黒人の映画監督としての礎を築き、あらゆる人種差別と闘ってきたスパイク・リー監督(『ドゥ・ザ・ライト・シング』)

社会が抱える差別をあぶり出し、「No!」を突きつける 
黒人監督の道を切り拓いてきたスパイク・リーというカルチャー

2022/03/22 公開

昔のハリウッドには、今ほど黒人の映画監督が多くなかった。アフリカ系アメリカ人を主な客層とするブラックスプロイテーションと呼ばれる映画ジャンルを除けば、ハリウッドメジャーで黒人が監督として起用されることがなかったためだ。その背景には、アメリカにおける人種差別や偏見の長い歴史が横たわっている。その歴史を変えた人物を一人挙げろ、と言われたら、おそらく多くの人がこの名前を挙げるだろう。

スパイク・リー監督。

スパイク・リーが主人公の青年ムーキーを演じる『ドゥ・ザ・ライト・シング』

現在にいたるまで、後進の黒人監督たちに道を示してきたスパイク・リー

私が映画のとりこになった1980年代終わりから現在にいたるまで、スパイク・リーは映画史を強力に牽引する1人であり、後進となる黒人の映画監督たちに大いなる道を拓いた。彼の映画は、人種差別に対する徹底的な怒りに貫かれているとともに、ブラック・カルチャーに対する熱い愛情もあり、もはやスパイク・リーという存在そのものが1つのカルチャーといえる。

今回紹介するのは、リー監督の初期作品3つ。1つ目が、『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)。多種多様な人種の登場人物たちと、ブラック・カルチャー、ファッション、音楽が入り混じっためちゃくちゃパワフルな映画だ。ラップグループ「パブリック・エネミー」の名曲「ファイト・ザ・パワー」が鳴り響く本作は、ヒップホップを愛する人にとって、もはや知らないでは済まされない記念碑的作品ともいえる。

舞台はニューヨークのブルックリン。リー自身が育った街でもある。黒人たちが住む区画が主な舞台で、そこを行き交う様々な人たちが織りなすほぼ1日のストーリーだ。主人公は黒人のムーキーという青年で、なんとリーが演じている。本作以外でも、リーはたびたび監督兼出演をしているが、びっくりするほど演技が巧く、一度観たらその顔は忘れられない。

最初はハッピーで寛容だった街が、うだるような夏の暑さも相まって少しずつ人々が苛立ち始め、やがて抑え込まれていた偏見や差別が燎原の火のように広まっていく。黒人差別だけでなく、ヒスパニック系やアジア系、そしてユダヤ系など全方位への差別に、リー監督は「No!」を突きつける。

ハッピーで寛容だった街から、抑え込まれていた偏見や差別があふれ出していく(『ドゥ・ザ・ライト・シング』)

デンゼル・ワシントンやウェズリー・スナイプスといったスターとのタッグも

2つ目の映画は『モ’・ベター・ブルース』(1990年)。主演はデンゼル・ワシントン。この映画は、「スパイク・リー×デンゼル・ワシントン」という、ハリウッド映画史を変えたアフリカ系アメリカ人の初タッグというだけで胸が熱くなる(この後2人は、『マルコムX』『ラスト・ゲーム』とタッグを重ねていく)。

デンゼル・ワシントンがジャズ・トランペッターを演じる『モ’・ベター・ブルース』

さらに本作では、刑事や軍人などの役が多いワシントンが、珍しくジャズ・トランペッターというミュージシャン役を演じていてこれも貴重だ。演奏シーンは、さすが音楽を愛するリー監督だけあって、ついうっとりと聞き惚れてしまう。日本映画にはいわゆる「芸道もの」という古典芸能ジャンルがあるが、本作も構造は一緒で、人気トランペッターが様々な困難にぶつかりながら、新たな人生を見出すまでの物語になっている。

音楽が生活の中心にあるプロ・トランペッターを取り巻く人間模様を描いていく(『モ’・ベター・ブルース』)

3つ目は、『ジャングル・フィーバー』(1991年)。主演はウェズリー・スナイプス。スナイプスは『モ’・ベター・ブルース』でワシントンのライバル的なミュージシャン役を好演していたが、本作では堂々の主演を張っている。日本では、『ブレイド』シリーズでのキレキレの吸血鬼ハンターを演じた彼を思い出す人も多いかもしれない。

だが、『ジャングル・フィーバー』の役は、タフガイなウェズリーではなく、意表を突かれることに平凡なビジネスパーソン。彼は白人の上司に仕事が認められないことへ苛立ち、勢いで会社を辞めてブラブラするはめになり、さらにうっかり浮気をしてしまって、家を追い出されたりする。

ウェズリー・スナイプスが平凡なビジネスパーソンを演じる『ジャングル・フィーバー』

黒人差別に怒りを表明し続けるリー監督だが、本作では人種を超えた婚姻というテーマに挑戦している。本人同士が愛し合っていても、家族や友人たちがその壁となる。かなり突っ込んだ差別描写もあり、さすがにここまで直接的に描写できる監督は、リーをおいて他にいないだろう。

アフリカ系アメリカ人とイタリア系アメリカ人による人種を越えた恋愛に、人々がどのように向き合うかに迫る(『ジャングル・フィーバー』)

近年においても、リー監督は次々と意欲作を放っている。アフリカ系アメリカ人の若手刑事が差別主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)へ潜入捜査する『ブラック・クランズマン』(2018年)や、日本でもヒットを記録した元トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンによる伝説のブロードウェイ・ショーをカメラに収めた『アメリカン・ユートピア』(2020年)など。今なお観る者を熱くさせ、差別や偏見と闘う怒れる男、それがスパイク・リー。ぜひこの機会に彼の初期作もチェックしていただきたい。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に『SRサイタマノラッパー』シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)など。

<放送情報>
モ’・ベター・ブルース [PG12相当]
放送日時:2022年4月4日(月)1:30~、20日(水)23:15~

ジャングル・フィーバー
放送日時:2022年4月7日(木)1:00~、17日(日)3:30~

ドゥ・ザ・ライト・シング
放送日時:2022年4月8日(金)3:15~、19日(火)23:15~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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