異常さとバイオレンスに満ちた「マッドマックス」シリーズ 荒廃し、壊れた世界で人間性が試される

異常さとバイオレンスに満ちた「マッドマックス」シリーズ 荒廃し、壊れた世界で人間性が試される

120分の上映時間ほとんどをクレイジーな自動車たちが疾走し続ける『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

  • ヒーロー大図鑑

異常さとバイオレンスに満ちた「マッドマックス」シリーズ
荒廃し、壊れた世界で人間性が試される

2022/01/31 公開

古今東西・男女を問わず、映画の中のアクションヒーローを取り上げては縦横斜めから掘り下げてきた当コラム。今回はいよいよ、「マッドマックス」シリーズより、言わずと知れた主人公マックス・ロカタンスキーである。やったー!

と書いてみてふと考え込んでしまう。マックスを単純に「アクションヒーロー」と呼んでよいものだろうか。初登場は1979年の第1作『マッドマックス』。近未来、治安の悪化したオーストラリアには凶暴なバイク・ギャングが跋扈している。これを取り締まる特捜隊MFP(メイン・フォース・パトロール)のエースがマックス(メル・ギブソンが若い)であった。

治安の悪化した近未来のオーストラリアを舞台に、特捜隊MFPに所属する主人公とバイク・ギャングたちとの戦いを描く『マッドマックス』

V8スーパーチャージャーを搭載したパトカー、インターセプターを駆り、暴走族を追うマックスとMFPの隊員たち。しかし、その抗争が加熱するにつれて族の狂気も臨界点を超え、ついにマックスの同僚にして親友グースが命を落とす事態に発展してしまう。さらに暴走族のリーダー、トーカッター(ヒュー・キース=バーン)はマックスの妻子を惨殺。怒りに燃えたマックスはインターセプターに乗り込み、たった一人で復讐に向かう。自動車の猛スピードを武器にした壮絶な戦いの末に妻子と友の仇を討ったマックスは、いずこへと走り去っていく…。

異常な世界で復讐の鬼と化していく異色のヒーロー、マッドマックス

監督ジョージ・ミラーとプロデューサーのバイロン・ケネディが、今では考えられないような低予算で作り上げた『マッドマックス』第一部。やたら荒涼としたオーストラリアの風景の中で、異常に殺伐とした物語と、これまた異常にハイスピードな暴力が展開する。

トーカッター以下悪人たちにはさしたる計画もなく、とにかく近未来の郊外をバイオレンスで支配しようとするのみだ。初めて本作を観たのは数十年前、おそらくテレビ放映だったと思う。完全にキレてる暴走族ナイトライダーが、やはり異常にハイテンションな日本語吹替えで意味不明な台詞をまくしたてる冒頭から完全に心を掴まれた…というか、何か観てはいけないものを観ているような気持ちにさえさせられた。

主人公マックス・ロカタンスキーを演じるのはメル・ギブソン(『マッドマックス』)

悪人も善人も等しく常軌を逸した、やけに彩りのない世界(目を引く色彩があるとすれば雲一つない空の青さと、マックスたちの駆るインターセプターの眩しい黄色ぐらいのものだ。しかし後者でさえ物語が進むに従って真っ黒に塗り替えられていく)。その中で鉄の塊が猛スピードで疾駆、激突しては木っ端微塵になっていく。これはいったいなんだろう?

初見の時は思わず慄然とするばかりだった。それまで見たことのない光景が、どうにも馴染みのない大地を舞台に展開していた。ミラー&ケネディという当時30代半ばの若いコンビが、映画文化においてはまだ辺境の地であったオーストラリアで作り上げた本作。救急車に乗って救命士をやりながら本作の資金を作ったという、そんなミラーの経験も映画には生きているそうだ。

豪州郊外の異世界性、異様なテンションの高さと無茶苦茶なカー・バイオレンス。とにかくすべてがメーターを振り切っており、だからこそ何か異常なものを観た…という感触が初見の時から今に至るまで残っているのだと思う。

と、そこで思い至るのが、主人公マックスがヒーローか否か、という問題だ。『マッドマックス』第一部における主人公は当初職務に忠実な警官で、それが異常な世界で復讐の鬼と化していく。法の内側から外側に身を移して許せぬ悪を討つ、という点ではヒーローというよりヴィジランテ(自警団)により近い。世のため人のため…ということは、第一部の時点ではまだマックスの行動原理ではない。

豪州郊外の異世界性、異様なテンションの高さと無茶苦茶なカー・バイオレンスで話題になった(『マッドマックス』)

主人公が意図せずヒーローとなっていく過程を丹念に描いた「マッドマックス」シリーズ

その後、ギブソンがマックス役を演じた2つの作品で、主人公は徐々にヒーロー性を獲得していくことになる。前作から2年、その間に最終戦争が起きていきなり文明が崩壊しているので度肝を抜かれた『マッドマックス2』(1981年)。ここでのマックスは何もかもを失い、ただその日その日を生き延びるだけの、抜け殻のような人物である。

だが、核戦争後のいよいよ力だけがすべてを支配する世界にあって、なんとか人間らしい生活を続けようとする人々を(行きがかり上)助けることになる。今回の敵は黒いブリーフにホッケーマスク一丁のヒューマンガス(ケル・ニルソン)、およびモヒカンに全身革の黒装束の(だがケツだけは出ている)ウェズ(ヴァーノン・ウェルズ)という、言葉を失わざるをえない出で立ちの無法者たち。

これらケダモノたちとの対峙を一度は避けるマックスだが、己のプライドのために、そして無法者たちに虐げられる無辜の人々のために、再び猛スピードで疾走するマシンを駆って戦いに討って出ることとなる。

もはや文明の消え失せた本作では、第一部よりさらに荒涼とした世界が展開。その中を疾走するマシンたちもバラエティと速さ、凶暴性を増している。なおかつ主人公マックスが弱者のために立ち上がり、荒野にその名を伝説として残すに至る物語は無闇に感動的だ。ちょっといいところだけ摘まもうと思ったら結局最後まで観てしまうという『マッドマックス2』は、少なくとも最新作『怒りのデス・ロード』が出てくるまではシリーズ最高傑作と呼んで差し支えなかった。

オーストラリア発の2部作は全世界にショックを与え、結果的に第二部の2倍以上の製作費が投じられた第三部『マッドマックス/サンダードーム』(1985年)が作られることになる。今回のマックスは砂漠に生きる子どもたちを守るために、荒野の支配者アウンティ・エンティティ(ティナ・ターナー)の軍勢と戦うことになる。

ある種ハリウッド超大作の枠組みに入れられたこと、また名パートナーのバイロン・ケネディが1983年に死去、一人でシリーズを続けざるをえなくなったことも手伝ってか、ミラーの演出に前2作ほどの勢いはない。砂漠の奥の奥にひっそり存在するオアシスに生きる子どもたち、という設定も手伝って、作品にはバイオレンス・アクションというより、どこかファンタジーとしての風味も漂っている。

公開当時、期待でパンパンに胸を膨らませて観た際には、「マッドマックスが子どもの味方なんて、ガメラじゃないんだから…」と落胆したものだ。が、今になってみれば当時の自分が明らかに間違っていたことがわかる。

ギブソンの「マッドマックス」三部作は、復讐に燃えた末に抜け殻と化した主人公が(意図していなかったとしても)いずれ生きる意味を見出し、他者のために命を懸けるヒーローとなっていく物語だった。

今ではまるで珍しくなくなったスーパーヒーローというジャンル。そこで毎回紡がれる物語を、オリジナル・トリロジーは1985年の時点で完成させていた。『サンダードーム』ではティナ・ターナーが単純な悪人と切って捨てるには惜しい、ひと筋縄ではいかない名演を見せてもいる。今さら言うのもなんだが、もっと評価されるべき作品だと思う。

そして迎えた2015年の最新作、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』である。前3作の主人公と世界観は継承しつつ、主演をメルギブからトム・ハーディに交代した、いわゆる「ソフト・リブート」ともいうべき作品だ。『サンダードーム』と比較して最低でも約15倍、第1作とはもはや比較にならない巨費を投じ、ミラーが30年ぶりに叩きつけた。

主人公がトム・ハーディに代わった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

公開されるまでは正直不安もあったが、蓋を開ければ物語のスケールもキャラクター造形の異常性も、また120分の上映時間ほとんどをクレイジーな自動車たちが疾走し続ける展開も含め、完全にこちらの想像を超える世界が実現していた。ここ30年で映像技術は考えられないほどの進歩を遂げている。どんなに無茶な描写でもCGIでなんとかなる、にもかかわらず、ミラーは実写を使った生身のスタントにこだわった。

シャーリーズ・セロン演じるフュリオサがカッコイイ(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』)

崩壊した世界を支配する悪役イモータン・ジョー(第1作のヒュー・キース=バーンが再登板)の圧政から逃げ出した女丈夫フュリオサ(シャーリーズ・セロン。死ぬほどカッコイイ)。彼女がマックスと出会うことで、結局はジョーとの対決を決意して、映画の中盤でその砦に舞い戻るという展開には思わず言葉を失う。初見の際は「戻るんかーい!」と心中で叫んだものだが、よくよく考えればそれしかないのだ。

最新作で若返ったマックスは、これまでのどの作品よりも壊れた人間として描き込まれている。もう一人の主人公、フュリオサとの共闘を通じて、マックスが最終的に少しだけ人間性を回復するエンディングでは何度観ても涙をこぼしてしまう。

第1作で悪役を演じたヒュー・キース=バーンが演じる崩壊した世界を支配するイモータン・ジョー(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』)

第1作から数えて36年、「マッドマックス」シリーズは一貫して、主人公が意図せずヒーローとなっていく過程を丹念に描いた作品群だった。全4作品を観るたび、自分も明日から世のため人のためにできることをしようと決意するのである。目下、ミラーは若き日のフュリオサを主人公にした最新作を製作中だが、きっとここでもヒーローの誕生が無茶苦茶なアクションとともに思う存分描かれるはずだ。「マッドマックス」サーガの新しい物語を、今から寝ずに待機したい。

文=てらさわホーク

てらさわホーク●ライター。著書に「シュワルツェネッガー主義」(洋泉社)、「マーベル映画究極批評 アベンジャーズはいかにして世界を征服したのか?」(イースト・プレス)、共著に「ヨシキ×ホークのファッキン・ムービー・トーク!」(イースト・プレス)など。ライブラリーをふと見れば、なんだかんだアクション映画が8割を占める。

<放送情報>
マッドマックス
放送日時:2022年2月3日(木)3:45~、27日(日)2:30~

マッドマックス 怒りのデス・ロード [R15+]
放送日時:2022年2月22日(火)21:00~

(吹)マッドマックス 怒りのデス・ロード [R15+]
放送日時:2022年2月11日(金・祝)16:00~
チャンネル:ザ・シネマ

マッドマックス2
放送日時:2022年2月5日(土)13:00~

マッドマックス2 [吹替版]
放送日時:2022年2月17日(木)21:00~

マッドマックス/ サンダードーム
放送日時:2022年2月5日(土)14:45~

マッドマックス/ サンダードーム [吹替版]
放送日時:2022年2月17日(木)22:45~

チャンネル:WOWOWプラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります