『アイネクライネナハトムジーク』が描く普遍的なダメ恋愛?ちょっとしたアクションが「出会い」のきっかけに

『アイネクライネナハトムジーク』が描く普遍的なダメ恋愛?ちょっとしたアクションが「出会い」のきっかけに

様々な境遇の人たちの恋愛や人生の岐路を描く『アイネクライネナハトムジーク』

  • 恋愛映画のススメ

『アイネクライネナハトムジーク』が描く普遍的なダメ恋愛?
ちょっとしたアクションが「出会い」のきっかけに

2021/06/28 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚のない意見を交わし合うこの企画。第4回に登場するのは、ベストセラー作家、伊坂幸太郎がかねてから交流のあったシンガーソングライターの斉藤和義からのオファーを受けて書き下ろした短編小説集を、『愛がなんだ』(2019年)の今泉力哉監督が映画化したラブストーリー『アイネクライネナハトムジーク』。音楽と主題歌はもちろん、斉藤が担当する。「出会いがない」というすべての人に向けて、10年の時を越え繋がる、出会いと恋の物語が描かれる。

仙台駅前。大型ビジョンには、日本人初のボクシング世界ヘビー級王座をかけたタイトルマッチの模様が映され、熱戦に人々が沸いている。そんな中、街頭アンケートに立つ会社員の佐藤(三浦春馬)の耳に、ふとギターの弾き語りが響く。同じく、その歌声に聴き入る紗季(多部未華子)と目が合い思わず声をかけると、快くアンケートに応じてくれた。2人の小さな出会いは、妻と娘に出て行かれ途方にくれる佐藤の上司、藤間(原田泰造)や佐藤の親友、一真(矢本悠馬)、彼の妻の由美(森絵梨佳)と高校生になった娘の美緒(恒松祐里)。さらに、由美の友人で電話越しの声しか知らない男性に惹かれる美容師の美奈子(貫地谷しほり)らを巻き込み、10年の時をかけて奇跡のような瞬間を呼び起こす――。

街頭アンケートが出会いのきっかけになった佐藤と紗季

運命的な「出会い」を待つ人、行動する人

松崎「序盤で一真が佐藤に、『後になって、<あの時、あそこにいたのが彼女で本当に良かった>って幸運に感謝できるようなのが、一番幸せなんだよ』というセリフ。このセリフのために構成されている映画という印象でした。原作では、佐藤と紗季の10年後は描かれていないのですが、そこを軸として様々な要素を抽出し、変化を加えたりして、うまく恋愛群像劇として昇華されていますね」

小川「伊坂幸太郎さんが原作の短編を書いたのは、斉藤和義さんからの作詞のオファーに『小説なら』と応えたのが始まりみたいですね。それを斉藤さんが楽曲にして、それに対して再び伊坂さんが新作の短編を書くという往復書簡のような形で出来上がった物語を、今泉監督ならではの生っぽさを生かして調理されていましたよね」

松崎「今泉監督は恋愛群像劇、特にダメ恋愛を描くのはお手の物。今回はオリジナルではなく、原作もあり脚本もあるので彼特有のダメ恋愛要素はいい意味で薄くなっているかな(笑)」

小川「私は今泉監督が描くようなダメ恋愛の方が現実に近く感じるので、すごく好きです。今回はオリジナル脚本ではないので、いつもとはちょっと違って、大衆的な両思いから始まるんだけど、最初は両思いであってもダメな自分はそれはそれで存在している、というイメージですね」

「出会いがない」と愚痴をこぼす佐藤に一真が持論を展開

松崎「この作品のテーマの一つは『出会い』ですよね」

小川「アプリなどのサービスを通しての出会いが一般化する今は、映画的な出会いは現実には起こりえないと思われがちです。そもそも映画的ってなんだと考えると、運命的かどうかなんですよね。待っているだけでは何も始まらないので、何かしらのアクションを起こす必要はあるけれど、出会いを振り返った時に、運命と思えるかどうかという話かなと」

松崎「ベースはそこにあると思います。藤間のケースで言うと、運命だと思っていた出会いが、実は偶然ではなかったという話ですよね」

小川「夫は運命の出会いだと思っていたけれど、実は出会うために財布を落とすというアクションを起こしていたのは妻だったという」

松崎「結局、男性の方がロマンティストなんですよね」

小川「本編の女性たちはみんなリアリストですしね」

松崎「この作品では、そこがすごくやさしく描かれている気がします」

小川「違いを否定するんじゃなく、『違いぐらいあるよね』くらいに受け止める穏やかなやさしさを感じました」

突然、妻と娘に出て行かれてしまい、意気消沈する佐藤の上司、藤間

結婚観の違いや受け継がれていく恋愛のストーリー

松崎「付き合って10年。佐藤と紗季の結婚観の違いの描き方もおもしろい。佐藤は『ずっと一緒にいるのだから結婚しよう』となるけれど…」

小川「紗季は結婚に関して、自分の人生の選択に対して主体的であろうとするからこそ、即決できなかったのかなと。受け身な佐藤にモヤモヤしている感じが窺えます。『結婚ってモヤモヤな日々を打破する魔法じゃないぞ』みたいな(笑)」

松崎「佐藤はプロポーズの時でも魔法にかけさせてくれない男性ですしね。せっかく素敵なレストランで食事をしていたのに、駐車場で、しかもあのタイミングで言っちゃうわけですから」

小川「ただ、決めるところで決められないのがデフォルトだとすると、(2度目の出会いで)走ってシャンプーを渡した彼の行動力は素晴らしいですよね。それが付き合うきっかけになり、さらにその10年後、また走らなきゃいけないタイミングが来るという。運命を動かすような大きなアクションって、10年に1回ぐらいの周期でしか起こせないものだと自分を振り返っても思うので、リアリティありますね」

松崎「佐藤はすごくやさしくて、一大事で焦っている時でも泣いている男の子を見かけたら声をかけてしまうし、奥さんに捨てられた上司のためにボクサーのサインをもらってあげたりする」

小川「誰かのために行動できる人って、自分のことは後回しにしてしまうのかもしれません。『出会いがない』と言いながら、運命的な恋をなんとなく信じている。恋愛に消極的な若者が年々増えているというなか、共感性の高いキャラクターだと思います」

松崎「傷つきたくないから恋愛しないみたいなのもよく聞きますよね」

小川「実は、身近なところに出会いのきっかけは転がっているものだし、運命かどうかとかは傍に置いて、いつもと違うアクションを一つしてみようかなとか、気持ちを楽にさせてくれる映画でもあると思います」

佐藤はプロポーズをするが、結婚する理由を見出せない紗季は返事を保留にしてしまう

松崎「三浦春馬くんと多部未華子ちゃんの組み合わせの良さを改めて感じました。『君に届け』(2010年)から10年。初々しい高校生カップルだった2人が結婚適齢期の男女を演じるようになる。さらに10年が経てば、どんなカップルを演じていたのだろう?と想像したくなる、素敵な組み合わせです」

小川「こんなにキラキラしている2人なのに、ああ普通に身近にいるな、こういう人たちと思わせてくれるところが素晴らしいですよね。特に三浦さん演じる佐藤は、持ち前の煌めきを封印されていて、やさしすぎて不器用な人にしか見えなかったですから」

松崎「煮えきらない感じがよく出ています」

小川「でも、10年に1度はちゃんとアクションを起こしている。だから、男女関係なく、みんなきっとそんなものだと思えますよね」

高校生になった一真の娘、美緒の物語も描かれる

松崎「世代を問わず楽しめる映画ですよね。最後は高校生の新しい物語に繋がっていくので、時代が移り変わっても同じようなことがあるんだよという良い感じの終わり方でした」

小川「自分の親世代の恋愛についても興味を持つきっかけになったりしたら、素敵ですよね」

松崎「男性キャラクターでいうと、みんな正面切って勝ってきたタイプじゃないから、共感ポイントも見つけやすいんじゃないかな。チャンピオンですら無敵キャラではないですし」

小川「現実の社会では、コントロールできないことの方が多い。だから、自分はダメだと落ち込んだりもするけれど、誰かを傷つけるよりは負けてもやさしい方がいいし、アクションを起こす時にもかっこよくキメなくて全然いいというか。お互いそこそこダメなところあるという前提で、なんてことない会話が楽しいとか、嫌じゃないとか、そういう些細な気持ちに目を向けてみては?と言われている気がしました」

松崎「エールを送っていますよね」

小川「ささやかに、おしつけがましさはなく」

松崎「ずっと『ダメ恋愛』というテーマを描いてきた今泉監督の幅も広がったようで、進歩が感じられる作品でした。実は個人的にも彼とは知り合いなので、あえて『進歩』と言っておきます(笑)」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
アイネクライネナハトムジーク
放送日時:2021年7月1日(木)18:50~、7月5日(月)21:10~
チャンネル:日本映画専門チャンネル
※放送スケジュールは変更になる場合があります