幅広い役柄を演じ分ける独自の存在感
可能性を広げ続ける松坂桃李という表現者
2022/03/28 公開
松坂桃李はしなやかに可能性を広げ続けている。そのことは、彼の出演作を振り返れば一目瞭然だ。
等身大なキャラクターからスーパーヒーロー、神秘的な役も演じるチャレンジ精神!
2009年、「スーパー戦隊シリーズ」第33作「侍戦隊シンケンジャー」の志葉丈瑠=シンケンレッド役で俳優としてのキャリアをスタートさせた松坂は、2011年の『アントキノイノチ』と『僕たちは世界を変えることができない。 But, we wanna build a school in Cambodia.』で第85回キネマ旬報ベストテン新人男優賞、第33回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。『アントキノイノチ』では岡田将生が演じた主人公の杏平をいじめる邪悪なクラスメイト・松井をダークに演じていたのが印象的で、その鬱屈とした負のキャラは、『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』(2012年)で扮した父親(中井貴一)との確執に悩む高校生の息子役にも反映されていた。
だが、20代前半までは、どちらかと言うと松坂のパブリックイメージに近い物腰の柔らかい役が続いていたのは否めない。そんな彼がグッとアクセルを踏み込んだのは25歳を過ぎた頃だろう。2012年の『ツナグ』では大切な人を失くした者と死者を一度だけ再会させる“ツナグ”という職業に就いた青年の葛藤を繊細に表現し、翌年の『ガッチャマン』では人気アニメを実写化したヒーローアクションでタイトルロールの主人公・大鷲の健を体現して話題を集めた。
さらに、『万能鑑定士Q -モナ・リザの瞳-』(2014年)では天才的な鑑定眼を持つヒロイン(綾瀬はるか)と一緒に世界的名画の謎に迫る雑誌編集者に扮し、『マエストロ!』(2015年)では若きバイオリニストに。半藤一利の傑作ノンフィクションを再映画化した『日本のいちばん長い日』(2015年)でクーデターを決起する青年将校役に坊主頭で挑んだかと思えば、『ピース オブ ケイク』(2015年)では初のオネエ役、おかまの天ちゃんを愛すべきキャラクターに作り上げてみせた。
松坂の快進撃はまだまだ続く。人気ドラマをスケールアップさせた『劇場版MOZU』(2015年)ではテログループの実行部隊を率いる残虐なリーダー・権藤剛に青く染めた髪でなりきり、狂気のヒールを体現すると、ドラマ版でも活躍した池松壮亮演じる殺し屋の新谷和彦とマニラ郊外の古城の跡地のようなフィールドでスリリングな肉弾バトルを炸裂!本格時代劇エンターテインメントの『真田十勇士』(2016年)では、2014年の舞台版に続いて孤高の天才忍者・霧隠才蔵に扮し、キレッキレの剣術アクションでスカっとさせてくれたのも記憶に新しい。
『秘密 THE TOP SECRET』(2016年)で演じた死体役も忘れられない。特殊メイクをした松坂は、元恋人の監察医(栗山千明)に解剖されるシーンでは呼吸を止めて死体になりきり、目を閉じた状態で涙を流すという神技的な芝居を成立させて観る者を驚かせた。また、同じ事務所の菅田将暉と兄弟役で4度目の共演を果たした『キセキ -あの日のソビト-』(2017年)では音楽プロデューサーの兄に扮し、ロックシンガーとしての夢を追いかけていたというキャラクターを演じるにあたり、ステージで荒々しくシャウトする普段のイメージからかなりかけ離れたパフォーマンスを見せていたのも新鮮だった。
30歳を迎えて新たなフェーズへ。松坂桃李はどこへと向かうのか?
ここまで一気に書き出したタイトルと役柄を見ただけでも、松坂がどれだけ多くの作品に多彩な役どころで挑んできたのかがわかると思うが、20代終盤の3作品のインパクトは特に強烈だった。白石和彌監督と初めてタッグを組んだ『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)では、誠実そうなルックスとは裏腹に、女性の肉体だけが目当ての薄っぺらいゲス男を不気味な瞳と豹変する芝居で生々しく体現。
汚い言葉で相手を罵倒する蒼井優が演じた自分勝手なクレーマー・十和子に怯むことなく、軽妙なトークで自分のフィールドに引きずり込むシーンでは松坂自身が実際にこういう性癖を持っているんじゃないの?と思うくらいリアルで生々しかったのを覚えている。彼が第39回ヨコハマ映画祭の助演男優賞を受賞したのも納得だった。
直木賞候補にもなった石田衣良の同名小説を映画化した『娼年』(2018年)に、舞台版に続いて主人公の“娼夫”である大学生のリョウ役で出演したのも見逃せないトピックだ。舞台版の演出も担当した三浦大輔が監督と脚本を手掛けた本作は、リョウが最終的に8人の女性と身体と心を通わせる展開で、作品の大部分を占める性表現はクローズアップが多く、芝居の嘘がすぐにわかってしまう映画の方が舞台版より難易度が高い。
しかも、男の性欲が優先される『彼女がその名を知らない鳥たち』の濡れ場とは違う肉体でのコミュニケーションが要求されたが、松坂は肉体が触れ合うことで生まれる感情の高まりや彼女たちとの距離感を繊細に表現。女性たちが心の奥底に隠していた欲望や傷を癒しながら、自らも成長していくというこの難役をまんまと自分のものにしていたから驚いた。
『不能犯』(2018年)で演じたマインドコントロールでターゲットを殺害するダークヒーロー・宇相吹正役は、松坂が演じた役柄の中でもおそらく一番の異色のキャラクターだ。本作の松坂は白石晃士監督の指示で人間らしさを消し、少し猫背なヘンな歩き方と立ち方で宇相吹のダークなキャラクターを徹底。ターゲットがマインドコントロールにかかった時の「やはり、あなたは(地獄に)堕ちちゃいましたね」と言いながら浮かべる笑顔も不気味で怖かった。
『娼年』と『不能犯』は松坂が30代を迎える年に公開されたが、この2作でインタビューした時の「20代でやれることはすべてやりきったつもりです」という彼の力強い言葉はいまでもはっきり覚えている。松坂はさらに「新しい扉を見つけることができたので、30代はその扉を開けた時の色をより濃くしていくことを目標にしようと考えています」と言ったのだが、それが実行され、身を結んでいることは周知の通りだ。
起爆剤になったのは、20代最後の年に撮った『孤狼の血』(2018年)であることは言うまでもない。『彼女がその名を知らない鳥たち』の白石監督と再びタッグを組んだ本作で、松坂は役所広司が演じた、胡散臭い過去を持つ型破りな先輩刑事・大上章吾とバディを組むことになる新人のエリート刑事・日岡秀一を体当たりで熱演。広島大学出の真面目なキャラで、やることなすことすべて無茶苦茶な大上とのコントラストを創出し、ヤクザにボコボコにされる衝撃のシーンにもノンストッパーの芝居で挑みながら、大上の影響を受けて少しずつ変わっていく日岡を繊細に体現してみせた。
それがどれほど素晴らしかったのかは、主要映画賞の助演男優賞を総ナメにしたことからも明らかで、その輝かしい成果が、自身が主演になった『孤狼の血 LEVEL2』(2021年)でさらなる昇華を見せたことは誰もが知るところだ。
『孤狼の血』で20代を鮮烈に締めくくった松坂だが、30代の幕開けも衝撃的だった。それが『新聞記者』(2019年)だ。東京新聞の記者・望月衣塑子の同名ベストセラー・ノンフィクションが原案の本作において、内閣情報調査室の若き官僚・杉原に扮し、国家の闇を探る女性新聞記者に扮した韓国女優シム・ウンギョン(『怪しい彼女』)と激しくスパーク!現政権に不都合なニュースをコントロールするのが任務の杉原を演じるにあたり、彼の苦悩と葛藤をヒリヒリする芝居で伝えていたが、なかでもクライマックスで見せたグワっと歪む松坂の苦渋の表情には杉原の無念とどうしようもなさが集約されていて圧巻だった。
そんな松坂の飽くなき挑戦の勢い、演じる役柄の可能性の広げ方は、30代になってからもペースダウンするどころかますます増すばかりだ。『蜜蜂と遠雷』(2019年)で頑張っても天才にはなれない、家族を持つピアニストという微妙な役どころに説得力をもたらすと、『あの頃。』(2021年)では自らが通っていた中学の2年上の先輩でもある松浦亜弥を推すオタクの主人公・劔樹人にダサいファッションと髪型でなりきり、違和感をまったく覚えさせなかったのだからスゴい。『空白』(2021年)では万引き少女を死に至らしめたスーパーの二代目店主を等身大で演じたが、古田新太が演じた少女の父親から責められた時に正直な本音を吐露する、あのあまりにも自然なヘタレの芝居に息を呑んだ人も多いはずだ。
そんな一連のキャリアを俯瞰した時に、松坂桃李という俳優のとんでもない芝居のポテンシャルをまざまざと噛み締めることになる。たぶん松坂は、優れた俳優が等しくそうであるように、松坂桃李という1つのイメージを演じ続けているのかもしれない。カードゲームの「遊☆戯☆王」好きで知られる彼が、菅田将暉のラジオ番組「オールナイトニッポン」に度々乱入し、マシンガントークでゲーム愛を語って菅田を困惑させたこともあるが、あの暴走も芝居の延長線上にある周到なパフォーマンスなのかもしれない。
そう、彼は何にでもなれる役者なのだ。そう考えると、逆に松坂がただならぬスキルを秘めていることがよくわかる。能ある鷹が爪を隠すように、彼はたぶんその時が来るのを虎視眈々と伺っているのだ。その片鱗が垣間見られるのは、『怒り』(2016年)の李相日監督のもとで、『いのちの停車場』(2021年)に続いて広瀬すずと再びタッグを組んだ『流浪の月』(5月13日公開予定)なのかもしれない。
松坂はこれからも走り続ける。果たして、自らの表現の可能性をさらに追い求める彼の視線の先には何があるのだろう。その未来がますます楽しみでならない。
文=イソガイマサト
イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「Movie Walker Press」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。
<放送情報>
湯を沸かすほどの熱い愛
放送日時:2022年4月10日(日)10:10~、28日(木)19:30~
新聞記者
放送日時:2022年4月30日(土)20:30~
チャンネル:日本映画専門チャンネル
孤狼の血
放送日時:2022年4月6日(水)1:30~、18日(月)21:00~
彼女がその名を知らない鳥たち
放送日時:2022年4月6日(水)3:45~、16日(土)0:45~
チャンネル:WOWOWプラス
劇場版MOZU
放送日時:2022年4月12日(火)2:00~
チャンネル:WOWOWプライム
いのちの停車場
放送日時:2022年4月6日(水)16:45~
不能犯
放送日時:2022年4月9日(土)18:00~
空白
放送日時:2022年4月11日(月)13:00~
あの頃。
放送日時:2022年4月14日(木)19:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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