2024/09/10
新垣結衣が見せた新境地!他人と違う自分を受け入れて生きる女性を演じた映画「正欲」
CM出演をきっかけにブレイクして以降、さまざまな分野で活躍している新垣結衣。女優としての活躍も目覚ましく、2016年放送のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」では第91回ザテレビジョンドラマアカデミー賞を始め、多くの賞で主演女優賞を受賞。また、2017年公開の映画「ミックス。」では第41回日本アカデミー賞の優秀主演女優賞を受賞するなど、演技力の高さは折り紙付きだ。
スラッとしたスタイルと小顔、愛らしさが滲み出る笑顔。抜群の容姿もあって華やかな役柄が多いが、そんな新垣の"新境地"として話題になった作品が2023年公開の映画「正欲」だ。
日本映画専門チャンネルで9月12日(木)に放送される同作。原作は、朝井リョウの同名ベストセラー小説。容姿や性的指向、家庭環境といった、当人には"選べない"ものへの葛藤を描いた群像劇だ。主演は稲垣吾郎で、不登校の息子を抱える検事・寺井啓喜を演じる。新垣は、ショッピングモールで契約社員として働く桐生夏月を演じている。ここでは新垣の演技にスポットを当ててみたい。
■鬱屈とした人物像を体現するためにオーラを消した新垣
冒頭での夏月は、1人で暗い顔で回転寿司を頬張ったり、仕事場で控えめな雰囲気で接客したり、どこか鬱屈とした雰囲気を纏っている。職場の友人との会話もそっけなく、彼氏の話になると突然視線が泳いだり、無理に笑顔らしきものを作ったりと、落ち着かない様子だ。
華がまるで感じられないそんな新垣の姿に、「キラキラオーラを消している!」といった感想も挙がっていた。確かにこれまでにあまりない雰囲気であり、新垣の"新境地"といえそうだ。実は夏月は"とある性的指向"を隠して生きている女性であり、自身の空気さえ変えてそれを伝える新垣の力量はさすがといえる。
■同級生の帰郷をきっかけに変わっていく夏月を秀逸な演技で表現
しかし、ある時から夏月の様子が変わる。偶然、職場の店を訪れた中学の同級生から、同じく同級生だった佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に戻ったという話を聞く。その時の夏月の瞳は、遠いところにある何かを見つめているように見える。
SNSで同級生と会話中、佳道の話が出た時に微妙な笑みを見せたり、同級生の結婚式で少し離れた席の佳道を意味ありげな目で見やったり。そういった細かい演技から、夏月にとって佳道が特別な存在であることが伝わってくる。
実は過去の回想として、中学の校舎裏の水道の蛇口を佳道が破壊し、吹き出す水を2人で浴びるシーンがあるのだが、お互いその時に通じ合う何かがあったようだ。夏月と佳道は同じ秘密、つまり"他人に知られたくない性的指向"を持つ者同士なのだろう。
そして佳道の帰郷により、夏月の中にあった葛藤があらわになる。佳道が別の女性といるところを目撃した際には、後を追いかけ佳道の自宅のガラスを割ったり、職場の友人と喧嘩して恐ろしい表情を見せたり、大晦日の夜に泣きながら車を走らせたりもする。もしかしたら自分の理解者となる佳道が離れていくかもしれない...そんな状況で、切迫したような焦りに苛まれ、死さえ考える夏月を見ていると、胸が詰まりそうになるほどだ。
しかし偶然、佳道と会った後は、穏やかで素直な夏月となり、共に過ごすことによって愛らしさも増していく。そういった夏月の変化には、"他人に理解してもらえない自分"を抱える人の苦しみやつらさ、その人が求めるもの、そして安堵する時間が凝縮されているように思う。それを表現し切った新垣の演技は見事というほかない。
佳道との時間や、稲垣演じる寺井との関わりまで、"他人と違う"ことを受け入れて生きる夏月の姿、それを余すところなく体現した新垣結衣の演技力を、じっくりと味わいながら見てほしい作品だ。
文=堀慎二郎