早熟の天才監督アレハンドロ・アメナーバルが放った
極めて完成度の高いゴースト・ストーリー『アザーズ』
2021/07/26 公開
スペイン映画界のハイレベルぶりを知らしめた、幽霊屋敷映画
1990年代後半から2000年代初頭にかけてのスペイン映画界では新世代の才能が台頭し、ホラー、スリラー、ミステリーといったジャンル映画の秀作が数多く生み出された。その代表格がアレハンドロ・アメナーバルだった。1972年生まれのアメナーバルは、20代半ばにして発表した異常心理スリラー『テシス 次に私が殺される』(1996年)で鮮烈な監督デビューを飾り、現実と夢の境目が混沌としていくサスペンス・ミステリーの第2作『オープン・ユア・アイズ』(1997年)は、トム・クルーズ主演作『バニラ・スカイ』(2001年)としてハリウッド・リメイクされた。
そんなアメナーバルの監督第3作が、今回のお題の『アザーズ』(2001年)である。トム・クルーズとポーラ・ワグナー、ハーヴェイ&ボブ・ワインスタイン兄弟が製作総指揮に名を連ねたこのホラー映画は、北米などのグローバル市場を視野に入れたアメナーバル初の英語作品だが、主要スタッフはスペイン人が占め、同国映画界の技術レベルの高さを世界中に知らしめた。なぜなら本作はモンスターが大暴れするわけでも、派手に血しぶきが飛ぶわけでもなく、光と影の繊細なニュアンスに富む映像美、不穏なムードを高める音響効果などが際立つゴースト・ストーリーだからだ。
第二次世界大戦終結直後の英国ジャージー島。その人里離れた土地にひっそりと建つ古めかしい屋敷に、美しい女性グレースと幼い2人の子供アンとニコラスが暮らしている。ある日、グレースは3人の使用人を新たに雇うが、屋敷内では次々と奇怪な出来事が続発し、アンが少年の幽霊がいると言い出す。当初は幽霊など信じようとしなかったグレースも、何者かの不気味な気配に翻弄され、神経をすり減らしていく。やがてその不安と緊張が頂点に達したとき、グレースはこの屋敷の忌まわしい過去と向き合うことに……。
このゴースト・ストーリーは極めて伝統的な幽霊屋敷映画であり、『レベッカ』(1940年)、『回転』(1961年)、『たたり』(1963年)、『ヘルハウス』(1973年)、『チェンジリング』(1979年)など、このジャンルにおける幾多の古典的な名作の記憶を呼び覚ます。しかし、劇場公開時に最も引き合いに出されたのは『シックス・センス』(1999年)だった。なぜならM・ナイト・シャマランが世界中をあっと驚かせた、あの叙述トリックによるどんでん返しを連想させる仕掛けが本作にも盛り込まれているからだ。とはいえ、当然ながらシャマランのアイデアを安易に拝借したパクリ映画などではない。
題名に込められた真の意味とは?終盤に待ち受ける鮮やかな叙述トリック
いわば幽霊屋敷とは、生者と死者の世界が混じり合うパラレルワールドのような空間だ。これといった霊感のない生者/人間にとって死者/幽霊は普段見えない存在だが、不穏な物音や気配をきっかけに姿なき超自然的な存在を認識するようになる。まさしくその過程を描くのが幽霊屋敷映画というジャンルであり、本作の主人公グレースも愛する子供たちを守るために幽霊という不可視の存在を確かめようとする。アメナーバル監督は完璧な母親であろうとするグレースの信念がいつしか強迫観念に変わり、彼女自身を追いつめていく様を映し出す。映画の前半ではほとんど何も起こらないのだが、屋敷内にある50ものドアをいちいちカギを使って開閉しながら移動するグレースの神経質な振る舞いが異様な緊迫感を高める。さらに、特殊な皮膚病を患っている子供たちが光を浴びないように、屋敷のすべての窓は昼間もカーテンで覆われている。こうしたディテールを精緻に表現した演出、撮影、照明、美術が素晴らしい。全編の大半は室内で進行するが、屋敷の周辺には常に鬱蒼とした霧が立ちこめ、カモメの鳴き声などの環境音は一切聞こえてこない。ひょっとすると、この屋敷は現世とあの世の中間点なのではないか……などという想像をかき立てるゴシックな世界観が見事に構築されている。
そして屋敷に隠された重大な「秘密」が明かされる終盤、ストーリーを語る視点が劇的に反転する。グレースの母性愛のドラマと共鳴して痛切な情感がにじみ出すこのクライマックスは、同時に『アザーズ(別の存在たち)』という題名にこめられた真の意味を観る者に提示するのだ。『シックス・センス』のパクリどころか、実に独創性あふれる鮮やかな叙述トリックではないか!
ちなみにアメナーバルは弱冠29歳の時に発表した本作以降、悪魔崇拝を題材にしたスリラー『リグレッション』(2015年)を手がけたものの、純粋なホラー映画はまったく撮っていない。早熟の天才監督が放った極めて完成度の高いゴースト・ストーリー/幽霊屋敷映画、その研ぎすまされた恐怖と美を心ゆくまで味わい尽くしてほしい。
文=高橋諭治
高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。
<放送情報>
アザーズ
放送日時:2021年8月2日(月)17:00~、8日(日)9:00~
チャンネル:WOWOWプラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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