おひとりさま女子が年下男子との恋に翻弄される!?生きづらさを描くことに素直に向き合う『私をくいとめて』

おひとりさま女子が年下男子との恋に翻弄される!?生きづらさを描くことに素直に向き合う『私をくいとめて』

のん演じる31歳のおひとりさま女子が、林遣都扮する年下男子への恋に思い悩む『私をくいとめて』

  • 恋愛映画のススメ

おひとりさま女子が年下男子との恋に翻弄される!?
生きづらさを描くことに素直に向き合う『私をくいとめて』

2021/10/25 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第8回に登場するのは、『私をくいとめて』(2020年)。芥川賞作家、綿矢りさの同名小説を『勝手にふるえてろ』(2017年)の大九明子が監督&脚本を務めて映画化した「崖っぷちロマンス」だ。のんと林遣都が初共演し、おひとりさま生活を満喫する女性と年下男子の不器用な恋の行方を描きだす。第33回東京国際映画祭にて観客賞を受賞した。

恋人が何年もおらず、一人きりの暮らしにもすっかり慣れた31歳の黒田みつ子(のん)。彼女の脳内にはもう1人の自分である相談役「A」が存在し、人間関係や身の振り方に迷った際にはいつも正しい答えをくれるおかげで、彼女は楽しく平和に生活できている。ある日、みつ子は取引先の若手営業マン、多田(林遣都)に恋心を抱く。年下の彼にどのようにアプローチすればいいかわからないみつ子。それでも、彼女は戸惑いながらも一歩前へ踏み出そうと決意するのだが…。

一人でいることに慣れてしまった主人公がめんどくさい(?)恋に向き合う

小川「私、これかなり好きな作品でした」

松崎「『勝手にふるえてろ』と同じく原作は綿矢りささんで、系統的に近い話だけど、今回の主人公、みつ子は妄想癖というよりは自問自答するタイプの女性ですよね」

小川「思い込みと冷静さを両方持っているからこその苦しさを描いているので、みつ子に共感する人も多いんじゃないかなと」

松崎「原作ではみつ子は33歳だけど、映画では31歳。多田くんの年齢も少し下げているけれど、ほぼ原作に忠実に映画化していると思います」

小川「歳を重ねて誤魔化すことがうまくなっても生きづらさはあるし、仲の良い相手でも妬んでしまうことがあったりする、そういう弱さやずるさに素直に向き合っているところがすばらしいなと思いました」

松崎「ある種同族だと思っていた親友の皐月が、同じ穴からとっとと抜け出して知らない世界に行ってしまった歯がゆさ、イラつきも丁寧に描かれています。その親友を『あまちゃん』以来の共演となる橋本愛さんが演じているところが良いですよね。イタリアに行く前は妊娠について伝えられていなくて、現地で言葉をなくす、という描写もおもしろい」

結婚してイタリアで暮らしている皐月のもとを訪れるみつ子

小川「競争心とかではなくて、結婚、出産というトピックがお互いの状況によってセンシティブな話題になることはあります。大九監督はそういう繊細な感情のリアリティを映し出す監督ですよね。ある種、複雑で矛盾した感情をありのままに描くことが、観る側にとっての救いになったり、癒やしになったりもするので」

松崎「女性だからわかりやすく描けるのかもしれないけれど、男性にもある感情だと思いました。仲が良くて応援している関係であっても、どこかで嫉妬することはありますから。おひとりさま生活を満喫している人間がどうやって恋愛に踏み込んでいくかは、男女問わず悩むことではないでしょうか。慣れてしまうと気楽だからなかなか一歩を踏み出せなくなるものですし」

小川「1人で生きるのも楽しいけれど、誰かといるのも楽しい。でも誰かといるのは、めんどうだし大変なこともあるから、そのせめぎ合いですよね(笑)」

松崎「僕の周りにも、せめぎ合っている内に、40代・50代になってしまった者が結構います。おひとりさまに慣れすぎて、他者と深く関わることに不慣れになり、煩わしい気持ちになるという話はよく聞きます」

小川「きっとずっと抱えていく感情なんでしょうね。みつ子のように、好きな人に好かれたくて、いつもはしてないかわいいエプロンをつけたり、部屋も綺麗にすることなんて、みんな少しくらいやっていることだと思うんですよね。でも、めんどくさいと思っている自分がいるのも事実。後者が勝ってしまうと、脳内相談役と会話しながら一人でいるほうが安心と思ってしまうのもすごくよくわかる」

松崎「脳内相談役みたいなのって実際にいる人多いのかな?」

小川「イマジナリーフレンドと認識しているかは別にして、脳内で『こうなったらこうなるだろう』みたいな想像をして傷つく前に諦めたり、納得したりすることはあるんじゃないですかね。多田くんとのLINEのやり取りで、向こうが『じゃ、また!』みたいに対話の最中でシャッターを閉めてきた時に、表情がスン…となっているみたいなこともあるでしょうし。そういう細かい感情を絶妙にビジュアル化しているなと感じました」

みつ子は悩み事があると脳内の「A」に相談している

どこにでもいそうなリアリティある人物描写と恋愛模様

松崎「上司の澤田さん(片桐はいり)の描き方とかもすごく巧いですよね」

小川「ああいう場面で、自分の中にある無自覚な偏見に気づかされることってありますよね。居場所を作るために、自分を安心させるために、勝手な決めつけをしてしまうとか。肯定も否定もせず押し付けることなくそういう描写があると、自分も隣の芝生が青くて、勝手な偏見を持ってしまっているかもと振り返ることができる」

松崎「もともとお笑い芸人をやっていたというキャリアを持つ監督なので、うまく笑いにしているセンスもすごくいいなと思いました」

小川「温泉地でのお笑いライブのシーンにその経験が活かされてそうですよね」

松崎「原作からのちょっとしたパズルのはめ替え、設定の入れ替えに『行き届いている感』があります。そこが監督の巧さなのだと思います」

小川「非現実的に思える要素があっても、『そんなことあるわけないじゃん』というツッコミにはならない。激しい脳内と厳しい現実のギャップからくる生き苦しさを、絶妙なバランスのポップなファンタジー感でもって、鮮やかに楽しく見せてくれる監督ですよね」

松崎「そうそう。僕も最初は『大丈夫か?この主人公』って思ったけれど、スッとなじんでくるから、脳内相談役と話している感じも、途中で全然気にならなくなりました」

小川「そうなんですよね。それに、ここ数年で『おひとりさま』や『ソロ活』が、ひとつの当たり前のかたちとしてやっと描かれるようになってきたんだなぁとも思いました」

一人焼き肉を満喫中のみつ子

松崎「多田くんのキャラクターはどう思いましたか?」

小川「『ご飯くらいは自分で炊こうよ』とは思いました」

松崎「アハハハ。でも僕の周りにも炊飯器は買ったけれど、ご飯を炊いたことがないという男性いましたね」

小川「生憎の雪でレンタカーの返却時間に間に合わなくて、わかりやすく不機嫌になる描写もあったりするけれど、みつ子とはちゃんと向き合おうとしているんですよね。少女漫画に出てくる王子様なんて現実にはいないわけで、不器用だったりめんどくさがりだったりするところはありながらも、相手の話を聞いてペースに合わせようとする。すごく現実にいそうな男性として描かれているなと思いました」

松崎「臼田あさ美さんが演じていた先輩のノゾミさんの恋愛はどう思いましたか?」

小川「ドラえもんのポケットのようなバッグを持つ女性、好きです」

松崎「知っている人で、あのタイプいます?」

小川「他人から見たら欠点でも、好きな人のダメな部分を前向きに捉えようとする、相手が寒がりならあったかいものを私が持っていればいいとか、足りない部分は自分が埋めるという考えの人はいますよね。愛情が惜しみないというか、すごいなぁと思います」

松崎「それを他者に押し付けていないのがノゾミさんの良いところだと思いました」

小川「ノゾミさんは客観性があって冷静に物事を見ているのに、恋愛においては『なぜ?』という人にハマってしまうのがおもしろいですよね。自分に合いそうだから好きになるわけじゃないし、人間的におもしろいけれど社会的には難ありとされる人を好きになることだってある。ノゾミさんの恋愛もリアリティがありますよね」

ナルシストで傲慢な同僚に恋している、臼田あさ美が演じるノゾミ先輩

松崎「嫌な人が出てこないのもいいですよね。結果としてみつ子はAを脳内に潜めることを決めるわけじゃないですか。あの脳内イメージの場面で、声が中村倫也さんだったのに、(みつ子の)目の前に現れる彼が前野朋哉さんに切り替わるのがすごく良いし、好きなシーンです」

小川「みつ子の『ちょうど良い』というコメントに『本当そう!』と思いました。Aは絶対に自分を傷つけることのない、安心感のある存在でなければいけないから、前野さん適役でした」

松崎「Wトモヤで声が変わるのもスッと入ってきますよね(笑)。違和感がなかったです」

小川「みつ子が先にツッコみを入れてくれてるんですよね。だから、何が起きても『いいじゃん』と思えるんですよね」

松崎「主人公は女性のおひとりさまだったけれど、男女関係なく、いろいろな要素がリアルに楽しめるバランスの良い映画でした」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
私をくいとめて
放送日時:2021年11月1日(月)12:00~

チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります