海外ドラマ評論家・池田敏が、イタリア発医療ドラマ「DOC(ドック) あすへのカルテ」の魅力を分析「医療だけでなく人間模様やロマンスなど他の要素も見どころ満載」

動画配信サービスを除くとイタリアのドラマが日本に上陸すること自体は極めてまれだが、実はイタリアは、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、ベルナルド・ベルトルッチなどの名監督が尊敬されるのと同時に、娯楽度を重視した"マカロニウエスタン"も人気の映像大国だ。そんなイタリアで1954年から続く老舗放送局・RAI1 (ライ ウーノ)で国民的人気を獲得したのが、「DOC(ドック) あすへのカルテ」。すでに現地では3シーズンも作られるほど大ヒット中であり、スーパー！ドラマＴＶで7月1日よりCS初放送される。本作の見どころを海外ドラマ評論家の池田敏さんに伺った。

世界の放送業界において、医師を主人公とするメディカル(医療)ドラマは、第2次世界大戦前、ラジオドラマの時代にまでさかのぼることができる伝統的ジャンルだ。特に米国では、日本の国民皆保険に似た公的制度も無くはないが、病人や負傷者は「自分でなんとかすべし」という思想が根付いていた。

そして1961～66年に全米放送された「ベン・ケーシー」以降、メディカルドラマは医療制度の最新事情を伝える情報番組という役割も担い、さらに"名医はヒーローである"という伝統ができた。例えば1990年代に始まり日本でも人気を得た「ＥＲ　緊急救命室」は15シーズンも続く大ヒット作となり、その影響を強く受けた「グレイズ・アナトミー」に至ってはさらなるロングランを記録。海を越えた日本でも国産メディカルドラマのヒット作は、立て続けに生まれ続けている。そんな時勢はイタリアにも届いたのか、意欲作「DOC(ドック) あすへのカルテ」が生まれた。

本作がまずユニークなのは、実在の人物が主人公のモデルであること。交通事故で脳が傷ついた影響で12年間の記憶を失った医師ピエルダンテ・ピッチョーニは、"記憶喪失の医師"としてイタリア中で知られる存在になった。そして本作の主人公である医師アンドレア(ルカ・アルジェンテーロ)は、ある亡くなった患者の父親に拳銃で頭を撃たれ、12年間の記憶を失ってしまう。落胆するアンドレアだったが、12年より前の記憶はあり、医師として復帰することを願うが、"失われた12年間"にあった数々の衝撃的な事実に惑わされることは、決して少なくなく......。

本作の舞台はイタリア北部にある、ローマに次ぐ同国第２の大都市ミラノ(そのおしゃれな街並みも本作の大きな見もの)。仕事熱心だが、なぜかクール過ぎるアンドレアは12年間の記憶を無くした上、医師の資格まで失いそうになるが、むしろ医師としてあるべき姿を取り戻しながら、まるで新米医師のようなポジションから人生を再出発させていく。

12年の間、アンドレアに何があったか、全容をなかなか明かさないのが連続ドラマのミステリー要素として魅力的。アンドレアにとってある大切な人物の喪失、離婚後自身の上司となった元妻アニェーゼ(サラ・ラッザーロ)や彼らの娘との関係、恋人だった女性医師ジュリア(マティルデ・ジョリ)との恋愛の再燃など、ミステリー、医療ドラマ(プロの仕事を描いた職業ドラマでもある)、家族ドラマ、ロマンスなど、見どころがこれでもかというほどたっぷりで、次回が見逃せなくなるほど中毒性の高いエンタメドラマだ。かつての人気ドラマを例に挙げるなら"優しい「Dr.HOUSE」"といった感じだろうか。

さらに感心したのは、アンドレアら医師たちが内科であること。従来の世界の医療ドラマでは、視覚的に派手な手術・治療を見せ場にできる外科や救急医療が人気の題材だったが、本作は患者のささいな変化を見逃さない天才医師アンドレアらの活躍もあり、内科も医療系エンタメの題材になり得ると大胆に提案。医療ドラマの人気が衰えないのはなぜか。現実の医療・医学の最前線は常に進化しており、注目し続ける価値があるからだ。本作も、医療ドラマの進化を知らされつつ、ワクワクさせられ、希望を感じる。

そして、「DOC(ドック) あすへのカルテ」はなんとアメリカでもリメークが決定。ドラマ「ロスト・イン・スペース」などで知られる実力派モリー・パーカーが主演する。キャストには日系人俳優もいるようで、ありとあらゆる人種・世代の医師・看護師・患者が集まる、アメリカの医療ドラマならではの意匠を新たな見どころにしているのだろう。