北欧の至宝ことデンマークの名優、マッツ・ミケルセン主演の西部劇『悪党に粛清を』

北欧の空気感をまとった西部劇『悪党に粛清を』
残酷で寒々しいこの世界から希望を見出すことはできるのか?

2022/01/24 公開

イタリア製の西部劇、いわゆるマカロニウエスタンを除けば、ヨーロッパで製作される西部劇は珍しい。灼熱の荒野とは無縁の北欧では、なおさらだ。『悪党に粛清を』(2014年)は、デンマークで製作された、そんなレアなウエスタン。北欧映画らしいヒンヤリとした空気が漂う点は、西部劇では極めて異色で、だからこその面白さが宿る。監督は『キング・イズ・アライヴ』(2000年)のクリスチャン・レヴリング、そして主演は北欧を代表する俳優マッツ・ミケルセン。いずれもデンマーク生まれの映画人だ。

アメリカでの生活の基盤を作り、故郷のデンマークから妻子を呼び寄せるジョン

デンマークの名優、マッツ・ミケルセンをはじめ国際的な演技派が集結

舞台は1870年代、アメリカ西部の田舎町。主人公ジョンは敗戦による祖国デンマークの混沌を逃れ、兄とともに7年前にアメリカに渡った元兵士。苦労を積み重ねて荒野の開拓地に一軒家を建てた彼は、母国に残してきた妻と息子を呼び寄せる。

しかし久々の再会の喜びも束の間、駅馬車に乗り合わせた、ならず者に息子は殺され、妻はレイプされたあげく惨死。怒りに震えたジョンは、この仇を射殺する。ところが、このならず者は、暴力によって街を支配する悪漢デラルーの弟だった。デラルーもまた怒りに突き動かされ、肉親を殺した犯人を見つけ出そうとする…。この後、ジョンはデラルーに捕まって拷問されるも、兄の手引きで脱走。その兄も殺されたことで、彼はデラルー一味への報復を決意する。

妻子を殺したならず者への復讐を果たすも、さらなる戦いと絶望がジョンを待ち受けていた

ストーリーの概要だけでも、本作が殺伐とした復讐劇であることがわかるだろう。平和な暮らしを求めていたジョンの運命は、悲痛という以外にない。すべてを失い、残っていたのは、戦場で鍛えた銃の腕のみ。復讐を決意した彼の行く手には、ひたすら死体が転がり続ける。道徳だけでは生きていけない。暴力にモノを言わせることも、状況に応じて必要になる。それが19世紀のアメリカ西部の現実だった。

現実を描く以上、重要なのは、そこに生きる人間をリアルな存在として信じさせること。主人公ジョンはアメリカンドリームの夢を追って苦労してきた揚げ句、どん底に突き落とされる。悪役のデラルーは南北戦争で戦功を上げ、それに乗じて権力を拡大させてきた。そんな状況下で町長のキーンはデラルーを恐れつつ町を統率しながら、汚い手段を使ってでも生き延びようとする。舌を切られて口のきけない女性マデリンは、デラルーの情婦という立場から抜け出すことを願っている。

弟を殺したことで恨みを買い、ジョンは町を牛耳るデラルーから拷問を受けてしまう

これらのキャラクターに命を吹き込んだのは、国際的な演技派キャスト。ミケルセンは言うまでもなく米アカデミー賞の非英語圏映画賞受賞作『アナザーラウンド』(2020年)での好演も記憶に新しい実力派だが、本作では絶望の淵に追い込まれたジョンの怒りを、抑制の効いた演技で表現している。

アメリカから参加した『ウォッチメン』(2009年)のジェフリー・ディーン・モーガンは、野蛮な時代を生き抜いてきたデラルーに扮し、悪党なりの理屈に説得力を与える。キーン役の『未来世紀プラジル』(1985年)のイギリスの名優ジョナサン・プライスは、小市民風ではあるが、秘密を抱えたキャラになりきった。そして『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)のボンドガールを務めてブレイクしたフランス人女優エヴァ・グリーンは、マデリンを演じるにあたり、スカーフェイスのメイクを施して、セリフのないキャラクターの心情を表情のみで体現してみせる。

デラルーの暴政に、市長や保安官をはじめ誰も逆らえずにいた

ヨーロッパから希望を持ってやって来た移民たちによるアメリカ西部開拓史

これだけの国際的なキャストで、正しいアメリカ西部を描くことができるのだろうか? そんな疑問を感じているとしたら、レヴリング監督の言葉に耳を傾けてほしい。「ワイルド・ウェスト、すなわち大西部を生き延びた人々の大多数はヨーロッパからの移民だ。これらの人々は、戦火や貧困から逃れて、新しい人生を歩むという希望を持っていた。つまり、ワイルド・ウェストの歴史は私たちの歴史でもある。本作は、ヨーロッパではもはや発展的な人生が送れなくなっていた人々を描いている。ヨーロッパにある自分のルーツを離れて、アメリカという国家の誕生に立ち会った人々のドラマだ」

ジョンは囚われの身であったマデリンと共闘し、デラルーへの反撃を試みる

デンマークで西部劇を浴びるように見てきたレヴリング監督にとって、このジャンルは挑み甲斐のあるものだった。予算的にアメリカでのロケは難しい。ならば、セルジオ・レオーネらイタリアの巨匠がスペインに出向いてマカロニウエスタンの傑作を撮ったように、異国にロケ地を求める――彼らが選んだのは、南アフリカ。砂漠地帯や木造りの街並、山々の雄大な遠景など、むき出しの自然の風景は、とにかく圧倒的だ。

そうと知らなければ、観る者はこれがアメリカの原風景と信じるに違いない。俳優陣のアンサンブルを映像に溶け込ませる。これはレヴリング監督が映画ならではのマジックを熟知していることの表われだ。

正義を愛するヒーローや、孤高のガンマンは、そこにはいない。肉食獣のような獰猛さが人間の心に宿っていた時代の寓話。北欧から放たれた西部劇は、かくも残酷で寒々しい。とはいえ、この映画の結末は、わずかではあるが望みの火を灯す。ジョンがたどり着く約束の地はどこなのか? 殺伐とした世界に残る希望を、ぜひ目にしてほしい。

文=相馬学

相馬学●1966年生まれ。アクションとスリラーが大好物のフリーライター。「DVD&動画配信でーた」、「SCREEN」、「Audition」、「SPA!」等の雑誌や、ネット媒体、劇場パンフレット等でお仕事中。

<放送情報>
悪党に粛清を
放送日時:2022年2月8日(火)9:00~、19日(土)15:30~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)悪党に粛清を
放送日時:2022年2月6日(日)8:40~、17日(木)1:00~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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