岡山に異動した入間みちおが、ある難事件の真実に迫る『映画 イチケイのカラス』

混沌の時代が求める新しいヒーローが活躍
「裁判官」のイメージを覆した『イチケイのカラス』

2024/03/04 公開

フィクションならではの演出を織り交ぜた裁判シーン

東京地方裁判所の第1刑事部、通称「イチケイ」を舞台に、型破りで自由奔放な刑事裁判官や書記官たちの奮闘を描いたリーガルドラマ「イチケイのカラス」。それまでの法廷ものの主人公といえば、たいてい弁護士や検事が定番だったなか、浅見理都による同名原作コミックを竹野内豊主演で実写化した本作は、多くの人が「裁判官」に対して漠然と抱いていた「常に冷静沈着で、感情を表に出さない真面目なエリート」というステレオタイプなイメージを大きく変えるきっかけとなった。

日本の民放連続ドラマ史上初めて「刑事裁判官」を主人公にした作品として、2021年4月からフジテレビの月9枠で放送されたドラマ版(全11話)は、平均視聴率12.6%、第1話と最終話は共に13.9%という最高視聴率を記録。2023年1月には、劇場版公開に先立ち、スペシャルドラマ「イチケイのカラス スペシャル」と、スピンオフドラマ「イチケイのカラス~井出伊織、愛の記録~」(全5話)を放送。そして、同月にスクリーンで公開された『映画 イチケイのカラス』は、興行収入10億円を超えるヒット作になり、このシリーズが変わらず、たくさんのファンに愛されていることを印象づけた。

みちおと共に裁判に臨む裁判官の土井(柄本時生)と赤城(西野七瀬)

原作コミックは2018年から2019年までの1年弱「モーニング」で連載され、全34話、単行本4巻で完結。原作者の浅見にとっては初の連載作品であり、内容については弁護士の櫻井光政と片田真志(元裁判官でもある)が取材協力・法律監修を務めている。1巻末に掲載された参考資料のタイトルだけでも、ざっと40冊以上。単行本のあとがきには、元裁判官で、東京高裁時代に逆転無罪判決を20件以上出したことで有名な原田國男や、浦和地裁で裁判長を務め、「『無罪』を見抜く」、「刑事裁判のいのち」の著書でもある木谷明に会って話を聞いたことも明かされている。

原作の各エピソードにも、丁寧に時間をかけて取材を重ねたことがしっかり反映されており、リアリティあふれる身近な事件の詳細や、様々な裁判にまつわる人間模様は読みごたえたっぷり。法廷で熱く弁舌をふるう弁護士や検事に比べ、一見地味で影の薄い存在だった「裁判官」の活躍にスポットを当てたという点においても画期的なコミックである。

ドラマ版では、同じ裁判官として様々な事件と対峙したみちおと坂間だが、映画では裁判長と弁護士に

そんな原作のおもしろさを生かしつつ、リーガルドラマではおなじみのエンターテインメント色の強い男女バディものに仕立てたのが実写版シリーズだ。まず、実写化にあたって、原作者の了承のもと、原作コミックではメインキャラクターの一人で、元弁護士という異色の経歴を持つユニークな裁判官・入間みちお(竹野内豊)を主人公に据え、小太りで七三分けの髪型、丸メガネをかけた中年男性というビジュアルを、おしゃれヒゲを生やしたイケおじ裁判官に変更。一方、原作では主人公だった生真面目でエリート意識の高い特例判事補の坂間真平を、女性の坂間千鶴(黒木華)に変更し、ストーリーを再構築した。

正反対なキャラのコンビを演じる竹野内豊と黒木華、初共演となる2人のテンポの良いセリフの掛け合いに加え、観る者をワクワクさせたのが、劇中、裁判官の入間みちおが法廷でおもむろに立ち上がり、「職権を発動します!裁判所主導で改めて捜査を行います」と決めゼリフを言うシーン。原作コミックでも、弁護人からの検証の申し立てを受け、みちおたち裁判官が事件の現場検証を行うシーンが描かれていたが、実写版のみちおの職権発動はそれをさらに能動的にしたものだ。

法律に則ってはいるものの、現実の裁判ではまずお目にかかれないフィクションならではの職権発動には、絶対に冤罪を生まないために、そして裁判に関わった全員が納得するためにも真実を突き止めようとするみちおの裁判官としての強い信念が込められている。

みちおは、鵜城に関する事件を担当することに。調査に取りかかるが、鵜城はみちおに圧力をかける

裁判官バディが、裁判長&弁護士となり裁判に臨む劇場版

『映画 イチケイのカラス』はドラマ版から引き続き、「コンフィデンスマンJP」シリーズの田中亮監督と『プラチナデータ』(2013年)の脚本家・浜田秀哉がタッグを組んだ。撮影は『ドライブ・マイ・カー』(2021年)の四宮秀俊。登場人物たちの揺れ動く感情をきめ細やかに、力強く表現する端正な映像も、映画版の見どころである。

入間みちおがイチケイを去ってから2年後を描く映画版では、ストーリーも、扱われる事件もドラマより一段とスケールアップ。岡山県地方裁判所に異動になったみちおは、赴任早々、史上最年少の防衛大臣・鵜城英二(向井理)にまつわる傷害事件を担当する。事件の背景には近海で起きたイージス艦と貨物船の衝突事故があったが、イージス艦の航海内容はすべて国家機密で、みちおの伝家の宝刀「職権発動」が通用しない。一方、裁判官の他職経験制度のもと、みちおの隣町で弁護士として働き始めた坂間千鶴は、人権派弁護士・月本信吾(斎藤工)と出会い、彼と共に町を支える地元大企業の排水汚染疑惑を調査することに。一見、なんの接点もない2つの事件には、衝撃の真実が隠されていた──。

他職経験制度で弁護士となった坂間。配属先でバディとなった月本と次第に交流を深めていく

判事補の10年間のうち2年間、他の仕事に就くことが求められる裁判官の他職経験制度では弁護士を選ぶケースが多いという実態を物語にうまく取り入れている点がポイントだ。ふと思い出したのは、原作コミックでイチケイのメンバーたちが「弁護人はバンバン主役になっていいですよね」、「フィクションだと、派手さはやはり大事なんじゃないか?」、「大丈夫!誰も裁判官なんて、題材にしないって!」などと自虐的にメタ的な発言を繰り広げるシーン。

確かに裁判官コンビの片方、坂間を弁護士に設定したことにより、物語がさらにドラマチックに、エモーショナルな展開になっていくのがおもしろい。ドラマ版では共に黒い法服を身に着け、正面の壇上に並んで座っていたみちおと坂間が、ここでは裁判長と弁護士という異なる立場で同じ裁判に臨むという構図も新鮮だ。すべての真実が明らかになる法廷シーンは最大のクライマックス。吉田羊、宮藤官九郎、尾上菊之助、田中みな実、西野七瀬、柄本時生など映画版の豪華な新キャストたちが勢ぞろいするなか、竹野内演じるみちおが、静かな口調で語りかける厳しくも優しい言葉が胸にじんわりとしみ込んでいく。

みちおと坂間の配属先は奇しくも隣町同士。さらに、2人の担当する事件には思いもよらない関連があり…

周囲を振り回す変わり者であると同時に、世の中の不条理を身に染みて知っていて、弱い立場の人にもちゃんと向き合える裁判官・入間みちお。創生神話の中で語り継がれてきた、勝手気ままに振る舞いながら、大いなる知恵を駆使して、この世界に光をもたらしたワタリガラスのような存在の彼は、混沌とした時代が求める新しいヒーローなのである。

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、様々な世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

<放送情報>
映画 イチケイのカラス
放送日時:2024年3月20日(水)22:00~
チャンネル:チャンネルNECO

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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