初対面で最悪の印象を互いに持った男女が、「男女の間に友情は成立するか」という命題に苦悩する『恋人たちの予感』

男女の間に友情は成立するのか?
ラブコメの傑作『恋人たちの予感』が描く恋愛のやっかいさ

2022/01/31 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第11回に登場するのは、『恋人たちの予感』(1989年)。ニューヨークを舞台に、友情で結ばれていたとある男女が、真実の愛を見つけるまでの11年間を描いた物語だ。「男と女の間に友情は成立するのか」「セックスは友情の妨げになるのか」という恋愛における永遠のお題をテーマに、『スタンド・バイ・ミー』(1986年)のロブ・ライナー監督が自身の体験を基に映画化した作品。ライナーが脚本のノーラ・エフロンに企画を相談した際に交わした会話、考え方の違いが脚本作りに活かされている。主演はこの作品をきっかけに、「アメリカの恋人」として愛される女優となったメグ・ライアン。

大学を卒業したばかりのハリー(ビリー・クリスタル)とサリー(ライアン)は初めて出会った時、「男と女の間に真の友情は成立しない」というハリーの持論を巡り口論になる。お互いの印象は、なんてイヤな奴。しかし、最悪の出会いをした2人は5年後、10年後に偶然の再会を繰り返し、親しい友人となる―。

最初の出会いから数年後、ハリーとサリーは互いの恋愛事情を相談し合えるかけがえのない親友同士になっていた

ロブ・ライナー自身の経験も盛り込んだ1980年代のリアルな大人の恋愛事情

松崎「1989年に日本公開され、メグ・ライアン人気に火がついた作品です。今はもうなくなってしまった日比谷のみゆき座で、上映300本記念作品として大々的に公開されて、約2ヶ月半のロングラン・ヒットとなったのを鮮明に覚えています。男女の間に真の友情は成立するのか、というテーマは、当時の雑誌などでも頻繁に取り上げられていました」

小川「『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』と合わせたメグ・ライアンのラブコメ三部作ですね。つい最近も、ロブ・ライナーにハマっている友人に薦められて改めて観直したばかりでした」

松崎「公開から30年以上経った今観ても、やっぱりおもしろかったです」

小川「考えすぎてしまって恋愛体質になれない。他人からしたら、素直じゃないとか、ちょっとめんどうくさいと思われるようなタイプの人たちによる恋物語は数多ありますけど、80年代では少数派だったのかなと。ラブコメで一般的に描かれてきた『初めて出逢った人と恋に落ちる』ことって、現実にはあまりないのが現実に近いのかなと思いますし」

松崎「70年代の映画、特にアメリカン・ニューシネマでは出逢ってすぐに寝てしまうパターンがとても多かった気がします。それが80年代終わりになると、すぐ恋に落ちる人とそうでない人という両極端なパターンが出てきて。観終わった後に話すことがたくさんある作品で、メグ・ライアンがとにかくかわいい映画です」

小川「美しいしチャーミングだけれど、結婚できないかもしれないという女性の不安が描かれていますよね。今となっては、結婚はしてもしなくてもいいみたいな風潮ですが、当時は結婚するのが当たり前という時代だったでしょうし。日本の公開は1989年なので、1986年に男女雇用機会均等法が施行されてからまだ数年で、男女平等が世の中全体の目標とされていた頃ですよね。ジャーナリストのサリーが、意見をしっかり主張する強さと知性を持ちながら、でも寂しいという弱さも見せる等身大の人物として描かれていたことも、ヒットの要因だったのかなと思います」

松崎「この作品にリアリティを感じるのは、その作り方によるところも大きいと感じています。ハリーのモデルはロブ・ライナー自身ですし、サリーには脚本のノーラ・エフロンのキャラクターが反映されていたりします。例えばサラダの注文方法とか」

小川「ドレッシングはかけずに横に添えてってやつですね」

松崎「そうそう。あと、この作品を語るうえで避けられないのが、デリで食事中にサリーがハリーの前で演じて見せる、フェイク・オーガズムのシーンです。映画史上に残る名シーンですが(笑)、エフロンと男女の考え方の違いなどを語り合う中で、『女性なら誰でもイッたふりができる』と聞いたロブ・ライナーが愕然として、映画の一シーンに組み入れたというエピソードはとても有名です」

小川「性に対するリアルな意見が反映されているわけですね」

松崎「リアルを際立たせているのは、ハリー役のビリー・クリスタル、その親友ジェス役のブルーノ・カービイがロブ・ライナーと親友同士であること。それこそ、ライナーとクリスタルは離婚で落ち込んでいた時に、互いを慰め合っていた関係なんです。そんな彼らの親密感がリアリティを生んでいる気がします。ちなみに、サリーのフェイク・オーガズムのシーン直後に、『彼女と同じものを』とオーダーするおばさんはライナーのお母さんが演じています」

小川「ハリーとサリー、どちらも常に本音で、まあまあお互い同等にめんどくさいというか、こだわりが強いですよね」

松崎「いい友だちだったのに恋愛関係になってしまう2人。セックスを介在させちゃうことのめんどうくささが、2人のやりとりからひしひしと伝わってきます」

小川「2人は散々、恋愛だけじゃなくあらゆる話を共有してきた関係じゃないですか。自分だったら、長年の友情を築いてきた相手との恋愛はなかなか難しいだろうなと正直思ってしまうからこそ、幻想を押し付けたり、変にカッコつけたり、取り繕ったりすることがない状態で恋に落ちることができるというのは羨ましくもありますね」

松崎「僕の知人に、8年くらい友人関係を経て結婚したカップルがいます。彼が、海外赴任が決まったことを告げたら彼女は涙を流し、彼も日本を離れることを考えた時、彼女の大切さを感じたらしいです」

小川「まさにドラマだ。『恋人たちの予感』を薦めてきた友人も、10年来の親友と結婚したので、そういうパターンもあるんですよね」

松崎「『1日の最後に話したいのは君なんだ』というハリーのセリフに至った人たちなのでしょう。メグ・ライアンはハリーとサリーは出会った時から惹かれ合っていたけれど、2人とも素直じゃないから、お互いを好きなことに気づくまでに12年かかったという解釈で演じていたそうです」

小川「惹かれていたとしても、年齢やタイミングによって感じ方の違いはあると思います。ハリーとサリーはそれぞれにパートナーがいる時でも、お互いを目で追っていますよね。恋に至らなくても、ずっと意識はしている。でも、元妻に恋人ができたり、元カレが結婚したりすればお互いにすぐ駆けつけたり、慰め合える距離感なんですよね。別れた相手が人生の別のフェーズに入ったことを不意打ちで知ると、未練はなかったとしてもなぜかショックで親友と飲んでしゃべる、みたいなことは自分を含め周りでも未だにあることなので、見れば見るほど羨ましさが募りました(笑)」

松崎「心が残っているわけじゃないけれど、何か言いたくなる気持ちはわかります。僕も、はるか昔の恋愛話ですが、ペアルックが苦手と言っていた元カノが次に付き合った彼とペアルックをしていると知った時、心が張り裂けました(笑)。別に、ペアルックをしたかったわけじゃなくて、『苦手って言っていたのに』と」

小川「かわいいエピソード(笑)。この人とはできないけれど、次の人とはできるって、誰にでも起こり得ることですよね。結婚したくないと言っていた人が次に出会った人と結婚したり、子どもはほしくないと言っていたはずなのに子どもを授かったりという話はよく聞きます」

松崎「それこそサリーの元カレもそうですよね。『言っていたことと違うじゃないか』ってツッコミたくなります」

小川「相手が違うわけだから、できること、できないことが変わるのは当たり前といえば当たり前だけど、なぜかもやもやしてしまうのは、可能性が断ち切られる気がするからなのかなと。それこそ、結婚していたかも、子どもができていたかもという、あったかもしれない世界線が完全に消滅することに対してショックを受けているのかもしれません。既に超高齢化社会ですし、しようと思えば何歳までも恋愛できる時代とも言えるので、別れてもまた何十年後に付き合えるかもしれない。映画の中にも、離婚した相手と再婚した夫婦のエピソード、出てきましたよね?」

松崎「本編中に何度も差し込まれる老夫婦やカップルのエピソードですね。初めて観た時は、本物のカップルが登場していると思ったのですが、それぞれ役者が演じているそうです。紹介されるエピソード自体は本物なので、リアリティを感じるシーンに仕上がっています」

小川「脚本にリアリティがあるのだから、本人がやるよりも役者が演じた方が説得力は出ますよね。しらけた感じで夫を見る目とかよかったですね」

ハリーのキャラクターや劇中に登場するエピソードは、ロブ・ライナー監督の経験も反映されている

ハリーとサリーの関係性を表した秀逸な邦題

松崎「ハリーとサリーは、最初の出会いではかっこつけてマイペースをわざと押し出すようなところもあるけれど、5年ごとのインターバルを経て、それぞれの立場も変わってくるし、大事な人とどう生きていきたいかを考えるように熟成していきます」

小川「出会いの印象が最悪だった2人は、時間を経ても相手に言われたことはけっこう細かく覚えている。でも自分の発言は覚えていないんですよね。そういうシーンを観て、これは身に覚えがあるなと思いました。人から言われたことは刺さっていたり、傷ついたりしているからか、記憶しているんですけど、自分が言ったことは、『私、そんなこと言ったっけ?』ってよく言っていますね」

松崎「悪い印象でも覚えているということは、惹かれ合っていた証拠なのかな」

小川「惹かれるまでいっていたかはわからないですが、痛いとか、刺さる言葉を言う人としての意識はあったんでしょうね。どうでもいい人に言われたことは覚えていないし、その人の存在すら忘れていることだってありますから」

松崎「確かに。気にも留めない人は記憶に残らず忘れてしまいます」

小川「第一印象で『失礼な人』と思っていたのに、いつの間にか好きになるみたいな話はよくありますしね」

松崎「『イラつく』と愚痴をこぼしていたはずの2人が付き合い始めたり(笑)」

小川「相手を意識しているからこそ、ちょっとツンケンしちゃうみたいなことも、子ども時代から変わらないあるあるなのかもしれないですね」

松崎「好きな子をいじめてしまうという感じかな」

小川「そうそう。そういう子どもっぽさがハリーの魅力なのかも」

松崎「ハリーのモデル、ロブ・ライナー監督も自分のことをピーターパン症候群と認めちゃっていますし」

次第に惹かれ合っていくハリーとサリー。友人から恋人になる難しさ、めんどうくささが描かれる

小川「映画の魅力にもなっている部分です。魅力といえば、『恋人たちの予感』という、日本語タイトルも秀逸ですよね。時代を感じはしますが、ロマンチックで」

松崎「割とうまいこと作った邦題の一つじゃないでしょうか」

小川「邦題とは裏腹に、本編に流れる空気は結構ドライですよね。ロマンチック=ウェットと言うわけではないですが、2人の関係が乾いたところから始まって、次第に強固なものになっていくところにうまくフィットしたんですかね」

松崎「(原題の)『When Harry Met Sally…』とそのまま言われてもなんのことだかわからないし、『ハリーがサリーと出会った時』と直訳されてもピンとこないですしね」

小川「とてもいいタイトルだけど、12年かけた予感ってずいぶん気長だなとちょっとツッコミを入れてしまう自分もいましたが(笑)」

松崎「いい意味での『看板に偽りあり』だと思います」

小川「たしかに!こういう偽りならむしろウェルカムですね」

松崎「今の時代、『騙された』と怒る人もいるかもしれないけれど、騙されたと思うのも映画の醍醐味だったりしますよね」

小川「性暴行シーンがあるのに、純粋ラブロマンスと看板を付けるようなミスリードは時に問題かなと思いますが、『騙された!』と楽しめる作品は私も好きです。邦題、原題どちらも知って、なぜそのタイトルになったのかを想像してみるのも映画の醍醐味ですよね」

松崎「ひどいものもあるけれど、ひと昔前ふた昔前の日本語タイトルには優秀なものが多かった気もしています」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
恋人たちの予感
放送日時:2022年2月14日(月)19:00~、24日(木)17:00~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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