我々の知らない残酷な世界の存在を示す『悪の法則』における犯罪組織のおぞましさ

我々の知らない残酷な世界の存在を示す『悪の法則』における犯罪組織のおぞましさ

麻薬ビジネスに手を染める弁護士をマイケル・ファスベンダー、彼にその危険性を示す友人役でブラッド・ピットが出演

  • 事件捜査ファイル

我々の知らない残酷な世界の存在を示す
『悪の法則』における犯罪組織のおぞましさ

2021/07/26 公開

マイケル・ファスベンダー演じる弁護士は、満ち足りた生活を送り、魅力的な婚約者(ペネロペ・クルス)がいる成功者だ。そんな彼が彼女との結婚を控えるなか、さらなる収入を得ようと顧客であるクラブオーナーのライナー(ハヴィエル・バルデム)の口利きで、メキシコからコカインを密輸する取引に投資する。怪しい仲買人のウェストレイ(ブラッド・ピット)にサイドビジネスの危険性について忠告を受けながらも、弁護士は麻薬密売の底知れぬ深みに足をすくわれていく―。

成功者だった弁護士が次第にエスカレートする悪循環に陥っていく

2013年に公開された『悪の法則』は、満ち足りた男が遊び心から麻薬ビジネスに手を出し、取り返しのつかぬ事態を招いてしまう教訓的な寓話を、『ノーカントリー』(2007年)、『ザ・ロード』(2009年)の原作者として著名なコーマック・マッカーシーがオリジナル脚本としてまとめたものだ。

そこには人間の底知れぬ欲望や、ボタンの掛け違いからエスカレートしていく悪状況、そして終末的なエンディングという、彼の作家的特性が随所に顔を覗かせる。だが、それらは曖昧なままに示され、明快なドラマ運びを観る者に提供しないことから、マッカーシーの脚本家としての力量を疑う評価もあった。否、むしろこうした要素こそが、作品に対する想像の余地をもたらし、主人公の悲壮に満ちた末期を観る者の中で増幅させ、映画の絶望感はよりいっそう高まっていく。

弁護士の受難は、ある日コカインを運んでいたバイカーが国境付近で殺され、ブツが消えたことに端を発する。バイカーは彼が公選弁護を引き受けた女の息子で、スピード違反の罰金を母親に代わり払ってやっていたのだ。たったそれだけのつながりから、弁護士がライナーやウェストレイとグルになってコカインを奪ったと、組織から目をつけられたのである。背後にはライナーの愛人であるマルキナ(キャメロン・ディアス)が怪しい動きをしているとも知らず、主人公の運命は坂を転がるように一気に駆け落ちていく。

ペネロペ・クルスにキャメロン・ディアスといった豪華キャスト陣にも注目

観る者を絶望的な境地へと引きずり込む麻薬カルテルの存在

だがそんな作劇上の捻りがなくとも、この映画の恐怖の対象はダイレクトに伝わってくる。そう、麻薬カルテルの存在だ。

メキシコの麻薬戦争は、ビジネスのために縄張りを争い、殺人を常態化させるカルテルを顕在させた。そして連中が作り出す見せしめの死と、そのおぞましい所業は報道を通じて広く知られるところとなったのだ。本作において監督のリドリー・スコットは、カルテルを意思の疎通が叶わぬ絶対悪として描き出している。

スコット監督といえば世界的にも『エイリアン』(1979年)が周知されているが、カルテルもかの完全生物さながら、理屈も通じず妥協点の見つけられない存在として捉えられ、救いのない絶望的な境地へと観る者を引きずり込んでいく。連中が交わす会話には字幕が入らず、ノンスーパーなのも、そうした非コミュニケーションの恐怖を体現しているといえよう。

また監督は非凡な映像センスを存分に活かし、キャラクターたちのライフスタイルに応じた視覚的演出を徹底させ、ハイソできらびやかな主人公たちと、屎尿収集トラックに麻薬と腐乱死体を隠して運ぶカルテルとのコントラストを強調する。なぜ死体を?理由はない。連中はそれが気の利いたジョークだと思っている、と運び屋は語る。

さらにこうした対照性の究みにあるのが、ポリートを首に巻かれたウェストレイの殺害シーンだろう。ポリートとは電動でワイヤーを締め上げていく暗殺具の呼称で、映画のために創造された架空のガジェット(小道具)だが、あたかもカルテルが邪魔者を消すために使うような実用感を放つ。

ロンドンの中心都市でおこなわれる、この弁護士まわりの公開処刑は、クリーンな街角で血しぶきが飛散する過度なコントラストを放ち、カルテルの異常性を象徴する残虐場面としてトラウマを残す。我々はそのおぞましい光景を目の当たりし、連中のいる世界に関わりを持つことを本能的に拒絶するだろう。

カウンセラーに麻薬ビジネスを勧める実業家をハヴィエル・バルデムが怪演

『悪の法則』はフィクションであり、何かしらの事実に基づく犯罪映画ではないが、反社会的組織の過度な暴力性や身の縮むような残忍さを、下手なドキュメンタリーよりも実感できる。甘美な夢を見るだけが映画体験ではない、そこには司法も正義も通じない、自分の知らない過酷な現実があることを知るのも、また映画の役割なのだ。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
悪の法則
放送日時:2021年8月16日(月)10:45~

(吹)悪の法則
放送日時:2021年8月5日(木)21:00~

チャンネル:WOWOWプラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります