ウェス・アンダーソン監督と俳優たちのコラボはまるでプレゼント箱を開けるようなドキドキ感

ウェス・アンダーソン監督と俳優たちのコラボはまるでプレゼント箱を開けるようなドキドキ感

手動式エレベーターの室内でマダムに優しく寄り添うムッシュ・グスタヴ

  • 今月の5つ星

ウェス・アンダーソン監督と俳優たちのコラボは
まるでプレゼント箱を開けるようなドキドキ感

2021/10/25 公開

ウェス監督の世界観で名優たちが見せるいつもと違う弾けっぷり

奇才ウェス・アンダーソン監督による『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)は、話が進むなかで1985年、1968年、1932年と時代を遡っていくが、過去へ遡るほど映像の画角が正方形に近づき、一目でわかる工夫が凝らされている。そう書くと複雑な物語なのかと思わせるが、大半は名優レイフ・ファインズ演じるコンシェルジュを描いた1932年を舞台に繰り広げられる。

戦争勃発の機運が高まるズブロフカ共和国。グランド・ブダペスト・ホテル初代コンシェルジュのグスタヴは、スマートで面倒見が良く、夜のお相手も忘れず、金持ちマダムに大人気。ある日、上客でグスタヴがお気に入りの伯爵夫人マダムDの死が報じられる。グスタヴはベルボーイのゼロを連れ、汽車で伯爵家に駆け付ける。そこでマダムが彼にルネサンス期の名画「少年と林檎」を遺していたことが判明。赤の他人が名画を譲り受けることを許せないマダムの息子ドミトリーは、グスタヴにマダム殺害の濡れ衣を着せる。

憧れのホテルで見習いベルボーイになった移民のゼロはグスタヴの相棒的存在に

ウェス映画は常連俳優のユニークな化けっぷりが見もの。例えば、84歳のマダムDを演じるティルダ・スウィントンは凝りに凝った老けメイクで元の顔がわからないほど。彼女を知っていればいるほどわからないし、知らない人には「ティルダは1960年生まれ」と教えてあげたい。そして、マダムの死を告げる新聞記事は監督が実際に書いたとか。まもなく公開の最新作『フレンチ・ディスパッチ・ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は雑誌の話だから、きっとそちらでも何か書いているのかな?と思わずにはいられない。

また、ドミトリーを演じるエイドリアン・ブロディもウェス映画の常連。『戦場のピアニスト』(2001年)などの穏やか役が似合う演技派が気性の激しい悪役で弾けていたり、彼に雇われた私立探偵ジョプリングを演じるウィレム・デフォーも自分勝手な乱暴者を演じていて、今までにこんな悪い役をやったことあったっけ?と驚かされる。ほかにもビル・マーレイをはじめ常連が顔見せするなか、ウェス映画初出演のレイフ・ファインズが出ずっぱり。常連さんは印象的な役でチラリと登場か、普段は演じないような嫌味な役。新米さんはこき使うのが監督のお約束ってこと?

ドミトリーに従う静かなる乱暴者ジョプリング(左)の歯が怖さを醸す

ウェス・アンダーソンが仕掛けた「らしさ」

物語は進み、マダム殺しの嫌疑でグスタヴは刑務所入り。寒々しい刑務所のシーンでも、淡い水色と白の横縞の囚人服や、ゼロの恋人アガサの差し入れのケーキがかわいらしく明るさを演出。給仕当番姿のグスタヴもキマっている。この後、グスタヴの脱獄計画、そして身の潔白を証明する逆転劇が始まるのだが、これってミステリーだったの?と思わせるような楽しい演出や美術へのこだわりが散りばめられて、「ウェス映画ってホントにお洒落!」とうれしくなる。

アガサがルリジューズを1つ1つ丁寧に仕上げていく。来年日本で流行!?

ちなみに、差し入れのケーキは、小さな2段重ねのシュークリームの上にピンクや水色の飾りが施されているのだが、これはパリで人気の「ルリジューズ」という名のお菓子だそう。ちょうどこの原稿を書いていたところテレビ番組で「2022年、日本でも流行の予感」と紹介されていて、私は公開時に観た際は監督オリジナルのお菓子だと思っていたのでびっくり。とにかく監督は細かいところにこだわっている。

このほか、監督らしさの一つが、最初にも書いた「過去へ遡る」展開。物語はまず、現在のズブロフカで、ある作家の胸像(台座に鍵がたくさんぶら下がっている描写を覚えておいて!)の横で、女性が作家の著作を読み始める。すると時代は1985年、作家が著作を書いた時代へ。作家が著作を書いた経緯を語り出すと、舞台はその経緯となる1968年へ。ここでジュード・ロウ演じる若き日の作家がグランド・ブダペスト・ホテルで出会った人物から聞かされた話が、グスタヴの物語である。

グスタヴの物語の合間に、彼の逸話をホテルで聞く若き作家の姿が挟まれる

まるでカラフルなプレゼント箱を開けたらまたカラフルな箱、その箱を開けたらさらに箱が…というドキドキを連続させるように物語を掘り下げる。なぜそのような構成に?それはグスタヴの物語に触れていくことで徐々に分かっていく。特に1968年に作家へ物語を語る人物がなぜホテルの使用人用の部屋に宿泊しているのか?など、終盤、時代が現代へ戻っていく過程でハッとさせられる演出が面白い。すべてのカットを正面から切り取っているのも、まるで箱の中を覗いているような気分に浸らせる。

撮影の合間、マダム役のティルダ・スウィントンと話すウェス・アンダーソン監督

なお、本作は「この映画を、脚本を書くにあたり影響を受けたシュテファン・ツヴァイクの著作に捧ぐ」とのメッセージで締めくくられる。ツヴァイクは1881年生まれのオーストリアの作家。ユダヤ人の彼はヒトラーの時代に英・米に移住し、1942年に亡くなった。そんな戦争下ならではの描写もあり、楽しくも哀愁が心に刻まれる作品だ。

文=渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月1回出演。スピルバーグ監督の『ウエスト・サイド・ストーリー』が早く観たいです。

<放送情報>
グランド・ブダペスト・ホテル
放送日時:2021年11月4日(木)7:30~、12日(金)19:15~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)グランド・ブダペスト・ホテル
放送日時:2021年11月16日(火)4:50~、18日(木)6:10~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります