これはホラーなのか?奇妙な混乱に襲われる 英国的ゴシック映画『ザ・リトル・ストレンジャー』を考察する

これはホラーなのか?奇妙な混乱に襲われる 英国的ゴシック映画『ザ・リトル・ストレンジャー』を考察する

予測不能な展開に引き込まれていく『ザ・リトル・ストレンジャー』

  • こんなホラーが観たい

これはホラーなのか?奇妙な混乱に襲われる
英国的ゴシック映画『ザ・リトル・ストレンジャー』を考察する

2021/04/05 公開

朽ち果てた館を舞台に描かれる、衰退した名家の呪われた運命

人はなぜ映画を観るのか。ホラー映画はその動機付けが最も明快なジャンルである。ずばり「怖いものが観たい!」からホラーを鑑賞するのだ。

ところが冒頭から30分、1時間経っても派手な超常現象が一切起こらず、悪霊や怪物さえ現れなかったらどうなるだろう。待てども待てども怖いもの見たさの欲求が満たされない観客は、「これって本当にホラーなのか?」という疑念がわき起こり、「もしやスリラーか、はたまたダークな心理劇なのか?」と思案をめぐらせることになるだろう。ブッカー賞候補にもなったサラ・ウォーターズの小説「エアーズ家の没落」の映画化『ザ・リトル・ストレンジャー』(2018年)は、まさしくそのような奇妙な混乱をもたらす映画だ。

登場人物たちはみな不穏な空気をまとっている

第二次世界大戦直後、イングランドの田舎町。貧しい労働者階級出身の医師ファラデーが、往診のためハンドレッズ領主館と呼ばれるエアーズ家の大邸宅を訪れる。かつては栄華を誇ったものの、今は朽ち果てかけたこの館には、戦争でひどいヤケドを負った退役軍人のロデリックとその姉キャロライン、年老いたエアーズ夫人、メイドの少女ベティが住んでいる。やがてファラデーはキャロラインと親密になっていくが、館の中で不可解な出来事が続発し、エアーズ家の人々に災いが降りかかるのだった…。

医師ファラデーは退役軍人ロデリックの治療のため屋敷へ通うように

衰退した名家の呪われた運命を描くこの映画は、エドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」やダフネ・デュ・モーリアの「レベッカ」を彷彿とさせるゴシック・ホラー風の意匠が凝らされている。とりわけ3階建ての館のプロダクション・デザインが秀逸で、天窓と階段を見上げる広いホールなど、幽霊屋敷もののゴーストストーリーを語るにふさわしい舞台装置が完璧に整っている。それなのに、前述したように幽霊はなかなか姿を見せない。シャーロット・ランプリング扮するエアーズ夫人はスーザンという幼い娘のゴーストが館に棲みついていると主張するが、それを裏付ける決定的な瞬間は映像化されず、住人たちを悩ます何者かの気配や不審な物音といったポルターガイスト現象の描写もこのうえなく控えめだ。ハリウッドの人気ホラー、例えば超常現象ハンターと悪魔の死闘が見せ場満載で繰り広げられる『死霊館』シリーズなどと比べるとはるかに慎ましく、優美にして憂鬱な緊張感が全編にわたって持続する。

夫人は幽霊の存在を察していたようだが…

観る者それぞれの解釈が分かれる映画。読み解くカギは?

はたして、これはスーパーナチュラルなホラーか、人為的な犯罪が絡むスリラーなのか、それとも…。少なくとも単純なジャンルムービーではない。落ちぶれて借金苦にもあえぐエアーズ家の人々を憐れむ主人公ファラデーは、無力な彼らを救おうとする献身的な善人のように登場するが、物語が進むうちに隠された別の顔が浮かび上がってくる。約30年前の少年時代に一度だけエアーズ家の館に招き入れられ、その浮世離れした壮麗さに魅了された過去を持つファラデーは、あるオブセッションに取り憑かれていることが明かされていく。そのオブセッションとは館への異常な憧憬であり、いかなる手を使ってでも愛するものを手に入れようとする妄執、狂気と言ってもいい。いわばファラデーは、一人称のミステリー小説における「信頼できない語り手」だ。そんなファラデーの暗く歪んだ内面をあぶり出すドラマには、英国社会における階層間の断絶というテーマがこめられており、謎解きの興趣をかき立てる「記憶」というモチーフも盛り込まれている。

ファラデーの屋敷への執着は、彼の過去に関係していた

日本では劇場未公開、未DVD化、現在は配信でも観られない本作の監督を務めたのは、『ルーム』(2015年)で世界的な成功を収めたレニー・アブラハムソン。ホラーの専門家でも職人監督でもなく、こけおどしのショック描写などには目もくれないアブラハムソンは、いくつもの複雑なエッセンスをはらんだウォルターズの原作小説の味わいを尊重し、極めて巧妙かつ繊細な語り口でスリラー、ミステリー、心理ドラマとの境界を揺らめくゴシック映画に仕上げた。しかも館の惨劇をめぐる「秘密」は解き明かされるが、最後まで「謎」が残されるため、エンディングを見届けても観る者それぞれの解釈が分かれる映画になっている。ホラーとその他のジャンルを区別するうえでのポピュラーな論点のひとつである「超常現象は起こったのか、起こらなかったのか?」というポイントすらも意見が割れる可能性がある。

観終わった後の余韻が深く残る

待してはいけない。それならどうしてホラー映画のコラムでわざわざこれを取り上げたのかとお叱りを受けそうだが、「超常現象は起こったのか?」という上記のクエスチョンに対する筆者の解釈は「イエス」なのだ。そもそも題名の『小さなよそ者』とは、いったい誰のことを指しているのか。そこにも、この不吉で物哀しい英国的怪談映画を読み解くカギが隠されている。

文=高橋諭治

高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。

<放送情報>
ザ・リトル・ストレンジャー
放送日時:2021年4月11日(日)19:00~、23日(金)4:15~
チャンネル:スターチャンネル1
※放送スケジュールは変更になる場合があります