2020年の韓国年間興行収入第1位を記録した衝撃作『KCIA 南山の部長たち』

大統領暗殺事件の背景に迫る
実録サスペンス『KCIA 南山の部長たち』

2022/05/30 公開

大統領直属の情報機関KCIAで渦巻く苛烈な人間模様

日本による植民地支配から解放された後も、アメリカとソ連による分割統治、2つの国家の誕生、朝鮮戦争、長期にわたる軍事独裁政権、学生や市民が中心となった民主化運動と、激動の日々を送ってきた韓国。そうした歴史は『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)や『1987、ある闘いの真実』(2017年)といった映画を通じて、日本でも広く知られるようになってきた。今回紹介する『KCIA 南山の部長たち』では、『タクシー運転手』の中で主人公が目撃する光州事件(光州民主化闘争)の1年前に起きた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件の背景が描かれていく。

独裁者と批判された朴大統領を演じるのは、ベテラン演技派イ・ソンミン

1961年にクーデターで最高権力者の座に就いて以来、18年にわたって権力をふるっていた朴正煕大統領。しかし、1979年9月になると、盤石に見えていた支配体制も揺らぎ始めていた。アメリカのワシントンでは、かつて中央情報部(略称KCIA)の部長を務めていたパク・ヨンガクが、下院議会の聴聞会に出席し、大統領の腐敗を告発。さらに、自らの経験を綴った回顧録を執筆中であると明らかにした。現在のKCIA部長であるキム・ギュピョンは、このことに激怒した大統領の意向を受けて渡米。ヨンガクに接触し、回顧録の原稿を入手しようとする。

キム部長は、裏切り者とされる元部長のヨンガクに会って交渉するが…

政界、財界、法曹界、マスコミの腐敗を見応えのあるドラマとして見せた『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)のウ・ミンホ監督が、東亜日報の記者だったキム・チュンシクの著書(邦訳『実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち」』)を映画化した今作。朴正煕が政治の実権を握ると同時に新設された情報機関KCIAは、大統領直属の最高権力機構。庁舎などの関連施設があった場所「南山」が、組織の通称として使われていた。

スキャンダルの渦中にある大統領を取り巻く男たちの心理戦が展開

原作では政権のナンバーツーとして大統領を支えたKCIAの10人の部長の姿を通して朴正煕大統領の時代が描かれているが、映画は大統領暗殺にいたる40日間に焦点を当て、大統領に向けて引き金を引いた第8代部長の金載圭(キム・ジェギュ)と、彼のライバルと目されていた大統領府警護室長の車智澈(チャ・ジチョル)、第4代部長でアメリカに亡命した後、パリで失踪した金炯旭(キム・ヒョンウク)の関係を描いている。ただし、フィクションとして再構成した部分も多いため、登場人物の名前はすべて変えられている。

疑心暗鬼によって機能不全を起こしていく権力構造を描出

大統領の腹心として誰よりも忠誠を誓っていたはずが、少しずつ彼を疑うようになる情報部長ギュピョン役は、『インサイダーズ』で破天荒なはみ出し者を豪快に演じて多くの主演男優賞に輝いたイ・ビョンホン。スーツやコートをシックに着こなし、一分の隙もないように見えていた彼が、元上司の変質や警護室長クァク・サンチョンとの確執を経て、少しずつ変化していく様子を少ないセリフの中で緻密に見せていく。そんな彼に、大統領の裏の顔を伝えるヨンガクを演じているのは『鋼鉄の雨』(2018年)のクァク・ドウォン。ギュピョンとヨンガクがワシントンのリンカーン記念堂を訪れて交わす「神殿みたいだな」「神みたいなものだから」「でも、撃たれて死んだ」といったやりとりなど、緊張感の中にもどこかユーモアを感じさせるウ・ミンホ監督らしい台詞を、本格的な共演は初めてとなる2人が絶妙に見せている。

愛国心と野心の狭間で葛藤するKCIAのトップをイ・ビョンホンが圧倒的な存在感で体現

そのほか、朴大統領役に『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018年)のイ・ソンミン、韓国とアメリカの間で暗躍するロビイスト、デボラ・シムに『ザ・キング』(2017年)のキム・ソジンが扮している。また、ギュピョンの神経を逆撫する警護室長サンチョンに扮したイ・ヒジュンは、実在の人物に似せるため25kgも増量。『1987、ある闘いの真実』の新聞記者役とはまったく違う姿で登場している。

朴正煕大統領暗殺事件については、本コラムで取り上げた『ハウスメイド』(2010年)のイム・サンス監督も、05年に『ユゴ 大統領有故』という映画を発表している。こちらは、暗殺が決行された10月26日を舞台に、愚かな行動を選ぶことしかできなかった人々の姿を覚めた目で見守るブラック・コメディだった。一方、ウ・ミンホ監督は韓国の映画雑誌「シネ21」のインタビューで「大義や論理、歴史の因果関係といったものではなく、微細な亀裂から始まった動揺が、手の施しようもないほどに広がっていく過程に関心があった」と語っている。そういった意味で『KCIA 南山の部長たち』は、歴史的な事件をテーマとする作品であると同時に、「圧倒的な力を持つ者とその人物を取り巻く人々によって作られた権力構造が疑心暗鬼によって機能不全を起こしていく様子」を詳細に見せるケーススタディでもある。

実話ベースの重みと緊迫感あふれる映像に惹き込まれる

映画の中でギュピョンとサンチョンは、1979年10月16日から20日にかけて南部の都市である釜山と馬山を中心に起きた民主化闘争への対応を巡って決定的に対立する。そして、その同じ会議には、朴大統領の暗殺からまもなくクーデターによって軍部を掌握し、翌年の5月の光州民主化闘争を武力で鎮圧した全斗煥(チョン・ドゥファン/役名チョン・ドゥヒョク)も出席している。長期にわたった軍事政権の終焉を見つめる映画の最後でさりげなく描かれる、次なる権力の萌芽にも注目してみてほしい。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

<放送情報>
KCIA 南山の部長たち
放送日時:2022年6月25日(土)20:56~、26日(日)14:00~
チャンネル:ムービープラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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