ガーリー・カルチャーの先駆者であるソフィア・コッポラの美意識が爆発した 『ヴァージン・スーサイズ』

ソフィア・コッポラの監督デビュー作
ガーリー・ブームを巻き起こした『ヴァージン・スーサイズ』

2021/09/27 公開

美しき5人姉妹の儚い人生を耽美的に描き、日本でも大ヒット

ミシガン州デトロイト郊外。街で美人と噂のリズボン家の5人姉妹の末娘セシリアがある日、理由もなく自殺してしまう。残された4人はホームカミング・パーティに参加して悲しみを紛らわそうとするが、四女ラックスが朝帰りしたことで監禁生活を送るように。そしてとうとう「その日」がやって来る…。

始まりは、13歳の末妹セシリアの投身自殺だった

フランシス=フォード・コッポラの娘ソフィア・コッポラが、初めて長編映画の監督を務めた『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)は、1970年代半ばの郊外の街を舞台に、美少女たちの儚い人生を当時のファッションやポップソングとともに耽美的に描いた作品である。日本でもヒットを記録して「ガーリー・ブーム」を巻き起こしたものだ。

原作は、ジェフリー・ユージェニデスのデビュー作「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」。ソニック・ユースのサーストン・ムーアから同作を教えてもらったソフィアは、すぐ脚本化に取り掛かり、すでに他の製作会社に映画化権が売られていたのを知っても諦めずにオフィスに乗り込み、自分の脚本を読ませて監督の座を獲得したという。まさに執念の映画化作だったわけだ。

ソフトフォーカスで撮られた繊細で美しい映像も印象的

ところが原作を読むと、ソフィアの映画版ではあまり触れられていない描写こそが小説の核であることがわかる。そのキーワードとなる言葉が、映画にも出てくる「街の没落はリズボン姉妹の死で始まった」という一節。映画版だけ観ると「街のアイドルがいなくなって活気を失った」ようにしか見えないのだが、原作では大気汚染や害虫の発生で住民たちがこぞって別の場所に引っ越して街がゴーストタウン化してしまった顛末が描かれているのだ。

一体これは何を意味しているのか? それは本作の舞台がデトロイトであることと深い関わりがある。かつてGM、フォード、クライスラーの三大自動車メーカーが本社を構えていたデトロイトは、ニューヨークやシカゴ、ロサンゼルスに匹敵する大都市だった。しかし1970年代半ばになると日本車の侵攻と産業の空洞化によって、経済は破綻。失業した住民たちは別の街へと引っ越してしまったのだ。

年子の5人姉妹は、数学教師の父親と厳格な母親と共に暮らしていた

ジェフリー・ユージェニデスは1960年デトロイト生まれなので、多感なティーンの頃に地元の没落を目の当たりにしたことになる。つまり「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」とは、無垢な少女たちの死をメタファーに、アメリカン・ドリームを担った都市の崩壊を詩的に描いた作品なのだ。だから映画化の際は崩壊後のデトロイト郊外にしがみつくように住む老人たちが主人公の『グラン・トリノ』(2008年)や『ドント・ブリーズ』(2016年)の前日談のようなダークなタッチに仕上げることだって出来たはずだ。

しかしソフィアはこうした都市論的な考察には一切関心を示していない。彼女が本作に執着した理由はただひとつ、主人公が「自分の空間に閉じこもった少女」だったからだ。映画監督として多忙な父フランシスとそれに同行する母によって、幼少期のソフィアはホテルの部屋に置いてきぼりにされることが多かったらしい。それは孤独な経験であると同時に、「コッポラの娘」として好奇の目に晒される状態から逃れ、自分そのものでいられる時間でもあった。そしてこうした経験こそが、父とは一線を画したソフィア独自の美意識を作り上げたのだ。

ホームカミング・パーティで、四女ラックスは学園の人気者トリップと急接近するが…

「閉鎖空間の少女」を描き続けたソフィアの変遷

彼女はその後も「閉鎖空間の少女」を描き続けた。『ロスト・イン・トランスレーション 』(2003年)の主人公は、夫に東京のホテルに置いてきぼりにされた若い妻だ。『ヴァージン・スーサイズ』ではラックス役を演じていたキルスティン・ダンストが、有名なフランス王妃に扮した『マリー・アントワネット』(2006年)では主人公はベルサイユ宮殿に閉じ込められたままだ。『SOMEWHERE』(2010年)ではロサンゼルスの高級ホテルで少女が夏休みを父と過ごす。そして『白い肌の異常な夜』(1971年)のリメイク作『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(2017年)では南北戦争中に女子校の構内で暮らす女たちが描かれた。どれも壊れそうな繊細さを湛えた作品である。

16歳だったキルスティン・ダンストは、以降ソフィア・コッポラ監督作の常連に

しかしこうした物語だけしか紡げないことにソフィア・コッポラ自身も焦りを感じたのだろう。『ブリングリング』(2013年)では、セレブに憧れるティーンを狂騒的に描こうと試みている。しかし結果は大失敗。ソフィア自身がセレブなので、セレブになりたいと切望するティーンの気持ちを理解できなかったのだ。

ソフィアがついに他の物語を描くのに成功したのは最新作『オン・ザ・ロック』(2020年)によってである。仕事と子育てに忙しい同作の主人公は、夫の浮気を疑うあまり、住み慣れた街から飛び出して夫の滞在するリゾートホテルへと向かう。そう、ソフィアは中年であることを自覚することによって、少女の棲む閉鎖空間から飛び出せたのだ。

『ヴァージン・スーサイズ』を撮影中のソフィア。28歳で監督デビューを果たした

しかし自分だけの空間で密かにセンスを磨き続ける現役少女たちにとって、『ヴァージン・スーサイズ』に始まる一連のソフィア・コッポラ作品はこれからも聖典として輝き続けるだろう。

文=長谷川町蔵

長谷川町蔵●ライター&コラムニスト。「映画秘宝」「CDジャーナル」「EYESCREAM」などに連載中。著書に「インナー・シティ・ブルース」(スペースシャワーブックス)、「文化系のためのヒップホップ入門1~3」(アルテスパブリッシング/大和田俊之と共著)、「ヤング・アダルトU.S.A.」(DU BOOKS/山崎まどかと共著)など。人生で最も観た映画は『ブレックファスト・クラブ』。

<放送情報>
ヴァージン・スーサイズ
放送日時:2021年10月4日(月)10:15~、9日(土)17:20~
チャンネル:スターチャンネル2

(吹)ヴァージン・スーサイズ
放送日時:2021年10月11日(月)12:40~、18日(月)20:00~
チャンネル:スターチャンネル3
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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