凶悪犯を護送するため全国民を敵に回すSPたち 『藁の楯わらのたて』が「映画」と「観客」の関係に一石を投じる

凶悪犯を護送するため全国民を敵に回すSPたち 『藁の楯わらのたて』が「映画」と「観客」の関係に一石を投じる

凶悪犯を護送することになった5人のSPと刑事たちの戦いを描く『藁の楯 わらのたて』

  • 事件捜査ファイル

凶悪犯を護送するため全国民を敵に回すSPたち
『藁の楯 わらのたて』が「映画」と「観客」の関係に一石を投じる

2021/10/25 公開

「この男を殺してください。お礼に10億円差し上げます」

全国紙の一面に掲載された、殺人依頼の広告。それは幼い孫娘を殺された財界のフィクサーが、持てる財力で犯人の私刑を世に希求するものだった…。いまや小説家としての活動が主となった漫画家のきうちかずひろ(「BE-BOP-HIGHSCHOOL」)が、2004年に木内一裕名義で発表した初の長編小説「藁の楯」。殺人犯が国民全員に命を狙われる、その大胆にして先例のない発想と、バイオレンスの強臭にむせるような筋立ては、センセーショナルな転身に見合うパンチの効いた名刺代わりとなった。

実際、新聞広告に誘導されたハンターたちが移送中の賞金首を狙い、要人警護を務めとするSP(セキュリティポリス)の主人公、銘苅に次々と襲い来るデンジャラスな展開は、コミック的な着想を文章表現へと置換することの愉悦に満ち、荒削りだが読み手の興味をグイグイと惹きつけて離さない。

松嶋菜々子演じる女性SPの心の揺れ動きが作品に深みをもたらす

そんな「藁の楯」の発表から9年後の2013年。『オーディション』(2000年)、『殺し屋1』(2001年)の三池崇史監督によって同小説は映画化を果たした。パッショナブルなアイディアを実写として成立させるよう、念入りに整合性を保ったアダプト(脚色)がなされ、そこには犯罪者の命を護るために多くの者が犠牲となっていく矛盾や、警護責務をまっとうする姿勢と悪事を憎む感情とのアンビバレンツを観る者に問う、社会派的な要素が強く前面に出てきている。キャストも大沢たかおや松嶋菜々子、そして藤原竜也といった豪華キャストが配され、原作に拮抗するような映画作品に仕上がった。

SPを演じる大沢たかおや松嶋菜々子、凶悪犯役の藤原竜也と豪華キャストが出演

この映画版『藁の楯 わらのたて』が公開後にパッケージソフト化された際、筆者は三池監督に取材する機会に恵まれた。そこでのインタビューは、原作からの大きな改変箇所や、映画を観ていて目に留まる事柄に回答を求めたものだ。たとえば銘苅(大沢)と行動を共にするSPの白岩を、映画では女性(松嶋)に変えたことや、犯人の清丸(藤原)を東京まで新幹線で移送するシーンを日本ではなく、台湾高速鉄道を使ってロケ撮影したことなど、鑑賞時に著しく気になるポイントだ。

前者の性別変更に関しては、男性キャラクターが多数を占める原作から、女性的な要素を補おうとする措置であり、興行的な戦略の一環だと語ってくれた。加えて松嶋の出演を前提とした改変でもあるという。だがなにより監督は、製作側が欲を出し、恋愛要素を求めてくると作品の内容に支障が及ぶので、そこは絶対に譲らなかったと強調していた。結果的に同僚を女性にしたことによって、彼女が子を持つ母として清丸との接触に緩みが生じるといった場面は、映画版特有の印象深いポイントになったことは事実だろう。ちなみに女性のSPは現実に存在しており、作品世界のリアリティも、この変更によって補強されたといっていい。

白岩役を女性の松嶋菜々子が演じたことで作品にリアリティをもたらしている

三池崇史監督が語る報道されるままを信じることの危うさ

そして後者のロケ撮影に関しては、当時の日本の不自由なロケ事情に起因するものである。しかしオレンジボディの新幹線が東海道本線を走るショットに違和感を覚える人は少なくないだろうし、これをデジタルで修正せず、そのまま本編に用いたことに対して何かしら意図があるものと睨んでいたら、大意だが以下のような主旨を述べてくれた。

「海外で撮ったものを誤魔化して、日本でやっているようにうまく見せることにあまり意味がない。むしろ外国で撮影したのをくっつけても日本に見える自由さのほうが、何が起こっても映画が成立するという可能性を見いだせる。それで何かが壊れるようなヤワな作品ではない」と。

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また最後に三池監督は、映画の根底が覆るような衝撃的な発言を残し、インタビューをまとめてくれた。藤原竜也が演じた賞金首の清丸を、観る人が悪人と決めつけ憎む根拠が劇中のどこにあるのか?と。

「本編には彼が直接、犯罪を行っているシーンがない。普通だと冒頭、彼が少女の後を尾けていって、殴る瞬間くらいまではあるけど、それすらも存在しない。いきなりタイトルバックが明けたら新聞の記事が出て、テレビで事件が報道される。そして我々がメディアから流れる報道をすぐ信じてしまうように、観る人は真実がどこにあるかを見極めずに過信してしまう。真相など何も知らなくてもね」

劇中のキャラクターに対し、勝手に観る側が憎む約束ごとが、果たしてどこで「映画」と「観客」との間で成立してしまっているのか――。それを疑ってみるのも、この映画の楽しめる部分といえるかもしれない。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
藁の楯 わらのたて
放送日時:2021年11月8日(月)21:00~、16日(火)19:40~

チャンネル:日本映画専門チャンネル
※放送スケジュールは変更になる場合があります