漂う憂鬱感がなんとも心地よい鬼才、デヴィッド・フィンチャーという世界

	漂う憂鬱感がなんとも心地よい鬼才、デヴィッド・フィンチャーという世界

男たちが地下室で互いに殴り合う秘密組織「ファイト・クラブ」を描く

  • 監督が語る巨匠の仕事

漂う憂鬱感がなんとも心地よい
鬼才、デヴィッド・フィンチャーという世界

2021/07/26 公開

高校時代、剣道部だった。めちゃくちゃ厳しい稽古のあと、剣道着を脱いでいたら先輩がいきなり話しだした。「オレ、『セブン』スゲー好きだった」。

その頃、私は将来、映画監督になろうと決めていて、「おっ、デヴィッド・フィンチャー!」と心の中で叫んだが、「僕も好きです」とはなぜか言えなかった。稽古で疲れ過ぎていたのかもしれない。

今も、デヴィッド・フィンチャー監督が好きだ。高校時代からずっと好きな映画監督なんて、何人いるだろうか。新作をもう撮っていなかったり、作品がつまらなくなった監督の方が多い気がする。前回取り上げたスティーヴン・スピルバーグ監督は逆で、当時はベタすぎて「好き」とは言えなかった。

不眠症に悩む主人公をエドワード・ノートン、彼の前に現れる謎のキレ男をブラッド・ピットが演じる(『ファイト・クラブ』)

社会に生きる人々の孤独や徒労感をビシバシと叩きつける

今の子たちにとって、デヴィッド・フィンチャー監督とはどんな映画監督になるのだろう。私の学生時代は、才気走ったヤバイ人だった。代表作は『セブン』(1995年)、そして『ファイト・クラブ』(1999年)だ。どちらの映画も現代人の孤独だったり、社会で生きる徒労感だったりをビシバシと観客に叩きつける。映像も暗いので、とても憂鬱な気持ちにさせられる。そして困ったことに、その憂鬱さがだんだん心地よくなってきてしまうのだ。

『ファイト・クラブ』は、内気だった男子高校生の私にとって、ある種の憧れを抱かせてくれる作品だった。あの映画みたいなストリートファイトのクラブがあれば、オレだって殴り合ってやるぞ、なんて思っていた。もちろん実際にあったら、怖くて近寄れなかっただろうけど。でも、だいたいの男の子にとっては、『ファイト・クラブ』におけるブラッド・ピットみたいな存在は憧れのはず。自由で奔放、何にも縛られず、既成の枠組みをやすやすと飛び越える。

ブラッド・ピットのカリスマ性に誰もが虜に(『ファイト・クラブ』)

『セブン』には、そんな爽快さはない。ただ憂鬱な街で、憂鬱な顔をした刑事2人が陰惨な事件を捜査していく。キリスト教の「七つの大罪」になぞらえて、「罪」をモチーフにした連続殺人事件が起きていく。俳優たちがすごい。主演のブラッド・ピットに、モーガン・フリーマン、グウィネス・パルトロー、そしてケヴィン・スペイシー(何気に一番すごいのは、本作の役を引き受けたパルトローだと思うけど、ネタバレが絶対にできない映画なので詳しくは語れない)。

現代人の欲望を刺激しながら、その代償もきっちりと払わせる

その後のデヴィッド・フィンチャー監督もずっと憧れの人だった。『ゾディアック』(2006年)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010)、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)、『ゴーン・ガール』(2014年)、ここらへんは全部好きな映画で、すべての映画に共通しているのは、ある種の冷たさ、そして諦念だ。

ルーニー・マーラが奇抜なファッションに身を包む天才ハッカーを演じた『ドラゴン・タトゥーの女』

それは現代社会に生きる私たちの姿でもある。自分が生き残るために、時に利己的にならざるを得なかったり、他者に対して無関心になったりする。「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造じゃないけれど、フィンチャー監督は現代人の欲望をツンツンと突っつきつつ、それに付随する代償を取らせることを決して忘れない。だから残酷だ。絵空事のペラペラな希望みたいなもので観客を慰めたりはしないから、誠実ともいえる。どっちにしても、フィンチャー監督の映画のある種のヒヤリとした冷たさは、私のような社会に不適合気味の観客にとっては心地よい。

40年前の少女失踪事件の再調査をするうちに、巨大財閥一族の忌まわしき秘密が明らかになっていく(『ドラゴン・タトゥーの女』)

最後に映像的な余談を一つ。デヴィッド・フィンチャー監督の映像は、揺れない。カメラが少しぶれたり、微細な震動があったり、ということが画面上でほぼない。私が昨年、『シュシュシュの娘』(8月21日公開)という映画を撮った時、できるだけカメラを動かさず撮ろうとしたが、これがとにかく難しい。

風が吹いたり、カメラマンがちょっと動かしたりしてもダメなのだ。『ソーシャル・ネットワーク』のメイキング映像なんかを観ると、フィンチャー監督はめちゃくちゃ厳しくこれをチェックしていて、なんたる鬼監督かと思った。『セブン』の頃から一貫してこれをやり続けてもう四半世紀。やっぱりすさまじい監督だ。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)など。最新作『シュシュシュの娘』が8月21日(土)より全国ミニシアター公開。

<放送情報>
ドラゴン・タトゥーの女[R15+]
放送日時:2021年8月2日(月)12:30~、18日(水)21:00~
ファイト・クラブ[PG-12]
放送日時:2021年8月3日(火)14:30~、8日(日)18:30~
チャンネル:ザ・シネマ

ファイト・クラブ
放送日時:2021年8月28日(土)11:00~
チャンネル:WOWOWシネマ

ファイト・クラブ
放送日時:2021年8月29日(日)23:00~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります