今の時代にこそ改めて考えてみたい『ピアノ・レッスン』が提示する愛する者とのコミュニケーション

今の時代にこそ改めて考えてみたい『ピアノ・レッスン』が提示する愛する者とのコミュニケーション

名匠ジェーン・カンピオンが女性監督として初めて、カンヌ国際映画祭最高賞のパルム・ドールを受賞した『ピアノ・レッスン』

  • 恋愛映画のススメ

今の時代にこそ改めて考えてみたい
『ピアノ・レッスン』が提示する愛する者とのコミュニケーション

2022/05/30 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第15回に登場するのは、『ピアノ・レッスン』(1993年)。第94回アカデミー賞にて、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)で女性監督として3人目となる監督賞を受賞したジェーン・カンピオンが、1993年に女性監督で初のカンヌ国際映画祭最高賞のパルム・ドールを獲得した作品だ。

物語の舞台は19世紀半ば。写真でしか知らない初めて会う相手との結婚のために、スコットランドからニュージーランドへと渡ったエイダ(ホリー・ハンター)と娘のフロラ(アンナ・パキン)。2人の過酷な船旅には、1台のピアノが伴われていた。6歳の時に「自ら口をきかない」ことを決意したエイダにとって、ピアノこそが自身の思いを伝える道具だったのだ。自分を妻として迎え入れた夫スチュアート(サム・ニール)がいるのにもかかわらず、原住民と同化した男、ベインズ(ハーベイ・カイテル)に惹かれていくエイダの激しい愛の物語が描かれる。

口がきけないエイダは、結婚の相手のもとへ嫁ぐため、娘を連れてスコットランドからニュージーランドへと渡ってくる

相手の言葉、気持ちに耳を傾けることの大切さ

松崎「30年近く前の作品ですが、思った以上に鮮明に覚えているシーンが多かったです。そして、それほどまでに衝撃を受けた作品だということも思い出しました。改めて観ると、当時とは違った印象や感想もありますが、夫のスチュアートがかわいそうに思える部分は、相変わらず残りました」

小川「私はフロラ役のアンナ・パキンと同世代なんです。なので、作品を観た記憶があるのは確か高校生くらいの時でした。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を観たうえで振り返ると、ジェーン・カンピオンが描く眼差しが一貫していると感じながらも、本作ではまだ静かに攻めているという印象を受けました。海辺のシーンは美しく、ピアノのレッスンシーンには残酷さを感じさせました」

松崎「エイダは小さい頃に母親を失い、父親との関係性から6歳の時に話すことをやめてしまい、やがて売り飛ばされるように、植民地のニュージーランドに嫁に出されてしまいます」

小川「自分の人生を選べない女性の生きづらさ、苦しさが丁寧に伝わってきました。自分の悦びはピアノと子どもしかない。娘を愛してはいるけれど、まだ成熟しきれていないところにもエイダの苦しさを感じて…。あの時代に生きていた女性、例えば自分の祖母の時代のことを想像させられました」

史上2番目の若さ(11歳)でアカデミー賞助演女優賞を受賞したフロラ役のアンナ・パキン

松崎「エイダは夫のスチュアートがいながら、ベインズに惹かれていきますね。スチュアートとベインズの大きな違いは、エイダのピアノ=言葉を聴こうとするかどうか。現代においても相手の言葉、気持ちに耳を傾けることの大切さを痛感させられる気がしました」

小川「その通りだと思います。エイダに触れて悦ばせるのではなく、彼女が悦ぶもの、触れられる対象に自分がなりたいという考え方の違いは大きいですよね」

松崎「重きを置く対象が自分なのか、相手なのか。ベインズは相手のこと、エイダの気持ちを一番に考えようとしています」

小川「そのあたりの対比はリアリティがありましたよね。時代性を感じさせる部分はありつつ、現代にも通じるものがあるというか」

松崎「(買い取ったピアノの)鍵盤を返す代わりに徐々に彼女に触れていこうとするのは、見方によってはセクハラのようにも感じます。しかし、カンピオン自身は後のインタビューで、『もしエイダが嫌がったらベインズは手を出していないはず』と言及しています」

小川「ベインズは相手が嫌がっているのに無理矢理迫るようなタイプではないですよね。粗野であっても、彼なりに優しくしようとしていて。今の時代にこれをやったらアウトだなという言動はありましたが、相手が受け入れる方法をまだ知らないだけなのだと思えたので。物のように取引され、妻になったら当たり前のように許可なく触られて…みたいな状況が当たり前だった頃に、恥じらうような描写もあるベインズにはピュアさも感じました。彼が裸になるシーンですが、ちょっとためらう様子も見せることで、彼女を攻撃したいわけではないと思わせたかったのかな?と想像したりして」

松崎「そういう意味合いもあったかもしれませんね。映画の中で、相手を誘惑する際に、女性が恥じらいながらも裸身をさらけ出すというパターンは多く見てきましたが、その逆バージョンはとても珍しく感じました。そういう男性をハーベイ・カイテルが演じているところもおもしろいと思いました」

小川「そういうフェミニンな要素として描写されてきた、優しさやピュアさ、恥じらいという側面を隠さない男性に対して、口を閉ざしていた女性の心が開くという心情は、よく理解できます。夫とはもちろん、父親とも全く違うタイプなんでしょうし。言葉がなくても、その奥にある相手の気持ちに耳を傾けることが大事ということをわからせてくれる存在だなと」

松崎「スチュアートは『ピアノを弾け!』と言うだけで、彼女が弾くものを聴こうとはしない。それでも僕的には、スチュアートは気の毒という気持ちが相変わらずあって、なんていうのかな…。あの時代の通常の価値観の持ち主であるがゆえに、彼女と触れ合うことができないのだと感じました」

小川「あの時代の価値観で生きている、一般男性代表という感じですよね。置かれた環境を踏まえたとしても、私はスチュアートのすべての行動に嫌悪感を抱いてしまいました。ピアノも『なんか弾いて見せろ』みたいな感じで、妻を見せ物として見ている態度が気持ち悪いなと」

松崎「本人の許可も得ずにピアノを土地と交換してしまう、そんなところにも彼女の声を聞こうとしていない彼のキャラクターが出ていましたね」

小川「コミュニケーションを取らず、自分勝手に物事を進めようとする人はいますよね」

松崎「僕と小川さんで受け止め方が違う箇所はありますが、エイダがベインズに惹かれていく経緯を描写するにあたって、とても理解しやすい演出ですね」

スチュアートからエイダのピアノを買い取り、黒鍵の数だけ自分にレッスンをすればピアノを返すと彼女に約束するベインズ

後世のクリエイターたちに影響を与えた女性の視点や描き方

小川「娘のフロラがエイダに対して、『お母さん、ちゃんとしなさい』みたいな雰囲気を出している部分にはリアリティを感じました。お試し行動が出ているというか」

松崎「カンピオン自身の母親との関係を投影させているそうです。育児放棄みたいなことをされた経験があって、人の気を引くために道化を演じているような少女時代だったらしいです」

小川「『見て見て』とアピールする部分もあれば、義理の父親(スチュアート)と結託して、なんとかベインズのところへ行こうとする母親を止めようとする。その必死な姿は心に突き刺さるものがありました」

松崎「母親の浮気をタレコミしちゃうわけですからね(笑)。まあ、『なぜ母親の不倫に私が付き合わなきゃいけないんだ』という気持ちは理解できます」

小川「自分の行動がまさかの結末を生むことも想像していなかったでしょうし。正義感が芽生えた年代の行動は、ピュアで尊いけれど、暴走してしまう危うさのようなものも内包しているなと思いました」

母エイダとベインズの逢瀬に付き合わされ、少し不満気な娘フロラ

松崎「エンディングで『エディスに捧げる』と、監督の母の名が示されるのですが、このクレジットとラストの描写には深い関係があるそうです。もともとはエイダがピアノと共に海に沈むところで終わる予定だったらしいのですが、ちょうど脚本を書いている時にカンピオンの母親が何度目かの自殺未遂をしたらしくて…。『そんなに死にたいなら、今度は私が手伝う』と言ったところ、母親が思い直して生きることを選んだらしいんです」

小川「確か10年ほど前のインタビューでも、『今だったらまた違う終わり方にしているかも』と言っていました。今だったら、カンピオンがどういうエンディングにするのか、想像するだけでおもしろいですよね」

松崎「この作品で、ホリー・ハンターがアカデミー賞の主演女優賞、アンナ・パキンも助演女優賞を受賞しました(脚本賞も受賞)。特に、ハンターがセリフのない役でオスカーを獲得すること自体、衝撃的ですごいことだったと思います」

小川「女性の生きづらさや残酷さを見事に表現していたので、納得の結果です」

松崎「対抗作品がスティーヴン・スピルバーグの『シンドラーのリスト』と、超強力だったので、作品賞と監督賞は逃しましたが、カンピオンが後進に与えた影響は大きかったですね」

小川「『ロスト・ドーター』で長編監督デビューしたマギー・ギレンホールも、『ほとんどの映画が男性的な視点で物事を映しているけれど、16歳の時に観た「ピアノ・レッスン」はとても女性的だった』とハンプトン国際映画祭で語っていました。無意識で、正直でいれば、作品は女性の眼差しを持つものだとも。カンピオンの眼差しが、映画業界で働く女性たちにかなり影響を与えているのは間違いないですね」

松崎「時代を感じる作品ではありますが、物語の視点や描き方の革新性は、今でも古びてない部分が多いです」

小川「声を発しない女性が、ピアノで言葉を表現する。その旋律から感情を読み取るわけですよね。悲しいのか、嫌なのか、うれしいのか。感情を伝える言葉が封じられていることが、結果的に観る側の想像力を豊かにさせる作品だなと思います」

構成・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
ピアノ・レッスン
放送日時:2022年6月10日(金)0:40~、20日(月)14:00~
チャンネル:スターチャンネル2
※放送スケジュールは変更になる場合があります