『007』のダニエル・クレイグがしゃべくり名探偵役で脱ボンドへ!

『007』のダニエル・クレイグがしゃべくり名探偵役で脱ボンドへ!

ダニエル・クレイグがボンドとは一味違う魅力を見せる『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』

  • 今月の5つ星

『007』のダニエル・クレイグが
しゃべくり名探偵役で脱ボンドへ!

2021/08/23 公開

『スター・ウォーズ』の監督が込めたアガサ・クリスティへの憧れ

ニューヨーク郊外に住む世界的ミステリー作家、ハーラン・スロンビーが85歳の誕生日を迎えた翌朝、書斎で死体となって発見される。警察は状況から自殺と判断するが、匿名の調査依頼を請けてやって来た探偵ブランは、ハーランの家族と、彼の看護師で南米移民のマルタに聞き込みを開始。やがてミステリー作家の死に隠された意外な真相を手繰り寄せていく。

誕生日を祝うハーランと家族たち。幸せそうな彼らが秘める家族の歪みとは?

社会的にも金銭的にも恵まれた世界に浸り過ぎたハーランの家族の感情が複雑に絡み合い、ねじれていく本作の展開は、まさにミステリーの女王アガサ・クリスティが描く世界観を思わせる。それもそのはず。この『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』は、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017年)のライアン・ジョンソン監督が大好きなクリスティに捧げたオリジナル脚本なのだ。『最後のジェダイ』では評価が二分したようだが、こちらが全米各メディアに絶賛されたのは、ストーリー展開の巧みさとクリスティへの愛があちこちに覗いているせいなのかも。

肝心の探偵ブラン役は、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開も(今度こそ)間近に迫るダニエル・クレイグ。秘密裏に行動する諜報員ジェームズ・ボンドとは大違いで、じわじわと真実に近づいていく探偵を演じている。

ブランはハーランの長女とその夫、次男、亡き長男の妻と、次々に聞き込みを行う。この探偵、最初は刑事と家族のやり取りを「黙って、行儀よく聞いている」と宣言したはずが、いつの間にか身を乗り出し、南部風の訛りをまぜながら質問を投げかける。「しゃべるよりまず行動」のボンド役で黙り続けた不満を、ダニエルはこのおしゃべりで取り返しているの?

時に優雅に、時に驚きを露わに、聞き込み中もブランは多彩な表情を見せる

保身と遺産の心配ばかりに余念のない家族は、ハーランのお気に入りらしい無数の刃がドーナツをかたどるように飾られたオブジェの前で、それぞれに都合の良いことばかり話し嘘をつく。しかし観客には、彼らが思い起こす父との回想から、資金繰り、浮気、失業、ピン撥ねなど裕福なはずの家族に潜む歪みが浮き彫りにされる。まるでブランの青く澄んだ瞳にも回想が見えているかのように。それほどカメラはダニエルの眼と、凝視される家族の眼を印象的に捉える。

そんな家族の抱える歪みは、ハーランの弁護士(演じるのは『スター・ウォーズ』のヨーダの声でおなじみフランク・オズ)により彼の莫大な遺産がすべて家族ではなく、ハーランの「友人」として親身に接したマルタに譲られることが明かされると、さらに複雑な色合いを帯びていく。このあたりは関係者全員を集めて探偵が謎解きをするクリスティの世界そのものだが、答えが出るのはまだ先のこと。もうひとひねりが待っている。

ダニエル・クレイグの新たな魅力を引き出した快作

嘘をつくと嘔吐してしまう体質のマルタは、ブランに何かを隠している様子…

突然の事態にマルタは混乱。ハーランの家族から詰め寄られ困惑するマルタは、ハーランの孫で問題児扱いされているランサムに導かれ、屋敷から逃げ出す。正当な権利を与えられながら家族の誰もがマルタに遺産を渡す気はない。彼女はいったいどうすればいいのか?一歩先の展開も読めない物語が加速度的に進行し、やがてマルタや死んだハーランさえも知らない事の真相をブランが突き止める…。タイトルに冠されている「ナイフ」がクライマックスに生きてくる演出にもドキドキさせられ、最後まで着地点の見えない面白さに引き込まれる。

ボンドを演じる時と違い、アクションではなく推理力を駆使して真相を暴くダニエルの演技が新鮮。核心にズバズバと切り込むわけではなく、「この事件には、ドーナツの輪のように何かが欠けている」と疑問を提示しつつ状況を分析、推理を重ねていく様に、ダニエルの存在感が際立つ。ブランと絶妙な距離感で対峙し、彼の「ワトソン」役を担うマルタに扮するアナ・デ・アルマスはキューバ出身の女優。『007/ノータイム・トゥ・ダイ』でも主要な役でダニエルと共演しているので、ぜひチェックを。また、優等生キャラだったキャプテン・アメリカの印象が強いクリス・エヴァンスが、そのイメージを覆す問題児ランサムを好演しているのも見逃せない。

家族に問題児扱いされるランサムだが、マルタを助け意外な存在感を見せる

ちなみに、ハーランを演じたのは、今年2月に亡くなったクリストファー・プラマー。『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)のトラップ大佐役があまりに有名で、何をやっても『サウンド・オブ・ミュージック』の人と言われ続けた不幸な名優が老作家の死を体現して始まるミステリーは、ボンド役を卒業するダニエルの新たな一面を引き出した。すでにシリーズ化が決定し、2作目の製作が進んでいる。「ダニエルは『007』の人」と言われ続けることはなさそう。

文=渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー、ミュージカル。今一番の願いはスピルバーグの『ウェストサイド物語』を大スクリーンで見ること。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月1回出演。

<放送情報>
ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密
放送日時:2021年9月5日(日)23:00~、24日(金)14:30~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります