コロナ禍にこそ観てほしい 『未来世紀ブラジル』のディストピア的映像世界

コロナ禍にこそ観てほしい 『未来世紀ブラジル』のディストピア的映像世界

『2人のローマ教皇』などで知られるジョナサン・プライス演じる主人公サム

  • 知られざる名作発掘

コロナ禍にこそ観てほしい
『未来世紀ブラジル』のディストピア的映像世界

2021/05/24 公開

SFスリラー『未来世紀ブラジル』(1985年)は、今まさに観るべき映画である、と断言して本稿を進めていこうと思う。『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(2018年)も記憶に新しい鬼才テリー・ギリアムの代表作。公開時、これは様々な意味で問題作だった。アメリカでは製作の紆余曲折が多すぎて、問題になった。スタジオの米ユニバーサルとギリアムが編集権を巡って争い、問題になった。何より映画の中身が衝撃的で、問題になった。

名著「一九八四年」にインスパイアされたディストピアな近未来が舞台

改めて本作のストーリーを振り返ってみよう。舞台は、国民が徹底的に管理されている、どこかの国。情報省に勤務する男サムは、しがない小役人。誤認逮捕のもみ消しを上司に依頼され、神経をすり減らす彼は、夜ごと奇妙な夢をみるようになる。夢の中の彼は、翼を持つ騎士で、憧れの美女をさっそうと助けようとしていた。

そんなある日、夢に登場する美女によく似た女性ジルと出会い、また配管工をしているテロリストのタトルと知り合ったことで、サムの中で何かが弾けた。情報省に追われるジルを救うため、省内の機密を持ち出してしまうサム。果たして、彼は夢の中の騎士のようなヒーローになれるのか?

ジョージ・オーウェルの名著「一九八四年」にインスパイアされた本作が描くのは、一見クリーンだがディストピアでもある近未来だ。まず心を奪われるのは、レトロ=フューチャーな映像世界。役所のビジュアルは、徹底して前時代的で無機質。サムのまとうスーツも、1980年代のそれではなく、ひと昔前のものだ。整形手術や拷問装置など、本来ならハイテクであるべき技術やガジェットも、どこかレトロなビジュアルだ。

このレトロとフューチャーのギャップが笑いを呼ぶ、一つの要素となっているが、ギリアム作品ではブラックユーモアが魅力となるのはご存知のとおり。一方で、空を飛ぶ夢のシーンは摩訶不思議にして、解放感があり、これまたギリアム作品の特色でもあるイマジネーションの豊かさを感じさせずにおかない。

ドラマの面でもギリアム作品には大きな特徴がある。いずれの作品にも共通するのは、「ひどい現実と、素敵な幻想の対比」で、この要素をどこに着地させるか次第で後味は変わってくる。『バンデットQ』(1981年)や『バロン』(1989年)、『フィッシャー・キング』(1991年)は比較的温かみのあるファンタジーとして完結していた。これが、『ラスベガスをやっつけろ!』(1998年)や『ブラザーズ・グリム』(2005年)では風刺の色が濃くなる。それらに比べて、『未来世紀ブラジル』は風刺がさらに強くなり、メーターの針が陽ではなく陰の方へ振り切れてしまう。

コンピュータによる国民管理が徹底した仮想国「ブラジル」が物語の舞台

壮絶な結末を巡ってギリアムとユニバーサルが対立

ここから先は結末に触れることになるので、ネタバレを避けたい方は読まないことをオススメする。情報省、すなわち体制を敵に回してしまったサムはジタバタしながらも活躍を繰り広げる。唯一の味方である、名優ロバート・デ・ニーロ扮するタトルのテロ攻撃に支えられ、夢の中のヒロイックな自分に少しずつ近づいていく。目指すゴールはジルと結ばれること。その夢は、叶ったかに思えたのだが…。

ギリアムはやりきれない絶望を提示し、本作の風刺を痛烈なものにする。体制側は体面を守るためならば隠蔽や裏工作をいとわず、市民の人権はないに等しい。「ひどい現実」の中で、人間の自由は夢という「素敵な幻想」の中にしか存在しないのか? そんな問いを、ギリアムは投げかける。

ちなみに、本作を製作した米ユニバーサル・スタジオは、この救いのない結末に難色を示し、ギリアムの意図に反する再編集を行なって映画を30分以上短縮し、ハッピーエンドに作り変えてしまった。アメリカでテレビ放映されたこのバージョンは、今となってはギリアムの作家性を無視した劣悪なバージョンとして知られている。ギリアムとユニバーサルの壮絶な対立に関してはジャック・マシューズ著「バトル・オブ・ブラジル 『未来世紀ブラジル』ハリウッドに戦いを挑む」に詳しいので、興味のある方はぜひ読んでみてほしい。

1986年に日本で初公開された『未来世紀ブラジル』は、幸いにもギリアムの編集によるバージョンで、悲しすぎる結末は忘れられない印象を残した。筆者も当時、劇場で観て衝撃を受けた一人だ。当時の日本はバブルに向かってまっしぐらの時期。浮かれた空気はあちらこちらに見てとれたが、ひょっとしたら我々は、単に体制に踊らされているだけではないだろうか…と考えたこともあった。

そして2021年、コロナ禍から一年を経た今、この映画を観ると、そんな状況がよりリアルに思えてくる。お上の姿勢には、パンデミックの恐怖を盾に取り、自粛を強いてくるような「圧」を感じることがある。一方で、不正に関与させられ、役人が自ら命を絶つという痛ましい事件も起こったが、これもサムの末路にダブってくる。

サムの恐怖を、夢と現実を交錯させ、生々しくも幻想的に描いていく

現世はディストピアか?夢をみる以外に、我々は自由をなくしてしまうのだろうか?タトルのような救世主を待望するのは、夢物語か?いや、いっそタトルを目指してみるか?…そんなイマジネーションを膨らませてくれるのもギリアム作品の魅力。時を経ても古びないマスターピース的な作品を生み出した彼の才腕を再確認するという意味でも、本作は今観るべき映画だ。

文=相馬学

相馬学●1966年生まれ。アクションとスリラーが大好物のフリーライター。「DVD&動画配信でーた」、「SCREEN」、「Audition」、「SPA!」等の雑誌や、ネット媒体、劇場パンフレット等でお仕事中。

<放送情報>
未来世紀ブラジル
放送日時:2021年6月8日(火)9:45~、14日(月)23:45~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります