1965年にカンヌ国際映画祭パルム・ドールの栄冠に輝いた『ナック』

エドガー・ライトにも影響を与えた?
スウィンギング・ロンドンを代表する『ナック』の自由でポップな世界

2022/04/25 公開

いつの時代も、どこの国でも、若者文化の波はまばゆいうねりを見せるもの。とりわけ魅力的で、現在も多くの人を魅了しているのが、1960年代のイギリス、ロンドンで起こったユース・カルチャー。ビートルズがホップミュージックに革命をもたらし、ミニスカートが流行し、サイケデリックな色彩がオシャレに映える。「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれたこのムーブメントは、保守的な大人社会に対して若者たちが新しい価値観を訴えた動きでもあった。

スウィンギング・ロンドンは、しばし映画の題材にも取り上げられる。有名なところではモッズ・カルチャーを捉えた『さらば青春の光』(1979年)や、そのオシャレ感を強調した『オースティン・パワーズ』(1997年)、最近ではエドガー・ライト監督の『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年)などなど。もちろん、この時代のイギリス映画も活気があったが、それを代表する作品を一つ挙げるとすれば、1965年にカンヌ国際映画祭パルム・ドールの栄冠に輝いた『ナック』だろう。

マジメな小学教師のコリンと、彼のアパートを間借りしているプレイボーイのトーレン

前時代的な大人の価値観をぶち壊す!バカバカしさや過激さ

内容は、いわばドタバタ・コメディ。マジメな小学教師のコリンは女性にモテたくて仕方がないが、彼のアパートに間借りしているトーレンは大のプレイボーイでひっきりなしに若い女性が訪ねて来る。疎ましさと羨望が入り混じるも、コリンはトーレンからモテるための「コツ(=ナック)」を必死に聞き出そうとしていた。

そんなある日、田舎から上京してきた女の子・ナンシーとバッタリ遭遇。コリンは彼女に好意を抱くが、トーレンがすかさず横やりを入れたことで、この恋は、茶色の壁にペンキを塗りたくてしょうがない変わり者の新たな間借り人・トムの出現も手伝い、大騒動へと発展してしまう…。

監督のリチャード・レスターは、ビートルズの初主演映画『ビートルズがやってくる!/ヤァ!ヤァ!ヤァ!』(1963年)で注目され、『ナック』はそれに続く作品となったが、スラップスティックなノリをそのまま持ち込んだような雰囲気。とにかく全編ギャグのオンパレードで、アパートの修繕用具をわざわざテロップ付きで解説するアホらしさも含め、アップテンポで押してくるのは、現代のエドガー・ライトのセンスに通じるものがある。社会風刺も交えられており、それは彼の後の作品―『HELP! 四人はアイドル』(1965年)、『ジョン・レノンの 僕の戦争』(1967年)などのビートルズ関連作などにも生かされた。

スラップスティックなノリと社会風刺が混在

風刺がとりわけ効いているのは、ジェネレーションギャップの点だ。街で大騒動を繰り広げる主人公たちの姿が映るたびに、「今どきの若い者は…」的な大人層のボヤキと、その苦々しい表情が頻繁に挿入される。

破天荒で騒々しく、婚前セックスも当たり前。ワイルドな男はスクーターを乗り回し、イケてる女性は体にフィットした服を着て、多少肌が露出しても構わない。これらは1960年代の英国では、前時代的な大人の価値観を破壊するものでもあった。ヒロインのナタリーは映画の後半で錯乱状態に陥り、街中で「Raped!(犯された!)」と連呼するが、当時の保守的な大人には、この手の過激な言葉によるジョークは笑えなかったのかもしれない。いずれにしても、これは新しいイギリス映画だったのだ。

スタイリッシュな音楽やファッションにも注目

主演格の俳優たちは、いずれもビッグネームとは言い難いが、ナタリーを演じたリタ・トゥシンハムにはぜひ触れておきたい。1961年に『蜜の味』でイギリス映画界の注目すべきスターとなった彼女は、本作でスウィンギング・ロンドンを代表する女優となる。大きな瞳と、愛嬌あふれるファニーフェイスは、一度見たら忘れられない。ちなみに、エドガー・ライトは『ラストナイト・イン・ソーホー』で彼女を出演させ、スウィンギング・ロンドンにオマージュを捧げていた。また、本作には無名時代のジェーン・バーキンやシャーロット・ランプリングら、後の大女優もチラリと出演。初々しいその姿を探してみるのも一興だ。

音楽や映像の魅力にも触れておきたい。当時「007」シリーズの音楽を手がけ、こちらも注目されていたジョン・バリーの軽快なスコアは、モノクロの洒落た映像の魅力を引き立てる。ビジュアル面ではトーレンが粋に纏ったモッズスーツ、コリンの妄想に登場する美少女たちの装いなど、ファッション面での見どころもある。

『ラストナイト・イン・ソーホー』にも出演したリタ・トゥシンハムの存在感にも注目

スタイリッシュな映画ではあるが、ぶっちゃけ本作は、ここまで説明したとおり、スラップスティックで、ある意味バカバカしくも見える。カンヌ国際映画祭はアート映画の最高峰というべき権威であり、そういう観点で見ると、なぜこれが最高賞を受賞したのか?と疑問に思う方もいるだろう。

筆者は1991年のリバイバル公開時に、初めてこの映画を見たが、同様の疑問を抱いた。一方で自由かつポップな、その空気に魅了されたのも事実。映画史に残るとか、そういう権威的な側面を笑い飛ばす痛快さは、確かにあると思う。さて、このおかしなおかしなユース・カルチャーの世界は、あなたの目にどう映るのか?ぜひ一度、味わってみてほしい。

文=相馬学

相馬学●1966年生まれ。アクションとスリラーが大好物のフリーライター。「DVD&動画配信でーた」、「SCREEN」、「Audition」、「SPA!」等の雑誌や、ネット媒体、劇場パンフレット等でお仕事中。

<放送情報>
ナック
放送日時:2022年5月3日(火・祝)1:00~、20日(金)6:00~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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