何も知らないがゆえの遠い場所への憧れ『レディ・バード』で描かれる青春期の葛藤とイタさ...

何も知らないがゆえの遠い場所への憧れ『レディ・バード』で描かれる青春期の葛藤とイタさ...

グレタ・ガーウィグの長編監督デビュー作にして自伝的作品でもある『レディ・バード』

  • 恋愛映画のススメ

何も知らないがゆえの遠い場所への憧れ
『レディ・バード』で描かれる青春期の葛藤とイタさ…

2021/08/30 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第6回に登場するのは、『レディ・バード』(2017年)。第90回アカデミー賞で5部門にノミネートされ、第75回ゴールデングローブ賞では、ミュージカル・コメディ部門で作品賞と主演女優賞を受賞するなど、世界各国の映画賞で絶賛されたグレタ・ガーウィグの長編監督デビュー作だ。シアーシャ・ローナン主演、ルーカス・ヘッジズ、ティモシー・シャラメ共演の瑞々しい青春ドラマが描かれる。

舞台は2002年、カリフォルニア州サクラメント。閉塞感溢れる片田舎のカトリック系高校から、大都会ニューヨークへの大学進学を夢見るクリスティン(自称、レディ・バード)が、高校生活最後の1年、友達や彼氏、家族について、そして自分の将来について悩み、導き出した答えとは――。

誰もが覚えのある、「私にはもっとふさわしい場所がある」といきがる17歳の生意気さ

松崎「グレタ・ガーウィグの記念すべき長編監督第1作目で、自叙伝に近いとも言われています。物語の舞台も、彼女の実際の故郷であるサクラメントですし」

小川「レディ・バードのような、ここではないどこかばかりを見て周りがよく見えてない。そういう生意気な17歳の気持ちは分かります」

松崎「もっと他に私の居場所がある、という感じですよね」

小川「自分もたぶん、中学生くらいの時から、私の居場所はここじゃないという気持ちを抱いていましたし、実際高校でアメリカに交換留学しました。その場所をよく知らなくても、自由に見える世界に憧れることは多々ある年頃ですよね」

シアーシャ・ローナン演じる都会に憧れる主人公で、レディ・バードと名乗るクリスティン

松崎「その延長で恋愛もするわけだけど、レディ・バードの場合は、恋愛というよりも男性と付き合ってみたいという印象が強いです。カイル(シャラメ)とは最初の会話から噛み合ってない感が出ているのに、そんなところを気にせずいってしまう」

小川「ロックバンドでベースを弾く、洗練されていそうな読書家のプレイボーイ。モテる要素しかない」

松崎「パッとしない友だちとつるみながら、ある意味スペックの高い異性やグループに憧れるというのは高校生あるあるみたいなものかな、とも思いました。多かれ少なかれ、みんなそういう気持ちがある気がします」

小川「私も留学中は、スクールカーストの上位にいるような人たちと仲良くなって、彼らの近くにいることで居場所を見出していたところもあって。白人が9割の学校だったので、イケてないアジア人が生き残る手段というか」

松崎「学園内のヒエラルキーというのかな?そういうグループに属したい時期はあります。結局、無理に合わせようとすることで居心地が悪くなる。そこに恋愛が絡むとよりややこしくなります。レディ・バードは、恋愛対象も友だちもスペックで選んだことでこじらせたけれど、最後は仲良しのジュリー(ビーニー・フェルドスタイン)の元へ戻っていくわけですし」

小川「母親のことは愛しているけれど、母親みたいな人生は送りたくないとも思っている。複雑な感情で揺れていて、何者かになりたくて自分の居場所を探してもがく、普遍的なことが描かれている。たまに取り出して抱きしめたくなるような映画ですよね」

レディ・バードは親友のジュリーといつも一緒に行動しているが、イケてるグループへの憧れも

離れてみてこそ実感する、親や故郷のありがたみ

松崎「恋愛面でいうと、とても幼い恋愛感情が描かれています。レディ・バードがスペックで相手を選んでいる姿を見て、自分の経験も含めて、この年頃は男女問わず、異性に幻想を抱くのだなと思いました。欲望と理想のズレが大きくあるのもこの時期ならではだなと」

小川「自分のことも他人のこともよく見えていないのに、自分は特別だと思っている。だから特別風に見える人と居たい、そんな時期があったような気はします」

松崎「いろんな憧れに向かっていくけれど、ダニー(ヘッジズ)がゲイと知っても裏切られたと思わずに友だちでいられるところは、レディ・バードの根っこにあるやさしさが感じられました」

小川「自分のセクシャリティをわかっていても認められない環境がゆえの孤独や葛藤があって、それでも逃げないでちゃんと話をしに来てくれたら、それはもう受けとめてハグしますよ。もちろんちゃんとした心の通い合いができる人もいるだろうけど、自分を平均化したり、特別化したりするための、高校時代の<恋愛ごっこ>感はリアリティありましたよね」

校内ミュージカルで活躍するダニーというボーイフレンドもできる

松崎「初体験は儀式というか、ある種のプロジェクトのように描かれています」

小川「夢がないけど、多くの人が通る道というか、残念な初体験あるあるのようにも感じました。あっけなかったとか、大したことなかったとか、間違ったという感情は」

松崎「早めに経験した人からよく聞く話ですよね。まあ、とにかくレディ・バードみたいなタイプは一度、都会に出てみるのが良いと思います」

小川「グレタ・ガーウィグの映画って、作品自体は自然体で抜群にセンスがいいのに、キャラクターが絶妙にダサいんですよね。それが彼女の映画が愛される理由だと思います。洗練された人は好まないヒットソングを、実はこっそり好きだったり、思い出として大事にしていたりするようなところってあるので」

松崎「シアーシャ・ローナンはグレタ監督に出会えたことがすごく大きいですよね。『つぐない』(2007年)で13歳にして一躍スターになったけれど、10代の頃は『ラブリーボーン』(2009年)の幽霊や『ビザンチウム』(2012年)のヴァンパイアとか少女殺し屋とか、マニア向けの役が多かった気がします」

小川「確かに。鮮烈な印象を残す美少女でしたよね。ウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)あたりから、個性的でちょっと強気で行動力がある女の子の役が本当に合うなぁと思い始めました」

松崎「『ブルックリン』(2015年)の等身大の女の子がもがいて成長していくという感じは、『レディ・バード』にも近い感じのキャラクターです。そして、この後の『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』(2019年)へと続くわけです」

小川「(『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』では)本作に続いてティモシーと共演していましたね。再びの二人の掛け合い、高まりました」

いつも口うるさい母親とはケンカが絶えず、衝突を繰り返してばかり

松崎「グレタ組は結構キャストが重なっている。あて書きとまではいかないけれど、脚本で『その人だな』と思わせるように、役にアダプトしていく能力の高さを感じます」

小川「繊細にリアリティを構築していますよね。この映画は母娘の物語が軸になっていますが、ある意味、故郷のサクラメント=母親でもあるのだなと感じました。自分を育んでくれて、近くにいると煩わしくて、よくは見えない。でも外に出て見つめ直すと母のこともサクラメントも大好きなことがわかる。これも、多くの人が経験することだな、と」

松崎「ガーウィグが脚本と主演を務めた『フランシス・ハ』(2012年)で、ヒロインが落ちぶれた時に帰っていくのが、サクラメント。レディ・バードは、『この街が好きなのね』と先生に指摘されて自分の想いが分かるわけですが、そんなところが、彼女のかわいらしさでもあります。僕が大学に入ってできた友だちにも、彼女みたいなタイプがいました。地元が嫌で出てきたけれど、入学して1ヶ月くらいで帰りたいと言っていました(笑)。親子はずっと仲が悪い場合もあるけど、離れることで解り合えるケースも多い気がします」

小川「この母娘は似ているからぶつかるんですよね。ドレスの試着シーンで、母親に『あなたのベストバージョンでいて』と言われるシーンがあるけれど、レディ・バードは、『今が私のベストバージョン』と突っぱねる。ダメなところも含めて今の自分を見て、認めてほしいという気持ちはすごくわかります」

松崎「この母娘の会話でいろいろと思い出しました。自分もレディ・バードくらいの年の頃、親に対して生意気な口をきいていたなと」

小川「家を出るといっても、お金がなければ何もできない。私も社会で厳しい現実を知って初めて、自分が誰のおかげで生きてこられたのか、親のありがたさがわかったタイプなので、10代はまぁレディ・バードのような口をきいてしまっていました」

松崎「偉そうなことを僕もよく親に言っていたなと、恥ずかしくなりました。今、大学生の娘を持つ父なので、今度は親の立場で経験しています(笑)」

小川「自分が今こうして生きていることを感謝できる映画でもありますね」

松崎「本当にそうですね、親に感謝する映画です」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
レディ・バード
放送日時:2021年9月6日(月)2:00~、14日(火)1:00~

チャンネル:ムービープラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります