていたが、もしもこの映画が画期的な成功を収めていなかったら『エクソシスト』は作られず、その後のホラー映画史はまったく違うものになっていたかもしれない。その映画こそ、今回のお題『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)である。
ニューヨークの古めかしいアパートにローズマリー・ウッドハウス(ミア・ファロー)という若い女性と、その夫の売れない役者ガイ(ジョン・カサヴェテス)が引っ越してくる。マンハッタンでの新生活に胸を弾ませる2人は、養女を飛び降り自殺で亡くした隣室のカスタベット夫妻(ルース・ゴードン、シドニー・ブラックマー)と親しくなるが、子どもを授かりたいと願っていたローズマリーは、くしくも悪魔に犯される悪夢にうなされた直後に妊娠。やがて相次ぐ不可解な出来事や体調不良に悩まされたローズマリーは、自分の周りで悪魔崇拝者たちの陰謀が進行しているのはないかという疑念を募らせていく…。
『エクソシスト』の5年前に製作された本作は、スタッフ&キャストに実にユニークな顔ぶれが並んでいる。原作小説の作者は『ステップフォード・ワイフ』(1975年)、『ブラジルから来た少年』(1978年)、『デストラップ・死の罠』(1982年)にも原作を提供したアイラ・レヴィン。本作の映画権を出版前に購入したウィリアム・キャッスルは、自分でメガホンを執るつもりだったが、パラマウントでこの企画を担当したロバート・エヴァンスに却下されたことでプロデューサーに回った。
キャッスルはスクリーン内外の荒唐無稽なギミックで名を馳せたチープなB級ホラー監督であり、レヴィンの小説を映画化するに見合った演出の力量を持ち合わせていなかった。それをずばり見抜いたエヴァンスは、のちに『ある愛の詩』(1970年)、『ゴッドファーザー』(1972年)、『チャイナタウン』(1974年)などの大ヒット作に携わり、長らく低迷していたパラマウントをハリウッドのトップに押し上げて、伝説的なプロデューサーとなった。公私共に型破りにして波瀾万丈の人生を送ったエヴァンスの栄枯盛衰は、ドキュメンタリー映画『くたばれ!ハリウッド』(2002年)で詳しく描かれている。
鬼才ロマン・ポランスキーのハリウッド・デビュー作
そんなエヴァンスには意中の監督がいた。ポーランドからイギリスに渡り、『反撥』(1965年)、『袋小路』(1966年)、『吸血鬼』(1967年)という快作を連打していた気鋭の鬼才ロマン・ポランスキーである。スキー映画『白銀のレーサー』(1969年)の企画を撒き餌にして、ポランスキーに『ローズマリーの赤ちゃん』のゲラ刷りを読ませたエヴァンスは、まんまと彼をアメリカに招くことに成功。かくしてポランスキーにとって初の原作ものとなるハリウッド・デビューが実現した。
エヴァンスが見込んだ通り、ポランスキーは繊細な心理描写、幻惑的なカメラワークや音響効果など、あらゆる細部の演出に卓越した手腕と感性を発揮した。本作はさまざまな「史上最も怖い映画ランキング」に名を連ねているオカルト・ホラーの名作だが、悪魔をテーマにしながら超常現象を映像化したシーンが一つもない異例の恐怖映画である。レヴィンの小説を忠実に脚色したポランスキーは、妊婦ローズマリーの不安と孤立感を徹底的に追求した。画面に悪魔が登場するのは中盤の悪夢シーンだけで、ポランスキーはお節介な隣人の老夫婦(ルース・ゴードンの怪演!)や夫ガイの怪しげな言動、さらにはアパートの部屋の外から聞こえてくる不気味な物音、料理、電話、ネックレスなどの小道具の活用によって、まさしく「真綿で首を絞めるような」恐怖を創出した。そう、このオカルト・ホラーは異常心理を扱ったサイコ・スリラーとしても超一級品なのである。
ノンクレジットで本作の総指揮を務めたエヴァンスのもう一つの功績は、ポランスキーにミア・ファローを主演女優として推薦したことだった。当初は原作小説のイメージに合わせて「健康的でセクシーなアメリカン・ガール」タイプの女優が想定されていたが、外見的に華奢で少女のような雰囲気を持ち、恐怖演技の感度が極めて高いファローは、まさにローズマリー役にうってつけだった。
そうしたファローの特性を、ポランスキーは演出面でフルに引き出した。カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『反撥』がそうであったように、ストーリー全編をローズマリーの主観的な視点で語ることによって、彼女が苛まれる孤独や閉塞感を強調するとともに、「もしや、すべてはローズマリーの妄想の産物なのではないか?」という解釈の余地を生み出した。やがてクライマックス、疑心暗鬼に陥って精神崩壊に向かうローズマリーが行き着くのは悪魔崇拝者たちのパーティだ。ここでもポランスキーは、ナイフを握り締めてその部屋に足を踏み入れていく彼女の「主観」と観客の視点を一致させ、夢と現実の境界を曖昧にした不条理恐怖を突きつけてくる。この最大の見せ場で「悪魔の赤ちゃん」を直接見せなかったことも賢明な選択だった。おそるおそる揺りかごに歩み寄ったローズマリーが、その中を覗き込んだ瞬間、彼女の引きつった顔に浮かぶ戦慄の何とまがまがしいこと! 観客はこのうえなく嫌な想像力をかき立てられ、ミア・ファローが歌う「子守歌」の旋律にも身震いせずにいられない。
かくして本作はその後のオカルト映画、孤独や狂気、妊娠と出産を扱ったあらゆる恐怖映画に影響を与え、ハリウッドにおけるポランスキーの名声を一躍高めた。『ローズマリーの赤ちゃん』とは何の関係もあるまいが、ポランスキーがそのキャリア絶頂期に妊娠中の愛妻シャロン・テートをチャールズ・マンソンのカルト集団に殺されたのは、本作公開から約1年後、1969年8月9日のことだった。
文=高橋諭治
高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。
<放送情報>
ローズマリーの赤ちゃん
放送日時:2022年1月13日(木)21:00~、30日(日)3:30~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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