韓国映画史に残る傑作『下女』をリメイク「韓国映画の現在」と深くつながる『ハウスメイド』

韓国映画史に残る傑作『下女』をリメイク「韓国映画の現在」と深くつながる『ハウスメイド』

2010年のカンヌ国際映画祭でパルムドール候補となった『ハウスメイド』

  • 今月の韓国映画

韓国映画史に残る傑作『下女』をリメイク 
「韓国映画の現在」と深くつながる『ハウスメイド』

2022/02/21 公開

財閥一家を舞台に、欲望と狂気が交錯する

『ハウスメイド』(2010年)は、冷徹なブラック・ユーモアあふれる人間ドラマであると同時に、韓国の映画史を振り返り、現在の隆盛を考えさせる力を持つ作品だ。その理由について説明する前に、まずはストーリーから見ていくことにしよう。

友人が暮らす狭い部屋に同居しながら食堂で働いていたウニ(チョン・ドヨン)。その後、財閥家のメイドの職を得た彼女は、巨大な屋敷に住み込み、一家の主人であるフン(イ・ジョンジェ)と若き妻ヘラ(ソウ)、6歳の娘ナミと間もなく生まれてくる双子の世話をすることになる。先輩メイドのビョンシク(ユン・ヨジョン)の指示に従って働き出したウニは、やがて自分に向けられたフンの視線に熱いものを感じる。そして、一家と共に雪山の中にある別荘に出かけた夜、ウニの部屋にフンがやってくる…。

財閥一家のメイドとなったウニは、最初は一家の人々を好奇の目で見ていたが…

映画作りの環境がドラスティックに変わり、ホン・サンス、イ・チャンドン、キム・ジウン、ホ・ジノといった新人監督たちが次々と登場した90年代後半。『ハウスメイド』を手掛けたイム・サンスもその流れに連なる1人で、映画振興委員会の付属機関である韓国映画アカデミーを卒業後、都会に生きる女性たちの生態をあけすけに描いた『ディナーの後に』(1998年)で鮮烈なデビューを果たした。その後も、家族全員が浮気をしている弁護士一家が主人公の『浮気な家族』(2003年)、朴正煕大統領の暗殺を犯人の視点からシニカルに見つめた『ユゴ 大統領有故』(2005年)といった作品を発表。そんな彼が韓国映画史に残る傑作『下女』(1960年)をリメイクしたのが『ハウスメイド』だった。

純粋さと妖艶な魅力を併せ持つウニ役を、実力派女優チョン・ドヨンが演じる

『下女』を手掛けたキム・ギヨンは、1950年代に活動を始め、90年代後半から始まった再評価の波と入れ替わるように、不慮の事故で1998年に亡くなった伝説の監督だ。人間の欲望をグロテスクなまでに誇張して表現する独創的な作風は、ポン・ジュノやパク・チャヌクといった後輩監督たちにも大きな影響を与えた。ある中流家庭で働くことになった家政婦が家の主人と関係を持つことによって一家を破滅へと導いていく『下女』は、マーティン・スコセッシ監督の目に留まったことをきっかけに修復が施され、2008年のカンヌ国際映画祭でも上映されている。

怪物的な映画作家と称されるキム・ギヨンの代表作『下女』

このように評価の高いオリジナル版の制作から50年の時を経て作られた『ハウスメイド』では、「金持ちの家にメイドがやってきたことから起こる悲劇」という基本的な構造は維持しつつも、いくつかの変更がなされている。まずは、メイドがやってくる家庭の「金持ち」具合が大きくスケールアップしているところ。オリジナルの新居を建てたばかりの音楽教師一家は、莫大な財産を持つ財閥の一家となり、生活の糧として使われていたアップライトのピアノは、音楽好きの主人が出勤前に楽しむグランドピアノへと変化した。この変更についてイム・サンス監督は「新自由主義的な政策をとらざるを得なくなって以降、韓国の中産階級が崩壊していっているのを目撃しました。その一方でごく少数ではありますが『スーパーリッチ』とも言うべき人々も誕生し、この格差が2010年の韓国社会の一番大事な話題になってくるだろうと思いました」と語っていた。帰宅後はワインを嗜みながらクラシックを楽しみ、休日は温水プールのある別荘に出かけるフン一家の姿はスーパーリッチのカリカチュアのようにも見えるが、圧倒的な財力を誇る実際の財閥一家であれば十分にありえる「リアルな」描写なのだという。

ウニが働き始めたことで、一家の均衡は少しずつ崩れていく

韓国を代表する実力派スターたちの「凄み」を堪能

もうひとつ、リメイク版での大きな変更は、フンの家に古株のメイドが「もう1人」いることだろう。キム・ギヨン監督が『下女』をセルフリメイクした『火女』(1971年)で映画デビューしたユン・ヨジョン演じる先輩メイド、ビョンシクの存在は、ウニとフンの関係を外側から見る第三者の視線を加える。ちなみにイム・サンス監督は「資本主義社会で賃金をもらって働いている人は誰でもメイドだと思っています」とも述べており、その意味でビョンシクという「もう1人のメイド」は、映画を観る私たちの分身であるのかもしれない。

家のことを知り尽くすベテランのメイドは、ウニとフンの関係に気付く

50年前の名作をリメイクした『ハウスメイド』は、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)でアカデミー作品賞を受けたポン・ジュノ監督を介して「韓国映画の現在」とも深くつながっている。アカデミー賞の受賞後にインタビューに答えたポン・ジュノ監督は「キム・ギヨン作品を見ると金持ちの欲望や、家の中に部外者が入ってくるのがどれだけ危険かが分かる。『下女』における階段の使い方も印象深かった」と語っている。その言葉通り、「金持ちの欲望」「部外者の侵入」「階段」は、『下女』、『ハウスメイド』、『パラサイト』を結ぶキーワードだ。『ハウスメイド』の美術監督が『パラサイト』と同じイ・ハジュンで、独特の緊張感が漂う邸内をすべてセットで作ったというところも共通している。

御曹司フン役に、「イカゲーム」が話題のイ・ジョンジェ

出演者の顔ぶれも「韓国映画の現在」を象徴している。主人公のウニを演じているのは、2007年の『シークレット・サンシャイン』でカンヌ国際映画祭の女優賞に選ばれ、現在も精力的な活動の続くチョン・ドヨン。子どものような無防備さでフンを受け入れた後、彼らの底知れぬ残酷さに気づいていくウニという人物の複雑さを全身で見せていく。そんな彼女に近づくフン役はNetflixのドラマシリーズ「イカゲーム」(2021年)で、世界的に知られるようになったイ・ジョンジェ。望んだものはすべて手に入れることのできる御曹司役を「やりすぎ」ギリギリの大胆さで演じている。ラブストーリー、アクションと多彩なジャンルの作品に出演しつつも2000年代に入って低迷気味だった彼は、『ハウスメイド』への出演によって現在の活躍につながっていく新境地を開いた。さらに、先輩メイド、ビョンシク役のユン・ヨジョンは昨年『ミナリ』(2020年)でアカデミー賞の助演女優賞を受賞。スピーチで「この賞を私の最初の監督であるキム・ギヨン監督に捧げたいと思います」と語ったことも記憶に新しい。今作ではそんなユン・ヨジョンの俳優としての凄みも、堪能できる。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

<放送情報>
ハウスメイド [R15+]
放送日時:2022年3月1日(火)17:00~、31日(木)23:15~
チャンネル:ザ・シネマ

ハウスメイド
放送日時:2022年3月6日(日)23:30~
チャンネル:WOWOWプライム

下女
放送日時:2022年3月7日(月)5:00~、25日(金)3:00~

パラサイト 半地下の家族
放送日時:2022年3月21日(月・祝)13:30~

(吹)パラサイト 半地下の家族
放送日時:2022年3月27日(日)21:00~
チャンネル:ムービープラス

パラサイト 半地下の家族
放送日時:2022年3月27日(日)16:45~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります