映像の奇術師、クリストファー・ノーラン 「時間操作」に挑み続けた偏執狂的な軌跡

映像の奇術師、クリストファー・ノーラン 「時間操作」に挑み続けた偏執狂的な軌跡

「時間逆行」の映像が大きな話題を呼んだ『TENET テネット』

  • 監督が語る巨匠の仕事

映像の奇術師、クリストファー・ノーラン
「時間操作」に挑み続けた偏執狂的な軌跡

2021/05/24 公開

この人の映画ほどシネマ・コンレプレックスやIMAXのスクリーンが似合う人はいない。それが、いまや巨匠的な位置にいるクリストファー・ノーラン監督。
コロナ禍の昨年、IMAXで観た『TENET テネット』(2020年)には、映像と音響の迫力に圧倒された。ノーラン監督はフィルムを使ってIMAXカメラで撮影し、映画館での上映を愛しているようだから、その作品もやはり巨大なスクリーンでの鑑賞が向いている。作品のスケールも巨匠らしく、年々大きくなっている気がする。しかし、いつからノーラン監督は巨匠になったのだろう。

時間を遡っていく映像が斬新だった出世作『メメント』

僕が最初にノーラン監督の作品と出会ったのは、たぶん多くの映画ファンの方と同じく、『メメント』(2000年)。強盗犯に襲われて約10分間しか記憶を保てなくなった男が、頼りない記憶を繋ぎとめながら犯人を追いかけていく。ポラロイド写真にメモを書きとめ、体中にタトゥーを彫って記録している、という描写が新鮮だった。さらに斬新だったのは、時間を遡りながら出来事を描いていく、という手法だ。過去へと物語が戻っていくのだ。

記憶障害に苦しむ主人公が妻殺しの犯人を追う『メメント』

もしかしたら過去にも同様の作品はあったのかもしれないけど、当時の僕は「こんな映画もあるんだ!」と素直に驚いたものだ。それ以来、ノーラン監督は『バットマン ビギンズ』(2005年)、『プレステージ』(2006年)などで着実にキャリアを重ねていき、『ダークナイト』(2008年)で一躍話題になり、気づけば巨匠の仲間入りを果たしていた。ただ、彼の映画作家的な素質と魅力は、初期の『メメント』にあったような「時間の操作」であることは変わらない。

ヒュー・ジャックマン&クリスチャン・ベール演じるマジシャンが、トリック合戦を繰り広げる『プレステージ』

「時間」という不確かなものを映画で描こうとするノーランの作家性

そもそも映画は、上映が始まったら観客が流れる時間を操作できない。作り手も手を加えることはできない。時間は不可逆的に先へ、未来へ、と進んでいく。DVDや配信では観客が巻き戻すことができるけど、それでも映画という媒体の持つ不可逆的な特性は、その誕生以来まったく変わっていない。そこが小説や絵画とは違う。プレイヤーが時間を操作できるビデオゲームとも違う。物語が問答無用に前進していくことで観客の好奇心が刺激され、未解決の謎に対するサスペンスを生む。

そこにノーラン監督は果敢に抵抗を挑み続ける。時間を戻すことに取り憑かれた男なのだ。「そもそも時間に、前とか後ろってあるんだっけ」と。彼の名を世界へ響かせた『メメント』には、その偏執狂的なエッセンスが凝縮されていた。

第三次世界大戦を止めようとする名もなきエージェントが活躍(『TENET テネット』)

それを規模的にも語り口的にもアップグレードさせたのが、昨年公開された最新作『TENET テネット』。なんとこの映画の中では、主人公だけじゃなくほかの登場人物たちも時間を遡っていく。観客も一緒に逆再生の映像を観ることになる。

「時間よ止まれ、そして戻れ」だ。

昔は映写技師しか許されなかった特権を、僕たち観客にも体感させてくれようとするノーラン監督。そのサービス精神が彼のどんな思想やトラウマに由来するのかはわからない。でも、ほかのどんな作家よりも、「時間」という不確かなものをなんとか映画で描こうとしているところに、彼の強い作家性がある。

睡眠中の人の潜在意識に侵入し、記憶を操作する男たちのミッションを描く『インセプション』

脇道にそれるが、『インセプション』(2010年)や『インターステラー』(2014年)も同じく「時間への懐疑」の派生形に違いない。僕たちが生きているとされる3次元世界の常識を疑うスタイルだ。「この常識って、ただ僕たちが見えてないだけで、上の次元の生命体から見たら、根底から覆るんじゃない?」とノーランは囁く。

正直なところ、アクション描写はほかの監督と比べて、特に優れているわけではないと僕は思っているけど、それでも奇術師的なノーラン監督の映画は毎回観るたびにワクワクさせられる。彼にしかできない映像表現を作ろうとしているからだ。

人類滅亡が迫る近未来、元宇宙飛行士が移住可能な惑星を探す『インターステラー』

観終わって、「あれって辻褄が合うんだろうか?」と友人と答え合わせをするのも一興だ。そういう意味で、いつも新作を楽しみにしながら映画館へ向かっている。とはいえ、最近は大作の製作が多いので、どれだけペースアップしても2年に1本作られるかどうか。次の新作はどんな奇術を見せてくれるのか、心待ちにしたい。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)など。連続ドラマ「ネメシス」が4月より放送中。

<放送情報>
メメント
放送日時:2021年6月19日(土)10:15~

プレステージ
放送日時:2021年6月19日(土)12:15~

インセプション
放送日時:2021年6月19日(土)14:30~

インターステラー
放送日時:2021年6月19日(土)17:00~

TENET テネット
放送日時:2021年6月19日(土)20:00~、27日(日)17:15~
チャンネル:WOWOWシネマ

(吹)TENET テネット
放送日時:2021年6月19日(土)13:00~、23日(水)17:25~
チャンネル:WOWOWプライム

TENET テネット
放送日時:2021年6月19日(土)21:00~、22日(火)14:00~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)TENET テネット
放送日時:2021年6月20日(日)21:00~、24日(木)13:00~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります