メインコンテンツに移動

2023/07/24

振付家・ダンサーの下島礼紗が活動を通して描く未来図

この記事を共有する

下島礼紗
下島礼紗

振付家・ダンサーの下島礼紗が、7月23日(日)放送の「ART & CULTURE ~今を生きる表現者たち」に出演。同番組は文化芸術の領域で創作活動を行うアーティストたちを紹介するもので、横浜をはじめ国内外に表現活動の場を広げる彼らの今を追う。ダンスカンパニー「ケダゴロ」を主宰し、実際に起きた事件や社会問題を題材とした作品で観る者を揺さぶる下島が、「世界を解釈する手段としてのダンス」について語る。

今回、下島にインタビューを行い、「ケダゴロ」結成の経緯やダンスという表現を選択した理由、自身にとってのコンテンポラリーダンスについて語ってもらった。

――ダンスカンパニー「ケダゴロ」について教えてください。

「2013年に桜美林大学の仲間たちと一緒に立ち上げました。実はその前に、ダンスを小さい頃からやってきた人たちと一緒にダンスカンパニーみたいなものを立ち上げていたのですが、いろいろな理由でそれが終わってしまって、『この後の人生、どうしていこうかな』と考えた時に、桜美林大学で演劇でもダンスでもなく『人生どうしていったらいいんだろう』といった思いを抱えた"世界の片隅にいるような人たち"に出会って、その人たちをかき集め『まずは一回、何かやってみよう』ということで立ち上げたのが『ケダゴロ』でした。1回きりのつもりだったんですけど、そこからずるずる続いて、気が付いたら10年経っていたんです(笑)。

『ケダゴロ』というのは、鹿児島弁で『獣の糞』という意味で、糞という道端に落ちていて誰かにとっては汚くて不必要で排除したいものですが、例えばハエとかにとっては大切な命の源になる。"誰かにとってはとても必要な栄養分になる"。そういう活動をしていきたいと思って『ケダゴロ』という名前を背負っています」

振付家・ダンサーの下島礼紗
振付家・ダンサーの下島礼紗

――表現手段としてダンスを選択した理由は?

「ダンスに出会ったきっかけからお話すると、7歳の時に友達に誘われて鹿児島の町のジャズダンス教室に通い始めたんです。人見知りだったので、しばらくはただお母さんの後ろに隠れて見ていただけだったんですけど、ある時、ジャズダンスの先生が突然、『地域を盛り上げたい』と言い始めて、よさこい踊りを始めたんです。ジャンダンスを踊りながら、よさこい踊りの鳴子や扇子を持っているという状態で、毎週末、いろんな地方に行って踊りを通して交流を広げていったのです。そうなってからダンスがすごく楽しくなったんです。今思えば単にダンスが楽しかっただけじゃなくて、訪れた地域でおいしいものを食べたり、その町の人たちと喋ったり、その土地の文化を知ったりできたのが楽しかったんですよね。そういった経験からも、『ダンスは世界を解釈する一つの手段だ』と言っているのです。『ダンスは踊るためのものではなくて、世界を知るためにやっている』というふうに思っています」

――作品づくりについて教えてください。

「私のカンパニーでは、クリエーションする時に『演出実験』と呼ばれるものをやっています。とにかく出演者たちにたくさんのお題を出してそれをやらせて、たくさんのトライ&エラーが起こっていく中で少しずつ作品を構築していきます。一つの作品を創るのに100個以上の実験をして、実際に使われるのは3つぐらいですね。

私が作品を創るときにすごく大切にしていることは『エラーを面白がること』で、例えば、"総括"の名の下に仲間同士でリンチ殺害を行った連合赤軍事件を題材とした《sky》という作品では、『演出実験』で実際にダンサー同士を殴らせたり、冷たい氷を持たせたりしたんです。でも、ある時、ふと『なんでこいつらはこんなに私の言う事をきくんだろう?』って思って、そっちが気になり始めちゃったんですよ。『これは振付である』と押し付けると何でもやってしまう。"出演者におよぶイデオロギー"とか、振付家を頂点とする"ヒエラルキー"など、本番を目指していくダンスカンパニーの実態そのものが浅間山荘事件と同じロジックで出来上がっているのではないかということに気づいたんです。そういったこともクリエーションの実験の過程であらわになっていく。そうやってクリエーション当初に考えていた『作品』そのものが覆されていくんです。

だから私は、実験をするためにお題を出すんですけれども、それが自分の頭で考えた結果にならないことがすごく大切だと思っています。自分から発した何かが、ダンサーたちの肉体を通して別のものになって返ってくる。そこで初めて、私が気づかされて作品が出来上がっていく。そして、それを観客に投げかけることで、今度はまた観客から新しいレスポンスが返ってくる。そういう未知なるところに向かって創作をしていくことが、すごく大切なことだと思っています」

――《sky》の話が出ましたが、意図や伝えたい思いを教えてくれますか?

「連合赤軍事件のとき、当然私は生まれていません。時間の隔たりがあって、当事者じゃないからこそ、自分勝手に作った部分があります。当時の人を想像して創るのではなくて、今生きている私の仲間たちの中で起きたリアルをそのまま舞台にしています。舞台というものには、お客さんと作者との暗黙の了解で、『これは虚構ですよ』という前提があると思いますが、そうではなく、リアルタイムで目の前で起こることが《sky》という作品だと思っていて、今までの舞台芸術というものの概念を覆していくような作品として見てくれたらいいなと思っています」

――ソロ作品としての代表作《オムツをはいたサル》について、オムツの意味などを教えてください。

「私のソロ作品である本作についてお話しする前提として、なぜケダゴロというダンスカンパニーがオムツをはくのかということをお話しします。3つ理由があるんです。まずは、ダンサーのプライドを奪う。どんなにスキルを持っていて、素敵に踊れたとしても『オムツだからね』ということをまずダンサーに突きつけて、一人の人間として舞台に立ってもらうことがまず1つ目です。
2つ目は、やっぱりオムツはインパクトが強いので、『オムツダンス』って呼ばれるくらいなのですが、その時に、作品の内容がオムツのインパクトに勝たねばならないという意味での自分への枷です。
最後の3つ目がすごく大切です。人間が人生の中でオムツをはく期間、それは赤ちゃんの時期と、自分で排泄ができなくなった老人の時期です。一方で人間は多くの時間はパンツをはいて過ごしますが、パンツをはく人間たちが、政治、道徳や宗教を作り出し、争い、戦争を作り出していると思っています。私たちがオムツをはいたサイドの人間として、パンツをはいている人たちのモノマネをしてあざ笑う作品でありたいと考えてオムツをコスチュームにしています。『オムツをはいたサル』はそういった世界の見方を問う作品になっています」

――《ビコーズカズコーズ Because Kazcause》について教えてくれますか。

「私が生まれる前に罪を犯し、後に捕まった福田和子という一人の人間をテーマにしたものです。当時私は5歳でしたが、テレビのニュースで流れた逮捕時の彼女のオレンジの服を見て、とても15年逃亡したかった犯罪者には思えなかった。それが私の幼い頃の原風景として残り、一人の人間を集団で表現できないかという作品づくりのきっかけとなりました。ダンスは肉体表現だからこそ、観客と同じ空間を共有しているからこそ、この福田和子が感じた身体感覚みたいなものを観客と共有することができると思っています。福田和子が逃げたその時に感じていた肉体の感覚に向けられた私たちの視点を通し、観客と共に追体験する、そういう作品になっていると思っています」

――セウォル号※を題材とした作品がありますが、なぜこれを題材にされましたか?

「《セウォル》(正式タイトルはハングル文字表記)はケダゴロにとって一番最近の作品で、いまだに私も自分が何を創ったか考えている最中なのです。連合赤軍事件や福田和子などは日本で起きた事件ですが、《セウォル》という作品で初めて自分の国ではない、自分が持っていないアイデンティティの国に手を伸ばしてみました。難しいなと思っていて、同じ日本人というアイデンティティを持っている者同士の事柄だからこそ、時間の隔たりがあっても『日本人こういう恥部がありますよ。こういうダークサイドがありますよ』というように、その事件と共犯関係を持って創ることができていました。でも、それが韓国の事件となった瞬間に、自分から遠いものになって、創作で遊ぶことができなかった。《セウォル》という作品の一番大切な部分は、101分で沈んでいく船を、2014年の当事者たちはテレビ画面で見ていたと思いますが、それを見ていた人々と、舞台で作品を見る観客の営みを重ねているんです。どのような内容を持った出来事も観客の存在、観客の視線によって『作品』に変えられてしまう。舞台と客席の隔たりの先にある状況を『作品』としてみるという以前に、観客席で起きていることについて、『作品が成立してしまう』ということの意味を問いたいと思ったんです」
※ セウォル号沈没事件:2014年4月16日に大韓民国の大型旅客船「セウォル(世越)」が全羅南道珍島郡の観梅島沖海上で転覆・沈没した事故である。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/08 08:06 UTC 版)

――下島さんにとってコンテポラリーダンスとは?

「何なんでしょうね、本当に(笑)。『なにものなのか分からない』ということがコンテポラリーダンスだと思うんですけど、でも私は絶対に『コンテポラリーダンスは自由だ』とは言いたくないんです。というのも、私はよさこい踊りをしていたので、コンテポラリーダンスは"祭り"だと思っているんですよ。『よさこい踊り』というものはなくて、『よさこい祭りで踊る踊り』のことを『よさこい踊り』と言っていて、つまり『よさこい祭りがある』ということがすごく大切なんです。『コンテポラリーダンス』という"祭り"があるから、私たちは"ここにいる意味"とかを見出しているんです」

――今後の展望は?

「『ケダゴロ』は一つの運動だと思っています。ここ最近、海外のダンサーや振付家と一緒に作品を作ることが多かったり、《sky》もメンバーを全員台湾人に入れ替えて、滞在制作したのですが、その時は日本人だけで作っていたものとは全く別のものに生まれ変わったんです。

私は、『ダンスによって国境が消える』というような素敵幻想に与したくないと思っていて、むしろ明確に『境界線がある』ということを提示したいと思っています。それは、国家を超えた融和や協調の本当の意味は、まずその境界線を理解することだと思っているからです。互いのアイデンティティをぶつけ合って、人間がどのように分裂してきたのかを探っていきたいですね」

文=原田健

Photo:佐藤瑞季


<プロフィール>
1992年生、鹿児島県出身。7歳から地元鹿児島でよさこい踊りやジャズダンスなど様々なダンスに取り組む。桜美林大学在学中に木佐貫邦子にコンテンポラリーダンスを学び、以降はダンス、演劇を問わず著名団体などでの客演を重ねる。2013年「ケダゴロ」を結成し、以降、全作品の振付・構成・演出を行う。自身のソロ活動も併行して行い『オムツをはいたサル』(2017年初演)は国内外10カ所以上のフェスティバルで上演し多数の賞を獲得。2021年には韓国国立現代舞踊団 「Asian Choreographer Project」 にて、委嘱作品として『黙れ、子宮』(振付・出演)を上演。近年ではアジアを中心に、韓国、香港、シンガポール、インドネシア、台湾、北アイランドなど、海外アーティストとの国際共同制作作品を多数発表している。2022年度<ACY-U39 アーティスト・フェロー>。2022年度より公益財団法人セゾン文化財団<セゾンフェローI>

下島礼紗Twitter:https://twitter.com/shimojimareisa
HP:https://www.kedagoro.com/

放送情報

ART & CULTURE ~ 今を生きる表現者たち 振付家・ダンサー:下島礼紗
放送日時:2023年7月22日(土)27:50〜
2023年7月23日(日)07:50~
2023年7月29日(土)12:15~ 他
チャンネル:スポーツライブ+ 他
※放送スケジュールは変更になる場合があります

【配信情報】
ART & CULTURE ~ 今を生きる表現者たち 振付家・ダンサー:下島礼紗
放送日時:2023年7月21日(金)12:00〜12月31日(日)
https://spoox.skyperfectv.co.jp/static/sales/content/art-culture/

制作協力
アーツコミッション・ヨコハマ
https://acy.yafjp.org/

劇場・公演の記事・インタビュー

more