絶望の淵にいるスタントマンの語る物語が、少女の頭の中で創造されていく『落下の王国』

圧倒的映像美の中で語られるイマジネーションあふれるおとぎ話
異才、ターセム・シンが傑作『落下の王国』で目指したものとは?

2022/05/23 公開

ビジュアルにこだわる、いわゆる映像派と呼ばれる映画監督は少なくないが、その代表というべき鬼才は誰か?リドリー・スコット、テレンス・マリック、ティム・バートン…などなど、名だたる鬼才の名前が上がるだろう。そこで忘れてほしくないのが、ターセム・シン。

CMの分野で名を成し、ジェニファー・ロペス主演のSFスリラー『ザ・セル』(2000年)で映画監督デビューして以後、ヘンリー・カヴィル主演のスペクタクル神話『インモータルズ -神々の戦い-』(2011年)、ジュリア・ロバーツを主演に迎えた『白雪姫と鏡の女王』(2012年)、アカデミー賞俳優ベン・キングズレー主演のスリラー『セルフレス/覚醒した記憶』(2015年)などのヒット作に、圧倒的な映像美を注入した異才だ。

これらはハリウッド資本によって作られたエンターテインメント作品だが、一方でシンが、スタジオの制約に縛られることなく作り上げた傑作ファンタジーがある。それが2006年に製作された『落下の王国』である。

ターセム・シンによる幻想的な映像世界

世界各国の世界遺産でロケを行い撮影された壮大な映像世界

時は1915年のロサンゼルス。無声映画のスタントマン、ロイ(リー・ペイス)は落馬事故により半身不随となり、恋人にも去られ、病院のベッドの上で身動きできないまま、深い絶望を抱えていた。そんな彼の前に現われたのが、腕を骨折して入院している少女アレクサンドリア(カティンカ・ウンタルー)。

自殺するための薬を持ってこさせようと、ロイは彼女を手なづけるために架空のおとぎ話を語り出す。それは権力を盾にとり悪行の限りを尽くす総督に立ち向かった、黒装束の盗賊と戦士たちの冒険と復讐の物語。アレクサンドリアはロイの話に夢中になり、続きを聞くため、毎日のように彼の病室を訪ねるようになる…。

ロイが語る物語は、アレクサンドリアの想像によってビジュアル化され、黒装束の盗賊はロイの姿に、その娘はアレクサンドリアの姿と重なっていく。ほかにも、この劇中劇のキャラクターは医師や見舞客といった、アレクサンドリアが見た人物の容姿を借りている。これらはすべて彼女の空想だ。このとてつもなく自由なイマジネーションの世界をビジュアル化する―シンが本作で目指したのは、まさにそれだ。

宮殿や城、砦、荒野、砂漠…冒険の舞台は幅広いが、それを映像にするため、24か国で撮影が行なわれた。その中にはカンボシアのアンコールワット、エジプトのピラミッド、中国の万里の長城など13の世界遺産も含まれている。シンはCMの撮影のために世界中を回っていたが、その度に本作のロケハンを行ない、撮影地を選考していたという。自然光を活かした陰影の美はもちろん、スローモーションやモノクロなどの多彩な技巧、砂漠のくすんだ黄色、湖の澄んだ青、畑の深緑などの色使い。時にマジカルで時に荘厳、そして絢爛な映像美が、そこに狂い咲いている。

各国を回り、世界遺産でもロケを行いながら撮影された

石岡瑛子が手掛けるコスチュームに創作の自由を守り抜いたターセム・シンの執念

色彩にも関わってくるが、もう一つ注目すべきポイントは、1992年の『ドラキュラ』でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したアートディレクター、石岡瑛子によるコスチューム。映画で衣装を手掛けることは、さほど多くなかった彼女だが、シンとはよほど気が合ったのか、『ザ・セル』以後すべての映画作品で彼と組んでいる。洋風と和風、衣が重なるラインとフォルム、色彩と模様。どれをとっても、これらのコスチュームは、芸術品というべきだろう。しかも、それらはキャラクターの個性をも的確に表わしているのだ。

世界的なアートディレクター、石岡瑛子による唯一無二のコスチュームにも注目

シンは創作の自由を守るため、自ら資金をかき集めた。デヴィッド・フィンチャーやスパイク・ジョーンズといった名だたる監督たちが彼のアーティスティックな姿勢に共鳴し、製作に協力する。スタッフもキャストも、誰一人欠けてしまったら本作は作り得ない。シンは、そんな考えに基づき、彼らに平等の報酬を支払ったという。ロケに向かう際にはエコノミークラスを利用して切り詰め、世界各地を飛び回った。結果的に3千万ドルの予算が費やされたが、作品は金銭では計れない至高の芸術作品となった。

芸術というと堅苦しいイメージもあるので、念のため補足しておこう。シンは決して、映像最優先で本作を撮ったわけではない。すべてのストーリーテラーがそうであるように、語りたい物語が、そこにあったのだ。ロイは落馬事故により、映画という檜舞台からも落下した。アレクサンドリアの腕の骨折の原因も落下だ。

人間は誰でも、落ちる。物理的にも、比喩的にも。しかし、落下の痛みに耐えられるのも、また人間だ。映像は、すべてこのテーマを完璧なものにするために存在すると言っても過言ではない。言い換えれば、映像の美しさは物語の美しさの表われでもあるのだ。

絶望や苦難に耐え、再び立ち上がる人間の強さを描く物語

近年、シンはTVシリーズ「エメラルド・シティ」やミュージックビデオの製作に取り組んできた。新作映画のプロジェクトをハリウッドで進めてはいるが、コロナ禍もあって、なかなか取りかかれずにいるという。

最後の映画作品『セルフレス/覚醒した記憶』から7年が経過したが、この稀有な才能を埋もれさせてしまうのは、あまりにもったいない。非ハリウッド資本の作品ゆえに派手な話題に欠け、どうしても埋もれがちになるが、『落下の王国』は、そんな気持ちを何よりもかき立てる、珠玉の名作だ。

文=相馬学

相馬学●1966年生まれ。アクションとスリラーが大好物のフリーライター。「DVD&動画配信でーた」、「SCREEN」、「Audition」、「SPA!」等の雑誌や、ネット媒体、劇場パンフレット等でお仕事中。

<放送情報>
落下の王国
放送日時:2022年6月5日(日)21:00~、18日(土)14:40~

チャンネル:スターチャンネル2
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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