強烈な印象を残すギリシャの鬼才、ヨルゴス・ランティモスの作品(『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』)

一度ハマったら抜け出せない…
ギリシャの鬼才、ヨルゴス・ランティモスの映画のヤバさに迫る

2022/06/27 公開

今をときめくヨルゴス・ランティモス監督、その映画はヤバい。

なにがヤバいかって、「今、いったい何の映画を観ているんだろう」という感じが強烈でヤバい。ストーリーが難解なわけでも哲学的なわけでもない。ただ鑑賞中に「これはいったい何なのだ」という、脳みそをブルブル揺さぶられる感じがずっとある。

第91回米アカデミー賞にて作品賞など多数ノミネートされた『女王陛下のお気に入り』(2018年)も、決められた期限内に配偶者を見つけられなければ動物に変えられてしまうという『ロブスター』(2015年)もブッ飛んでいた。だけど、その前から彼の映画は世界トップレベルでヤバかった。

外の世界から隔絶された一家の崩壊を描く『籠の中の乙女』

たぶん最初に日本で公開されたのは、初期作『籠の中の乙女』(2009年)。ある一家を描いた映画だ。広大な庭に立派な家。住んでいるのは、両親と2人の娘と1人の息子。一見幸せそうな5人家族。だけど、何かが普通じゃない。大学生くらいの年齢の子どもたちが使っている言葉が、わたしたちが知っている意味とは異なっているのだ。なんだこれは。そう思って観ていると、徐々に異様な設定が明かされていく。

子どもたちを豪邸の敷地内から出さずに育ててきたある一家の崩壊を描く『籠の中の乙女』

子どもたちは、家の敷地外に出ることを許されず、ずっと壁の中で暮らしているのだ。父親だけは職場に毎日出かけていくが、母親も子どもたちと一緒に家に閉じこもっている。いつからなのか?いったいなんのために?謎が謎を呼ぶ。

だけどランティモス監督の映画は、観客にわかりやすい説明を与えて安心させることをしない。世界が現在の形になった理由なんかわからなくても、みんな世界の中で生きているじゃないか。だからありのまま享受せよ。わからないことにうろたえるな。そう言われている気持ちになり、いつしかそのわからなさが心地良くなってくる。そうなってしまうと、すでにランティモス映画の虜である。

ランティモス監督の映画は、どれも痛い。でも決してアクションが多いわけでも、暴力の溢れる世界でもない。ただ、不意に痛覚が刺激される。その痛さは心理的なものと、肉体的なもの、どちらもありえる。

『籠の中の乙女』で、家の敷地外に出ることを長い間禁じられてきた子どもたちは、やがて疑問を抱くようになるだろう。「外の世界は、本当に親が言うとおりになっているのか?」。人が変わろうとした時、そこに社会や人間関係の壁が立ちはだかる。その壁は時に人を、軋んだ暴力へと至らせる。ランティモス監督はその軋みをじっくりと、これでもかと観客へ見せつける。

子どもたちの外の世界に対する些細な好奇心から、親が守ってきた完璧な世界に小さな綻びが生じる(『籠の中の乙女』)

ミステリアスな青年の登場によって家族に異変が起こる『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』

大いに話題となった『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017年)も家族の話だ。ギリシャ出身のランティモス監督は本作撮影時、すでに世界的な監督となっていて、コリン・ファレルとニコール・キッドマンというハリウッドスターを主演に迎えた。この俳優2人は、医師として裕福な生活を送る夫婦を演じ、長女と長男にも恵まれている設定だ。そこにバリー・キオガン扮する不気味な青年が闖入してくることで、一家の平和が崩れていく。

ある外科医が亡くなった元患者の息子を家に招いたことから、子どもたちに異変が起きていく『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』

タイトル自体も謎に満ちているが、この映画自体、謎が謎を呼ぶ作りとなっている。謎の青年は主人公の心臓外科医(ファレル)を慕っているようだが、次第にその行動が異常になっていく。やけに頻繁に電話をしてきて、家庭にもさりげなく入り込んでくるのだ。まるで妖怪か何かのようだ。そして、ついに大いなる暴力が起動する。

夫婦の小さな息子の両足が突如として動かなくなり、思春期の娘は食事が喉を通らなくなる。原因は医者にもわからない。青年は主人公に言い放つ。「あなたが家族の一人を誰か犠牲にして殺さなければ、家族全員が死ぬことになる」。

コリン・ファレル演じる心臓外科医の妻役でニコール・キッドマンも出演(『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』)

ランティモス監督が初期から一貫して撮り続けてきたのは、不条理劇ともいえる。スリラーといえばスリラーだけど、ただ怖いだけじゃなく、なぜか笑えてしまうシーンも多い。だから、ジャンルでくくると彼の映画の魅力は減じてしまう。

『籠の中の乙女』では、娘2人による奇妙なダンス。『聖なる鹿殺し』では、青年に言われるまま脇毛を見せてあげる医師。などなど、意味がわからないけれど強烈なインパクトを残すシーンがいくつもある。ホラーとコメディは紙一重、とよく言われるけれど、ランティモス映画はホラーにもコメディにもいききらない、その狭間の汽水域をゆらゆらと揺れ続ける。その手触りがクセになったら、もう彼の映画の魅力から逃れられない。不可思議な謎を、謎のまま面白がって、ぜひ現代最先端の不条理劇として堪能してほしい。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)など。

<放送情報>
聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア
放送日時:2022年7月4日(月)1:15~、20日(水)23:00~

籠の中の乙女 [R15+指定版]
放送日時:2022年7月4日(月)3:30~、21日(木)1:15~
チャンネル:WOWOWプラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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